相手をハメないと出られない部屋(後編)

 現れたのは…、



「これはこれは井上殿ではないですか。何ですかなここは?」

 デブオタの田嶋太たじまふとしだった。



 分かってた。分かってた、けどさ……。


 凍り付く俺。

 ってか、俺もこんな感じで部屋に入ってきたのかな?

 どうなってんだろう、すげぇ技術……いや魔法か?

 などと現実逃避まがいに思ったりした。


 俺は田嶋に状況を説明した。田嶋も俺と大差ない記憶模様で、制服姿の所持品はなし。


 まあ分かったことといえば、とりあえずエロの線が


「生理的に無理なので無いでござるな」

「こっちのセリフだよ」


「相手を罠にハメてどちらかが出るパターンでござろうか」

「どうやって」

「巧みな会話とか」

「そんな頭良くないだろ」

「失礼でござるな」

「俺の話だよ」


「案外この扉、開いてたりは?」

「ないない。試した」


 否定したのに田嶋は扉のハンドルをつかんで、押したり引いたりスライドさせようとしてみたりする。


 信じないなら聞くなよ。


 もちろんハンドルは回ることもなく扉もびくともしない。

 結果的には、普段あまりしない運動になってしまって田嶋がただ呼吸を荒くしただけの落ちだった。



「はぁはぁ。なるほど、打つ手なしのようで」



 納得したのか、ベッドに腰掛けたままの俺と二人分くらいの距離をあけて、田嶋も座った。


「しかし困った。ハメるといっても我らで共通できる話題など、スマホゲーの『春いろガールズブルーム』略してハルブルくらいしか無いでござる」


「ぶっ」


 思わず鼻からお汁が飛び出そうになる。


 『春いろガールズブルーム』は美少女いっぱいで、たまにちょっとエッチなイラストがあったりする学園ハーレム系の人気スマホゲームだ。

 正直、堂々と教室で遊ぶにはクラスメイトに覗かれると恥ずかしいので絶対しないし、秘密にしていたわけだが。


「なんで俺がプレイしてるの知ってんの?」

「拙者が同志山口と話してるとき、にわかに反応したのを見逃さなかったでござる」


「きもっ……、あ」


 しょうもない洞察力を披露されたせいで、うっかり配慮の無い言葉が出てしまった。


「ごめん、ちがくて……あぁ、その、まじかよぉ」


 ドン引きと感嘆が交錯して、俺は誤魔化すように大きく息をつきながら、改めてその男を観察する。 


 田嶋太は分かりやすいオタクといった風貌だ。

 太った体格。中分けの髪と度の強い眼鏡。勉強の成績はそんなに良くはなかったと思う。

 一方で俺はというと、中肉中背のいわゆる隠れオタクで、目立たないモブにすぎない。勉強の成績はそんなに良くない。


 陽キャな連中からしたら大差ないポジションかもな。



 田嶋は俺の言葉を特に気にしたふうもなく、


「と、すれば……」


 もったいぶった口調で宣言する。


「ここは井上氏が、拙者が推すヒロイン、黒ギャルJK『黒崎かのん』ちゃんにハマっていただけば手っ取り早い」


 それはハルブルでは有名な人気キャラの一人である。もちろん俺も知っている。


「いつも強気でちょっとおバカが玉にきず。胸もお尻も主張の激しいエロかわ一位人気キャラでござる」



 ……ん?

 ちょっと待て。


「一位人気?目ぇ腐ってんのか」


 俺のその言葉は、苛立ちにまぎれて再び配慮を欠いてしまっていただろうか。


「一位人気は大人し系な小柄巨乳の『桜井琴乃』ちゃんだろう!!」

「ほほぅ?」


「小動物のように可憐で、時に猫のような気まぐれな立ち居振る舞い。でも自分の中の正義に反することは許さない、助けてあげたい守ってあげたい大天使だぞ!」


 推しの相違に火花が散る。


「これは笑止」

 田嶋が好敵手を得たとばかりに、にやりと笑った。


「そんなかのんちゃんと琴乃ちゃんが相対したら?」

「おま、バカ!」


 絶対にこじれる。

 当然こうなるだろう。





 快晴の中にひらひらと桜が舞い散る学園の風景。

 そんないつもの教室で小柄な少女が、クラスメイトに語りかけていた。


 学園のブレザーに包まれた彼女の体は小柄かつ華奢であるにもかかわらず、胸のサイズ感だけは激しくその存在を主張している。


 光の加減でピンクにも見えるボブの髪を可愛くゆらし、誰もが愛でていたくなるような小っちゃくて可愛い生き物、とそう表現したくなるような彼女こそ……、


桜井琴乃さくらいことのである。



「かのんさん!服装はちゃんとしてください」 


「は?」



 澄んだ声でとがめられ、もう一人の女生徒が眉根を寄せて振り返った。



「あーしの場合これがちゃんとしてるんだけど」



 プリンのような色合いの茶髪をシュシュでまとめた毛束が、肩を通って日に焼けた豊満な胸の谷間へと落ちていく。


 耳のピアスに色彩鮮やかネイル。

 首元のリボンはゆるく、胸元まで大きく開いたワイシャツの隙間から見せブラがほんの僅かにのぞいている。

 スカート丈は短く、中が見えてしまいそうで他人事ながら危なっかしい。



 一見だらしなさそうなはずなのに、それぞれが不思議な調和でセクシーさと愛らしさを引き立て合っていた。


 黒崎くろさきかのん、読者モデルもこなす学園のアイドルだ。



「ちゃんと校則に従ってください」

「少し違ったって誰か迷惑するわけ?別にいいじゃん」


「校外で見る人は学園全体の印象として見るかもしれませんから、ダメなものはダメです!」



 食い下がる琴乃に、かのんが眉根をよせたまま苦く笑う。


「ねえ、くそうざいんですけど?」





 

「ほーら、こうなっちゃう」


 妄想説明をいったん切り上げて、俺はそう言った。

 展開が自分のイメージ次第なのはひとまずスルーだ。



「このまま続けても井上殿とはどこまでも平行線のようですな」

「田嶋ぁ…やはりお前は俺の敵のようだ」


 田嶋がうなる。


「だがそんな時、二人の前に現れるのが頭のかたい中年体育教師ぃぃ!!」

「ぬぁ!?」


 なんてこった田嶋のやつ、俺の妄想説明を引き継ぎやがった。


「な、なにぃ!?」


「かのんちゃんの髪を荒々しく掴むとぉ……」


 唐突な波乱の予感に、俺はゴクリと固唾を飲む。






 担任でもない教師がいきなりずかずかと教室に立ち入ってきたと思った瞬間、男はかのんの髪をつかんで乱暴にゆする。


「ごらぁっ、なんだこの色は。校則違反じゃないか!」

 

 突然の出来事に顔色を失う二人。

 相手は強面でごつい体格の、四十半ばのおっさん教師だ。目の前に立たれるだけで威圧感がある。

 そして、


「だいたいお前は…」

 と、説教めいた罵詈雑言が開始された。

 やれ男に色目を使ってるだの、ろくな大人にならないだの、内容はその教師の価値観による独りよがりな決めつけである。




「ひええ。ひ、酷いっ」


 俺は展開される妄想を直視できずに目を伏せた。

 伏せても続く。妄想だから。


「あまりのことに絶句したままのヒロイン二人。やがて体育教師が投げ捨てるように髪を離すと思わず床に尻もちをついちゃうかのんちゃん!」


「うああっ」

 田嶋の巻き起こした展開に動揺が隠せない。





「お…、男に媚びるとかじゃねーし」


 普段は自信家で強気のかのんも、大人からの唐突な理不尽に対し、立ち上がれぬまま弱々しく肩を震わせている。


「かわいくなりたいからやってるだけだし…」


 我慢に我慢を重ねようとするも、その瞳から一粒、また一粒と涙がこぼれてしまう。





「ど、どど…どうしようっ」

 俺はもはや混乱の極致だった。だがハッと息をのむ。


「お…おい、まずいぞ」


 続けて何を言おうとしているのか田嶋も理解しているようで、「うむ」と大きくうなずいた。

 いつの間にか俺と田嶋の座る位置が近づいていることに、お互いまだ気付かない。


「そんなのを目の当たりにしたら、あの琴乃ちゃんが黙っていられるわけがないじゃないかっ!」

 

 そうなのだ。琴乃ちゃんはいい子で正義感も強い。

 クラスメイトがそんな目に遭っていれば、当然ながら義憤に燃えてしまうのだ。




「先生!それはもう注意じゃありません、パワハラです!!」

 かのんを守るように琴乃は両腕を広げると、教師との間にその小さい体と大きいお胸で割って入った。




「ふおおっ、普段の大人しい琴乃ちゃんからは信じられぬ声量。これには、かのんちゃんも教師もびっくりだー!」

「そこから始まる細かなダメ出しは体育教師にとっても耳が痛いはずだぞぉ」

 ヒートアップする田嶋と俺。




「なにぃ、お前も教師に逆らうのか!!」


 ごつい手で肩をつかまれても、琴乃は抵抗して動こうとしない。

 おそらく強引にどかせば、軽量な少女は簡単に吹き飛んでしまったことだろう。


 だが、彼女の強い意志を宿した瞳がそれをさせなかった。

 両手でスカートを握りしめる。震える足を抑えるかのように。




「歯を食いしばって、恐くてもう声は出せないけれど、決して折れない屈しない」

 目を閉じればその姿のイラストが、まぶたの裏に描かれる思いだ。

 すると田嶋が奇声を発しだした。同じ光景を想像したに違いない。


「んふぅぅぅ、ふはぁぁぁぁぁんっ!!」


 トゥィンクッ……♡


 そんな効果音がやつから聞こえた気がする。



 大人しいはずの少女による思わぬ抵抗に、

「内申点に響いてもいいのか!」

 圧されたままではプライドが許さないのか今度は、そんなセリフで脅しにかかる体育教師。だが、


「ん……、ああ?」


 何やら教室内の空気がおかしい。

 クラスの生徒全員の視線が自分に集中している。



「なんスかー、揉めてんスかぁー」

「ちょっと先生、かのん泣かしてない?」

「まじ信じらんない」

「誰か、録画しとけばバズるかもよー」


 ついに他の生徒たちが騒ぎ出した。

「あ、ぐっ」

 体育教師は何か言おうとして口を数度パクパクさせるも、


「ふんっ、ちゃんと直しておけよ!」





「……と不利を感じて慌てて退散、ドロンでござる」


「よ、よかったぁ~」

「ところがどっこいドンブリコ!!」

「うわっ、今度は何だよ!?」

 田嶋の熱い語りは続く。



『やだ、なんで?めっちゃ涙でる』



「ほっとしたのもつかの間でござる」



『ふぇ、うえぇぇぇ~ん』



「安堵からか思わずギャン泣きしちゃうかのんちゃんん!!」

「そりゃそうだ。そして……そしてぇ!?」



『大丈夫。もう、大丈夫だからね』

『ちょぉ…めっちゃ恥ずいしぃ~』



「ん~っ、優しく抱きしめて撫でる琴乃ちゃん!だな!!」

「あひぃっ。何そのちっかわ聖母ぉ、さすがでござるぅ」


 感極まった俺と田嶋は、互いに互いの推しを賛美する。


「かのんちゃん、尊良とおとよぉいっ!!」

「琴乃ちゃん、かわ良すぎるでござる!!」

 



 ガチャッ、グオォォ…



 俺達の叫びの余韻を打ち消すように、金属質なその音は妙に室内に響いた。


 見ると扉の鍵が外れており、あのびくともしなかった重そうな鋼鉄の扉と壁の間に、細く隙間ができている。

 俺たちはしばらく呆然とその光景を眺めたあと、のどの奥でククッと笑った。


「いやいやいや。まんまと我が策にひっかかったようでござるな同志井上」

「待て待て、琴乃ちゃんの魅力が理解できただろう。かかったのはそっちだよ同志田嶋」


 田嶋は立ち上がると、分厚い扉に近づいていく。


 この部屋に入る仕組みや前後の経緯については疑問が残るが、とりあえず脱出して普段に戻れば、きっとそれらもおいおい分かっていくのだろう、たぶん。

 なんて楽天的に考えつつ、俺も立ち上がると田嶋に続こうとして、



 そのまま閉める姿を目にする。


 やつが。

 開きかけた扉を。




 バタンッ、ガチャリッ!!



 自動で再び施錠される鍵の音が、いやに残酷に耳朶を打った。


「えーと……」


 何かの間違いかと思って、田嶋が閉じやがった扉をもう一度見るが、ばっちり隙間はなくなっている。


「んんん?」

 

 困っちゃった笑顔のまま固まる俺。

 それから一転、


「おいいいいいい!!なんで閉めるんだよおおおお!」

 激情を発露する。


「いやぁ、いい感じに温まってきたので、もう少し語りあいましょうぞ」

「この部屋出てからでも語りあえたよね!だよね!?」


 無常にも扉は最初の時と同様に閉ざされ、どう力を込めようがハンドルも何もまったく動かせない状態に戻っていた。


「おっと策士策に溺れるとは、まさにこのこと。あっはっはっ」

「笑いごとじゃねぇぇぇぇ!!」


「まんまと拙者にハメられましたな」

「お前もなああっ!!」

「罠にハメたんで開いたりしないでござるか?」

「そういうルールじゃなかったろぉ!?」

「では井上殿は受けと攻め、どちらが好みでござるかな?」

「生理的に無理ぃぃ!!」


 こうして、そんな俺の悲痛な叫びが無機質な室内に虚しくこだまするのだった。

 



 ちなみにこの後、さっきの続きの話をして速攻で鍵開けてやった。

 めでたしめでたし。

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相手をハメないと出られない部屋 くろねこ @shiroikuroneko

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