転生したら出オチで事件を解決した話

月親

転生したら出オチで事件を解決した話(1)

 日本で社畜OLをしていた私は、その日もいつも通りの一日を送っていたはずだった。

 泊まりに踏み切った同僚たちに見送られ、会社を出て。

 終電に乗って、端っこの席に座って。くたくたになった通勤鞄から、スマホを取り出して。

 朝から頭痛が続いている頭を片手で押さえながら、待ち受け画面の推しを覗き込んでいて――


「目が覚めたのか⁉」

「え?」


 何故か次の瞬間、私の方が推しに覗き込まれていた。


「俺がわかるか?」


 ベッドに寝かされているらしい私に、恋愛小説の挿絵並みに良いアングルで彼が尋ねてくる。背景はファンタジーな令嬢のお部屋。定番、大好きです。

 「俺がわかるか?」だなんて。わかるに決まっている。

 一つに束ねられた長い黒髪が右肩に流され、ガーネットのような瞳を持つ美形の青年。左目の下には泣きぼくろが二つ、フロックコートがきまっている姿は眼福!

 私の推し、ロキシウス・カイデン侯爵令息である。見間違えるはずがない。

 二次元の推しが三次元の生身の人間に見えてはいるものの、きっと夢だからそんなこともあるのだろう。もう内容は覚えてはいないけれど、昔アニメのキャラが夢に出てきたときも違和感を覚えなかったように思う。

 上体を起こそうとする私を、ロキシウスが手伝ってくれる。至れり尽くせりとは、さすが夢の中。

 そんな感激を胸に、私は推し――ロキシウスの質問に答えようと口を開いた。

 だが一歩遅かったのか、彼はちんつうおもちで私の名を呼んだ。


「マローネ」


 私の名……を?

 あれ? マローネ?

 えっ……誰⁉


「マローネ?」


 自分の名らしき名前を復唱しながら、私はふと視界に入ったサイドテーブル上の手鏡を手に取った。

 そこには、胸の下まで垂れたウェーブの金髪に緑色の瞳を持った美少女がいた。

 そっと、元のサイドテーブルに手鏡を戻す。

 いや、本当に誰。


「本当に覚えていないのか。くそっ……俺がもっと君に気を配っていれば」


 困惑が顔に出てしまっていたのだろう、ロキシウス(仮)が悔しげに言う。

 ロキシウス(仮)というのは、推しを見間違えるはずはないけれど『マローネ』というキャラにはまったく覚えがないからだ。

 ヒロインの名前ではないし、私の本名でもない。

 推しと大接近する夢を見たものの、ヒロインになること……ましてや冴えないOLな自分がそうなることも、無意識に避けた結果の産物だろうか。

 夢の中ですら夢がないことをやってしまうとは。何て残念な私。

 でもロキシウス(仮)が、ぎゅっと私の手を取ってきたこのシチュエーションを妄想をしたのはグッジョブ私。


「俺はロキシウス・カイデン。マローネ、君の婚約者だ」

「婚約……者⁉」


 やっぱり推しで合っていたと喜ぶ間もなく、彼の爆弾発言に思わず声がひっくり返る。


「俺が目障りだから君に記憶を消す薬を飲ませたと、匿名の手紙が届いた」

「記憶喪失……手紙……あっ」


 続けられたロキシウスの言葉に、私はようやく『マローネ』なる人物の正体に思い至った。


(私、ロキシウス様の元婚約者になってる⁉)


 ロキシウスが登場する恋愛小説では、彼が王立学園三年生のときにヒロインが編入してくる。そしてその一年前に、ロキシウスの婚約者であり恋人でもあった少女は亡くなっている設定だった。


(ということは、今のロキシウス様は小説より一歳若い十七歳で……私も同い年か)


 小説でロキシウスの婚約者は、レッツェ伯爵令嬢としか表記されていない。そんな名前もないモブではあるが、何故亡くなったかについては明かされていた。

 ヒロインがさらわれ薬を飲まされそうになったところを間一髪助けに来たロキシウスは、「また守れないかと思って怖かった」と口にする。そのときに彼の口から過去の事件が語られるのだ。同じ薬を飲まされた婚約者が、その後自殺したことを。

 しきりに自身を責めながらロキシウスが話した内容は、こうだった。

 婚約者が薬を飲まされた翌日、ロキシウスに犯人からの手紙が届いた。そしてそこには、毒殺ではなくわざわざ記憶を消す薬を飲ませた理由は、ロキシウスを長く苦しめるためだと書かれていた。

 毒殺で死んでしまったなら、そのときは深く後悔するだろうが時間とともに傷が癒える。けれど相手が生きていたなら、婚約は継続されロキシウスの後悔も続く。それも、傷痕の最も近くで。

 そんな明らかにロキシウスをあおるための文面に、彼は犯人逮捕にやつになる。しかしなかなか尻尾を出さない犯人に、焦燥感に駆られる日々を過ごすことになる。

 結局、彼のその姿に耐えきれなくなった婚約者が自殺を図り、そしてそれが「狙い通り」だったという手紙がロキシウスに届く。

 ヒロインと出会った頃のロキシウスは、復讐に囚われていた。そんな彼に寄り添うヒロインに、彼は徐々に心を開いて行く。

 そして恋仲となったヒロインを今度は助けられたことで、彼は少しずつ前を向いて生きて行けるようになる。そして「三年後――」という一文から始まるエピローグは、くつたくなく笑うロキシウスに笑顔を返すヒロインという構図の挿絵で締め括られていた。


(あれ? 夢だと思ってたけど、これってもしや異世界転生という奴では……?)


 実は先程から妙にリアルな夢だなとは思っていた。

 ロキシウスに握られ続けている両手に対し、「手汗をいてないかな」と心配になってきた辺りから。

 それに記憶になくともこの部屋もベッドも、やけにしっくり来ている。多分、私の部屋なんじゃないだろうか。そんな気がする。

 ここで目覚める前は、確か会社帰りの終電で朝からの頭痛に悩まされていた。……あ、察し。

 私はしばし元の世界に思いをせ――それからすぐに今の世界に意識を戻した。


(これが異世界転生で私がロキシウス様の元婚約者なら、自殺なんてしないわ!)


 自殺しようものなら、ロキシウスを余計に苦しめるだけだ。だからこそ犯人は彼の婚約者――マローネが死んだとき、「狙い通り」とあざわらう手紙を彼に送り付けた。


(ふふん。ガルシア・バシッド、あなたの思惑通りにはさせないわよ)


 私は妄想の中で、憎き犯人の横っ面にグーで一発入れてやった。

 今は妄想だけど、きっと現実でもそうしてやるんだから!

 そう私は意気込んで――

 次の瞬間、とんでもないことに気づいてしまい、打ち震えた。


(待って。私……犯人も犯行動機も知ってる⁉)


 推理ものであれ恋愛ものであれ、物語である以上、犯人役が自分の犯行についてベラベラ話すのはお約束。ロキシウスが登場するこの作品でも、そこのところはしっかりセオリー通りになっていましたとも!


「マローネ……君を巻き込んでしまって、本当にすまない」


 私が不安で震えていると勘違いしたらしいロキシウスが、思い詰めたような表情で言ってくる。

 そんな彼に私は、大丈夫だからという気持ちで微笑んでみせた。


「いいえ、ロキシウス様。これはきっと、てんはいざいというものです」

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