第12話 亀裂
「ーー妹さんが否定するのであれば、難しいですね」
「え……?お兄ちゃんの診断書があってでもですか?」
「それは俺が身内だからですか!?」
「ふたりとも落ち着いてください。本人が認めてくれないと立件出来ないんですよ。痣だけではちょっと、ね」
私たちは警察の冷たさに愕然とした。
「つまり、命に関わるようなものにならなければ動けないとそう仰りたいんですね?」
「いえ、そういうつもりではーー」
「もういいです。帰ろう、お兄ちゃん。こんなんじゃ話にならないよ。私がお姉ちゃんを助けるよ。私がお姉ちゃんの彼氏を訴えるから」
私はまだ若かった。弁護士の卵で、何でもできるとこの頃は自分のことを信じて疑わなかった。
「お姉ちゃんにこれ以上暴力なんか振るわせないんだから」
だが、それも甘かった。
結論から言うと訴えることは出来なかった。
「ーー六花。あんたを訴えてやる!彼はそんな人じゃない!これは名誉毀損よ!」
私の行動でお姉ちゃんは怒り狂い、私を敵と認識した。皮肉にも私のせいで、ふたりの関係は深まってしまったようだった。ふたりの間に子どもができ、お姉ちゃんは家を出ていった。
「六花。お前は悪くないよ。もう双葉のことは忘れなさい」
訴えられた私を慰め、お兄ちゃんは慰謝料を私の代わりに支払ってくれた。自分の弁護も出来なかった私は実のことも避け、引き籠もった。
「六花。顔見せてよ」
「やだ。帰って、実」
「やだ。だって、六花が心配なんだもん」
「……なんでさ、お姉ちゃんはあんな暴力男がいいの……?」
「……好きだからじゃない、かな。暴力を肯定するわけじゃないけどさ、私は少しだけ気持ちわかるよ。私はもし六花に暴力を振るわれたとしても嫌いになれないもん」
「!私はそんなことーー」
「しないよ。しないってわかってるよ」
「好きなら、優しくしたいじゃない!笑って欲しいじゃない!なんで、暴力なんか振るうのよっ!」
「……うん、そうだね。六花、声が震えてるよ。ドア開けて、こっちにおいでよ。ぎゅってしたいよ」
私は泣きながら部屋のドアを開ける。実が入ってきて、ぎゅっと私を抱きしめた。
「……劣等感、わからなくもないんだ。うちも妹が優秀だからね。だからさ、依存しちゃうんだろうね」
「私が悪いのかな……?」
「違うよ。六花は悪くない。ただ、少しだけわかるって言っただけ。暴力は何があっても悪だよ」
とんとんと実が背中を撫でてくれる。
「私は諦められただけ。妹に敵わないって。それはね、ありのままの私を愛してくれた実のおかげなんだよ。私は私でいいんだって思えたの。六花の気持ち、いつかお姉さんもわかってくれるよ。お姉さんにも大切な人がいるんだから。子ども、できたんでしょ?それなら彼氏さん、いや、旦那さんも変わるんじゃないかな?」
「そうかな……?そうだったら、いいなぁ……」
私はわんわんの実の腕で泣いていた。
お姉ちゃんの彼氏の訃報を聞いたのはその数日後だった。
ここでキスしてⅡ 彩歌 @ayaka1016
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