転生したら出オチで事件を解決した話(3)

 一週間後。

 ともに王都のカフェに来たロキシウスは、約束通り良い報告を持ってきてくれた。ガルシアは詐欺の容疑で身柄を拘束されたという。


「ひとまず身動きが取れないようにしておいた。下手をすれば国際問題に発展しかねない相手に詐欺を働いていたのだから、国もそう簡単には解放しないはずだ」


 その間に本来の目的である薬について調べると、ロキシウスは続けた。また、調査途中の現時点でも確かな手応えを感じているという話も、彼はしてくれた。

 小説でもガルシアの余罪に、今回の連行理由である詐欺罪があった。もし小説とは全然違う展開でガルシアがシロだったらどうしようと、実はハラハラしていた。でもこうして小説通りの罪を彼が犯しているというなら、他の余罪も薬の件についてもそのうち明らかになりそうだ。


「それにしても、君が教えてくれた情報屋ギルドは優秀だな。父上も気に入ったようで、他の仕事も色々と任せているらしい。件の政争にいよいよ終止符が打てそうだと、最近はずっと上機嫌なご様子だ」


 第二王子派の問題まで解決しそうだなんて、嬉しい副次的効果だ。父親の話をする彼自身も上機嫌な様子に、私も自然と口角が上がった。


「お役に立ててよかったです」


 推しへ貢献できたことに素直にそう返せば、何故かロキシウスは複雑な表情に変わった。

 話し込んで少しぬるくなった紅茶を、彼が一口飲む。


「俺は……俺の家は、君の知識で本当に助かった。でも君や君のご家族は……」


 ロキシウスが静かに手にしたカップをソーサーに戻す。

 その彼の所作を見ながら、私は新しく始まった異世界ライフを振り返った。

 まず、マローネの両親はとても素敵なご夫婦だった。記憶が無くなり別人となってしまった私を、優しく迎え入れてくれた。

 何がすごいって、記憶を元に戻す方法を探すのではなく、「また今日から思い出を作って行きましょう」というスタンスで私に接してくれたのだ。

 それがその場限りの慰めではなく、心からのものだと今日の出来事で実感した。第二王子派が事件と無関係ということを知っても、今朝レッツェ家まで迎えに来たロキシウスに対する両親の態度は歓迎するものだったのだ。私が彼に会うのを楽しみにしていたから。

 両親は『記憶を失ったマローネ』というより『私』を受け入れてくれている。そのことに感激のあまり泣きかけた。きっと記憶を無くす前のマローネも、ご両親のことが大好きだったと思う。

 そしてそれは、ロキシウスに対しても同じだといえる。

 小説の設定にも二人は恋人同士だったとあったがその通りで、以前のマローネも絶対に彼が大好きだった。記憶は無くても、これについては確信めいたものがある。

 だからこそ思うのだ、この世界で目覚めてから……今このときもずっとロキシウスが心を砕いているのは、あくまで『マローネ』なのではないかと。


「……『私』は、これでよかったと思っています」


 答に困り、私は彼に曖昧な笑みを返した。


「私に『マローネ』の気持ちまでは、わかりませんが」


 ロキシウスが本当に知りたいのはこちらだろう。そう思いながら、補足する。

 しかし、望む答を得られなかったはずの彼は、どうしてか心底ホッとしたような顔をした。


「俺が聞きたかったのは、目の前の君がどう思っているかだけだ。だから、以前のマローネがどうかはわからなくても構わないよ」

「えっ」


 ロキシウスから予想外過ぎる返事が来て、思わず目をしばたたく。

 私の推察とはまるで正反対のことを言った彼は、「妙な顔をしているね」と笑った。


「君がマローネの前世という話、案外俺の方がよく理解しているんじゃないかな。君は以前のマローネと自分が別人のようにいうけれど、俺が思うに前世というのはその通りで、やっぱり君だってマローネなんだ」


 頬杖をついたロキシウスが、小さな子に言い聞かせるような口調で話を続ける。彼のもう片手はいつの間にか、テーブルにあった私の手に重ねられていた。

 ロキシウスに直接触れている手が気になるのに、それ以上に彼の真剣な眼差しから目が離せない。


「俺が君の前世の話をすぐに信じられたのは、俺を見る君の目が変わらなかったから。前世の君になったというのに、同じだったんだ。やっぱり俺を好きだという目で見てくる君を、俺はまた好きになってしまった」

「あ……」


 ロキシウスの愛の告白に、私は今度は目をみはった。

 同時に、彼が言った「俺の方がよく理解している」という台詞の意味を理解する。

 私は、マローネの前世にあたる人物なわけで……。


(前世ということは、別人じゃない。遠い過去の『私』なんだ)


 そして、マローネは今の『私』。

 マローネ・レッツェ。伯爵令嬢であり、ロキシウス・カイデン侯爵令息の婚約者。

 ロキシウスのことが大好きで――大好きだと口にすることが許される立場。


「‼」


 『私』について整理していた私は、改めて知った自分の立場にハッとなった。

 前世の話をしたとき原作に出てくる情報は、ほぼほぼ伝えたと思う。けれど、そのとき私の中ではロキシウスはヒロインの恋人で。また、今日ここに来るまでは『マローネ』の恋人だった。


(でもそのマローネが私だというなら、実際に言っていいのでは? 大好きだと、本当に言ってしまっていいのでは⁉)


 はやる気持ちに引きられてか、私は気づけば身を乗り出していた。


「あのっ、好きです! 大好きです‼」


 さらに「大大大好きです!」と続けようとして、慌てて口をつぐむ。

 ロキシウスが呆気に取られた顔で私を見ていたことに、ギリギリ気づけたから。とはいえ、この場合はギリギリアウトの方である。


「えっ……と」


 唐突過ぎた。脈絡がなさ過ぎた。突き刺さる視線に今すぐ逃げ出したい。

 私はひとまず、素知らぬ顔で乗り出していた身体を元に戻した。

 いや、戻そうとした。

 ロキシウスの頬杖にしていた方の手が私の頬に触れたことで、それははばまれた。


「これは俺の落ち度だ。大事なことを忘れていた」

「……っ」


 ロキシウスの指が私の頬を撫でる。

 重なったままだった手が、優しく握られる。

 それから彼はいつぞやのように、恋愛小説の挿絵並みに良いアングルで柔らかに微笑んだ。


「愛しい人。どうかもう一度、俺の恋人になっていただけませんか?」



 ロキシウスと改めて恋人(!)になった日から、一年が経った。

 この一年でバシッド商会に国の捜査が入り、そこで例の薬は見つかった。

 その他にも色々やらかしていたらしい。結果、バシッド商会は商会そのものが無くなった。

 これについては原作と違う。原作では商会長の交代という結末だった。原作よりもかなり早い時期に捜査されたせいで、いんぺい工作をする時間がなかったのかもしれない。どれだけの悪事に手を染めていたのやら。

 ガルシア・バシッドについては過酷な環境での無期懲役となった。流刑が決まったときには自ら一日も早くそこへ行くことを希望したというから、どんな尋問に遭っていたのか考えるだけで震える。ロキシウスの闇落ちは回避できたのではなかったの?

 まあガルシアを恨んでいそうな人は彼の他にもいそうなので、ロキシウスのせいではないかもしれない。……そう思いたい。

 ちなみにガルシアの流刑先は、断崖絶壁の孤島だという。それなら私もヒロインも一生出会うことはないだろう。


「ああ、そうだ。マローネ、例の少女だけど地元の男性と結婚するらしい」

「えっ」


 丁度ヒロインのことが頭をかすめたところに彼女の現況を聞かされ、私は並んでソファに座るロキシウスを見上げた。

 彼は彼で「結婚」の単語から連想したらしい。私とロキシウスは今、カイデン侯爵家にて結婚式で着る衣装の打ち合わせをしていた。


「学園に編入してこなかったと思ったら、そんなことに?」

「バシッド商会が無くなったことで、彼女の家の家業が好調という話だ。相手の男性は、昔から親交のある家の次男と聞いた」

「ああ……なるほど」


 「昔から親交のある家の次男」という情報に、すぐにとある人物が思い浮かぶ。原作ではサブヒーローの立ち位置だったキャラだ。彼ならヒロインを幸せにしてくれるだろう。

 知らないうちに気がかりになっていたのか、ホッとした自分に気づく。そしてそれがわかってて調べただろうロキシウスが格好良くて、私は彼の肩に頭をもたせかけた。


「時期的に、俺たちの新婚旅行中に偶然結婚式に居合わせたから参列するというのはどうだろう?」


 乗せた頭から振動が伝わる。ロキシウスが楽しげに笑っているのがわかる。

 転生からの出オチで事件を解決したわけだけど、彼の笑顔を引き出せているのなら隣にいるのが私でも許されるよね?

 私はパッと頭を上げて、ロキシウスと向き合った。


「その案、乗ります!」


 笑顔でそう答えれば、屈託なく笑う彼の顔が、今日もまた恋愛小説の挿絵のように素敵だった。




 ―END―

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転生したら出オチで事件を解決した話 月親 @tsukichika

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