第十話


 六助の知る限り、月太郎と光子は鴛鴦夫婦だった。痴話喧嘩は絶えずとも、互いを愛する事をやめない理想の夫婦。

 先に惚れたのは月太郎。その月太郎から光子に別れを告げた事も信じられなかったし、貧しくとも金に目が眩む事もなかった月太郎が、維新志士の仲間達から勧誘を受け、栄職に就いた事も信じられなかった。


 村を発つ前夜、月太郎は六助と酒を交わした。月太郎は身籠っていた光子の為に、六助に団子屋を支えて欲しいと頼み込んだ。

 六助は月太郎を殴り飛ばそうとしたが、月太郎に負けず劣らずの腰抜けであった為に、月太郎の哀しげな顔を見て何も出来ないまま、身勝手な要求を渋々承諾した。


 村を離れた後、月太郎は稼いだ金を定期的に六助に手渡した。互いに老いぼれるまでそれは続き、団子屋はその金に支えられ、光子と子供が満足に食っていけるくらいには繁盛した。

 だが、月太郎が村を発った日の事を六助が水に流せるくらいの年月が流れても、月太郎はとうとう光子に会おうとはしなかった。


 月太郎と光子。二人は六助とは長い付き合いをしたが、六助には互いの話を一切せずにその生涯を終えた。


 無論、ひかりという名の愛らしい妖怪の事も、六助は知る由もなかった。







明治編 完

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月と団子と手毬姫 名波 路加 @mochin7

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