不倫する理由になりますか?

出会った場所で乃愛さんを待っていると息を切らしながら現れた。

手には大きなバックが握りしめられていて、乃愛さんも家出しようとしてるのがわかった。

誘いを断られるのが嫌で、冗談っぽく言ってみる。


これなら傷つかないって予防線を張ってなくちゃ……。

そうしなくちゃ……。

心が砕けてしまいそうだった。


乃愛さんが受け入れてくれた事にホッとする。

俺達は、三駅先にあるホテル街にやってきた。


このソファーなら、寝れそうだな。

この部屋にしよう。

不倫されてるから、仕返ししてやるとかそんな気持ちは持ってはいない。


なのに……。

乃愛さんは関係ないのに……。

男として、まだ見てもらえるのか気になってしまう。


受け入れてくれる乃愛さんは、泣いている。

わかってる……。

本当は、こうされたいのは俺じゃないって事。


俺だってそうだから……。

涙がポタポタと流れ落ちる。

心にずっと亜香里がいて……。

俺を縛り付けてる。


『ありがとう』


終わった後、二人で交わした言葉。

優しくて、暖かくて……。

もう一度、自分に自信が持てた。


「諒哉さん……。女としての自信をもう一度持てました」

「俺も……同じです」

「あっ、もう敬語やめませんか?」

「それも敬語ですね」

「あっ、そうですね。違う。そうだね」

「ハハハハ、乃愛さんといると笑える」

「そう、言ってもらえてよかった」


一緒にいるだけで、穏やかな気持ちになれる。


神様……。


レスは、不倫する理由になりますか?



「諒哉さん……」

「乃愛さん……」




『少しだけ、続けませんか?』


同じ言葉を口に出した。

許されないのは、わかっている。

だけど、俺達は限界だった。

差し出した【愛】を拒まれるのはもう嫌だったんだ。


『少しだけ……』


合言葉のように口に出してキスを交わした。

別に、体の関係なんてなくたっていい。

ただ、こうして触れていたいだけ。

誰かに必要とされたいだけ。


「妻が不倫してる」

「私も夫が……」

「あっ、だから乃愛さんとこうなったんじゃないよ。ただ、どうしていいかわからなかった。ほら、レスって他人事みたいだったから」

「私も他人事だと思ってた。だから、レスになっても簡単に解決出来るって思ってた」


乃愛さんは、ポロポロと泣き出した。

俺には、乃愛さんの気持ちがわかる。


「どうして、妻がしてくれないのか調べたんだ。そしたら、夫とは出来ないっていうのがあるみたいだと知った。どうやら、俺はもう妻にとって抱きたい存在ではないらしい」

「私も……。妻だけ出来ないってのがあるみたい。私も夫にとって抱きたい存在ではないみたい」

「同じだね。俺は、妻からしたら毎日エッチしか考えてないような人間らしい」

「私も言われた。性欲もコントロール出来ないのかって……」


俺は、乃愛さんの手を握りしめる。


『ただ、温もりが欲しかっただけなのに……』


同じ言葉を口にして笑ってしまう。

ただ、体の一部が触れていたいだけ。

エッチをしなきゃいけないなんて思った事はなかった。

だけど、触れさせてくれないから。

触れてくれないから……。

どうしたら、いいかを考えた先にあったのがエッチだった。


「結婚して初めて知ったんだ。隣に寝ている妻と背中合わせに寝てるだけでどんどん遠い存在になってく事を……」

「そう思ったら、抱き締める事さえも躊躇うんだよね」

「触れたらもっと遠くにいっちゃいそうで怖くてね。そうなればなる程、二人でいてもずっと孤独がつきまとった」

「一人の孤独の方が耐えられなかった?私は、一人の時の方が耐えられた」

「わかるよ。俺もそうだった」

「その孤独を埋める方法がわからなかったの。そしたら、結婚って何なのだろうって思った」

「そうだね。孤独を埋める為に結婚したはずなのに……。孤独は広がっていくだけで……。それなら、結婚なんてしない方がよかった」


乃愛さんは、俺の手を握り返してくれる。

これ以上、孤独が広がらないようにする方法が不倫だとしたら……。

俺も乃愛さんも結婚生活を続けていく意味があるのだろうか?


「俺は、離婚も考えてみるよ。好きだけど、好きだけじゃどうにもならない事がある事もわかったから。それに、愛って鎖に繋がれたまま飼い殺されていくのは嫌だから……」

「きっと辛いよね。私も離婚を考えてみる。諒哉さんがいうみたいに好きだけじゃもう駄目なんだと思うから」

「妻を嫌いになる努力をしてくよ。好きな気持ちを残したままだと後悔するから」

「私も夫を嫌いになる努力をする。って、普通はそんな努力しないよね」

「だね」


ずっと、失う事を恐れていた。

だけど、今日。

乃愛さんが受け入れてくれて気づいた。

自分を拒む相手と生活を続ける方がよくないって事を……。


「少し寝ようか?疲れたよね」

「そうだね」


この時の俺達は、簡単に別れられると考えていたんだ。

もう必要ないと言ってきてるんだから……。

すぐに手放してくれるって……。

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