第23話 格闘訓練

しばらくは見回りの依頼を受けて射撃訓練の繰り返しだった。


 依頼と訓練を終えれば、俺はカーラちゃんの家でこの国の文字の読み書きを習い、たまにアルたちに付き合って依頼を受ける日々。


 そんな毎日を過ごしているうちに、カーラちゃんの腕はめきめきと上達した。


 五メートルでは十分にヘッドショットを狙え、十メートル離れていても胴体に集弾させられるくらいになった。


 スタミナも目を見張るくらいに増えて、最近では荷物を背負って見回りをしていてもちゃんとついてこれるほどだ。


 驚異的な成長率である。スタミナも筋力も射撃技術も成長が目覚ましい。


 成長期だからとか若いからとか要領がいいとか、そんな理由では説明がつけられない気がするが、悪いことではないので深くは考えずに次のステージへと進むこととした。


「カーラちゃん、はいこれ」


「……木剣。ねぇ、アキトさん。ほんとに必要なの?」


「必要だ」


 射撃訓練は二〇発入りマガジンを四マガジン分撃つ。集中して取り組むために二マガジン分撃ったら一度休憩を挟んでいるのだが、今日はその休憩の間に格闘訓練の説明をすることにした。


 イアンくんの形見の短剣に似せて作られた木剣を渡すと、カーラちゃんは表情を曇らせた。


「でもさぁ、ファイブセブンがあったら遠くからでも攻撃できるでしょ? 格闘訓練に割く時間があったら、敵を近寄らせないような動き方とか、銃の腕を鍛えたほうがいいと思うんだけど……」


 カーラちゃんはべつに格闘訓練が嫌いで言ってるわけじゃなく、やる意義を見出せないだけのようだ。


 訓練に費やせる時間や体力や集中力が限られている以上、リソースはすべて射撃訓練に回したい、という考えなんだろう。


 そういう向上心は好ましい。どれを優先すべきかを自分で考えられるのは立派だ。


 しかし、いざという時のために取れる択を増やすことも重要だ。


「銃の腕を上げるのはもちろん大事だけどな。でも相手の数が多ければどうしたって敵に近寄られる場面は出てくる。べつに殴り倒せるようになれって言ってるわけじゃない。とりあえずは敵との距離を空けて、銃を使える空間を作れるようになるだけでいい」


「一〇メートルだと頭を狙うのは難しいけど胴体にあてられる自信はあるし、近寄らせないで一方的に戦えると思うけど……」


「ほう? なら試してみるか」


「試す?」


「俺が一〇メートル以上離れた位置からカーラちゃんに近付く。カーラちゃんは撃てるタイミングがあるかどうか試してみよう。念のためにセーフティかけといてくれ」


「んー……うん、わかった」


 今日も防刃防弾仕様のジャケットを着ているが、Five-seveNが使う弾薬は貫通性能に秀でた5.56ミリ弾だ。おそらくジャケットは貫通するし、もし貫通しなくても至近距離で撃たれたら骨折するくらいの衝撃はある。


 Five-seveNにセーフティをかけるところを目視してから俺はカーラちゃんから一〇メートルほど離れた。


「銅貨が落ちたら開始な」


「はい」


 銃を握るとスイッチが切り替わるのか、カーラちゃんは言葉遣いが変わる。それが俺へのリスペクトなのか、危険な銃を使っていることで意識を引き締めているのかはわからないが、ふだんよりも凛々しい顔つきになるカーラちゃんはかっこいい。


 まぁ、どれだけ警戒してようと、その警戒をぶっちぎるのが獣人兵士なんだけども。


 コイントスの要領で銅貨を親指で弾き、地面に落ちた瞬間に俺はアビリティを発動する。


「目の前にいて、相手の動きを注視してても、こうして近付かれることもある」


 アビリティ『兎起鳧挙マズルヴェロシティ』で一〇メートルの距離を一息以下で踏み潰す。左手でカーラちゃんの手を掴んで首筋に木剣を添える。


 『マズルヴェロシティ』は静止状態でのみ使用可能で、かつ前方にしか進めないという制限の多いアビリティだが、予備動作なく高速で移動できる。距離を詰めたりその場から逃げる時には重宝するアビリティだ。


「は、はや……っ」


「前戦ったオオカミは木に登って頭の上から飛び込んできた。森の中に入る以上、戦う相手はゴブリンだけじゃない。ゴブリン相手でも近付かれるかもしれない。近付かれた時どうするかを学んでおくのも大事だろ?」


 ここまで近付かれたら銃で対処するには苦労する。取り回しのいいピストルならまだやりやすいほうだけど、両手で撃つ練習しかしてないカーラちゃんには立ち回るのが難しいだろう。


「う、うん……たしかに。で、でも、ちょ……近いよ……」


「ああ、悪い」


「だ、大丈夫……必要だってことはわかったから。それで、なにから始めればいいの?」


「片手で銃を撃てないから手を離すわけにはいかないし、足技を重点的にやっていって、補助的に短剣の扱いを練習してみようか。性に合わなければ他のやり方も考える」


「ん、わかった」


 方向性としては、銃を両手で握っている状態を前提として、敵に近寄られたら足技で距離を確保して銃で仕留めるという形を作りたい。


 最近はカーラちゃんも腕力、体力がついてきている様子だが、さすがに鍛え始めたばかりの女の子では全体的に筋力に不安がある。自衛として教えはするけど、短剣を使うのは最終手段くらいに思っておきたい。


 格闘訓練自体はやろうと思えば傭兵組合の裏手にある模擬戦闘場みたいなスペースでできるので、今はざっくりとだけ教えた。


 構え方や重心の置き方、倒すためじゃなくて銃を使える距離を作るために足を使うという意識を教え込む。


 人間と同程度の生き物に対して、銃はめちゃくちゃ強いのだ。慢心や過信が一番怖いからカーラちゃんには強めに脅しをかけてるけど、正直なところ、撃ち続けられる状況を維持できれば負けることはない。


 弾丸は鋼板すら貫通する。5.56ミリ弾なんて現代のボディアーマーをも貫く。ファンタジー的な特殊加工が施されてない限り、この世界の技術で作られた盾や鎧なんて意味をなさない。


 基本的に防具を持たないゴブリン相手ならなおさらだ。正面からぶつかれば負ける要素はない。


 負けないからといって気を抜いていたつもりはない。


 ただ俺は、少し思い違いをしていた。


「あれ、なんだろ? ……森の奥に、なにか……」


「カーラちゃん? どうかしたか?」


 実践的な格闘訓練は町に帰ってからやろうという話になって、射撃訓練の続きをしていた時だった。


 カーラちゃんがワンマガジン分を撃ち切って、木に書いたターゲットにどれだけ集弾できたか確認しに森に近づいた。


 そこでカーラちゃんは森の奥にいたなにかを発見してしまった。


「ごぶ、りん……ッ、ゴブリンッ!」


 ゴブリンを発見したらしいカーラちゃんはその瞬間に駆け出す。


「待て! カーラちゃん!」


 俺はカーラちゃんの復讐心の強さを測り間違えていた。


 銃は強い。相手がゴブリンなら対複数でも余裕を持って勝てる。


 でもそれは冷静な判断能力があればの話だ。


 怒りで冷静さを欠いてしまえば、どれだけ優れた武器を持っていようと強みを発揮しきれない。


 こうも唐突に実戦を経験するなんて思ってなかった。こんなことなら射撃訓練と並行して戦闘時の心構えも言い聞かせておくべきだった。


「くっそ……」


 自分の考えの甘さを後悔しながら、我を忘れて森に入るカーラちゃんを追いかけた。

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FPS廃人、剣と魔法のファンタジー世界を銃弾で切り開く。 にいるあらと @NiiruArato

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