転生したら出オチで事件を解決した話(2)

 私が話しておきたいことがあると言えば、ロキシウスはベッド脇に椅子を移動させてきた。ちなみにこの部屋は、予想した通りマローネの私室だったらしい。

 椅子に座り聞く体制になった彼を見て、迷ったのはほんの一瞬。異世界転生もののヒーローは、ほぼ百パーセント前世がどうのという話を始めても信じてくれる。だから私はもう、洗いざらい話してしまった。

 マローネの記憶が無くなったのがきっかけで、前世の記憶を思い出したこと。そして前世の私は今回の事件の真相を知っていること。さらに、そのときにどうやってロキシウスが事件を解決したかまで。私は思い出せる限り、ロキシウスに話した。

 その結果――


「わかった。早速、情報屋ギルドにバシッド商会を探らせよう」


 見事、話に耳を傾けてくれました。さすがヒーロー!


「ただ、一つ不可解なことがある」

「何でしょう?」


 今の奇想天外な話で、寧ろ一つしか不可解なことがなかったことがすごい。私はもう一度、「さすがヒーロー!」と心の中で彼を褒め称えながら、相槌を打った。

 そして、ロキシウスの問いに私は固まった。


「幾らマローネと同じ薬を飲まされたからといって、俺がその少女にそこまで親身になる理由がわからない。それについての記憶もあるだろうか?」

「……それは」


 ここまでヒーロー然としているヒーローなのだから、ロキシウスの疑問ももつともだ。彼の常識の中では、婚約者がいる身でヒロインとのその距離感は有り得ない。加えて、自分のせいで事件に巻き込まれた婚約者を見捨てるなんて、もっと有り得ないことだろう。

 だから彼は、不可解と言った。

 そんな婚約者を大切にするロキシウスに、どう伝えたらいいものか。


「まさか」


 だが、聡い彼は黙り込んだ私に気づいてしまったらしい。

 半ば確信を持った眼差しで私を見てくるロキシウスに、私は観念して口を開いた。


「作中でマローネは……亡くなっています」

「それは事故か病気で? いや、それなら君がそこまで落ち着いているはずがないか」

「はい。作中のマローネの死因は……その……自殺です」


 ここまで話してしまったならと、私は覚悟を決めてはっきりと伝えた。

 やはり答を予想していたのか、ロキシウスに驚いた反応は見られなかった。代わりに、彼は眉根を寄せて苦しげな表情をしていた。


「ここへ来る前に、過去にあった記憶喪失の事例を聞いた。その事例では言語にまで障害が及び、被害者はまったく言葉を理解できなくなっていたそうだ。前世を思い出した君と違って、小説のマローネはそういった状態だったと推測できる。だから……」


 ロキシウスが口元を手で押さえ、目を伏せる。

 私は彼の話を聞いて初めて、事の重大さを実感した。

 私は異世界転生チート的な何かなのか、普通に会話ができている。けれど小説のマローネは彼が言うように、もっと深刻な状態だったのではないだろうか。


(自分のせいで周りの人が苦しんで、自分自身も気持ちを伝えられない状況か……)


 それはマローネが自殺を図る動機になりそうであるし、また原作であそこまでロキシウスが復讐に囚われていたのも納得がいく。私が逆の立場でも、恋人から何もかもを奪った犯人への憎しみは計り知れない。

 ああ、でもロキシウスの想うマローネという意味では、やっぱり亡くなってしまったということになるんだろうか。ここにいるのは、マローネの記憶がまったくない私なのだから。

 そう考えて、胸がチクリと痛んだ。


「しかし、第二王子派が無関係だとは。父上はその線で捜査を始められたというのに」


 じゆうめんを作って言ったロキシウスに、私も同じ気持ちで頷いた。

 『第二王子派』。この事件を複雑なものにしてしまったのが、それだ。私を事件に巻き込んだはずのロキシウスが見舞いを許された理由も、おそらくこれが関係している。

 ここサンデラ王国では次期国王について、王太子派と第二王子派が争っている。そしてカイデン侯爵家と我が家レッツェ伯爵家は王太子派。両家を繋ぐ私が標的となるのはおかしなことではなく、その視点から見ればロキシウスも被害者側というわけだ。

 マローネの事件が起こる前にも両家は度々人的及び物的被害に遭っており、何れも第二王子派によるものだった。カイデン侯爵が真っ先にそちらを疑うのも仕方がない。

 だからこそ、小説ではマローネの事件について、なかなか真相に辿り着けなかった。

 国を騒がせる政争とは、まったくの無関係だったガルシア・バシッド。ではその彼が事件を起こした動機はというと――何とも自分勝手なものだった。

 ガルシアはバシッド商会の商会長。急成長した比較的新しい商会で、彼はそのお金で男爵位を買った新興貴族だった。古くから続くカイデン侯爵家が彼を容疑者候補に挙げなかったのは、当然といえる。何せ接点がなさ過ぎる。

 作中でガルシアが語った犯行動機は、「カイデン侯爵家に共同事業の話を持ちかけたが断られた」というもの。しかし、真相が明らかになった後も、カイデン侯爵には心当たりがなく。それもそのはず、ガルシアが言う「共同事業の話を持ちかけた」というのは、夜会で交わした挨拶後の二言三言を指していた。

 侯爵にすれば面識のない下位貴族に事業の話をされても、単に男爵の自己アピールに映るだろう。誰も気に留めないようなさいな出来事で、事件が解決に至ったのはロキシウスの執念が起こした奇跡といえる。


「マローネの話を聞く限り、君に使われた薬そのものが見つからなくとも別件で捕らえることができると思う。一年後にそれだけの悪事がけんするというなら、おそらく今叩いても大量にほこりが出てくるはずだ」


 言いながらロキシウスが、すっと椅子から立ち上がる。


「マローネ、また会いに来る。そのときは良い報告を持ってくるよ」

「はい。お待ちしています」


 穏やかな微笑みで辞去したロキシウスを、私も「これで推しの闇落ちを防げたはず」とにこやかに見送った。

 そんな彼が部屋を出た直後に、「ガルシア・バシッド……生き地獄を見せてやる」と極悪人も真っ青な悪い顔をしていたことなど、私は知るよしもない。

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