第22話 実射訓練

「……カーラちゃん、足痛かったりしないのか? なんか体がだるいなぁ、とか」


「んー、もちろん疲れはちょっと残ってるけど、思ってたより大丈夫かも。昨日寝る時は、明日ちゃんと動けるかなって心配してたんだけどね」


 今日も今日とて余っていた見回り依頼を受けて、俺たちは町の外に出ていた。


 ペースは控えめとはいえ、カーラちゃんは昨日よりもしっかりついてきている。息も上がってないし、会話する余裕まである。筋肉痛もそこまでひどくないようだ。


「……たった一日でそんな変わる?」


「あははっ。ほら、あたし若いから」


「俺がおじさんみたいな言い方しないでくんない? まだ二五歳なんだよ」


「ふふっ、そんな言い方してないよ。アキトさんだってぜんぜん若いもんね。でも、そっか……二五歳なんだ」


「なんだなんだ、年齢二桁離れてたらおじさんか?」


「ちょっともうっ、あははっ! なにも言ってないじゃん! 十歳差なんてたいしたことないもん」


「自分で言っておいてなんだけど十歳差はたいしたことあるぞ」


 いくら若いからといっても、これまでほとんど運動してなかったカーラちゃんなら昨日の反動でまともに動けないだろうと思っていた。昨日の午前の見回り一回だけでこんなに成長するものなのか。


 俺がこの異世界でもADZのスキルやアビリティ、ストレージなどを使えるように、まだ俺が知らないこの世界のルールがあるのかもしれない。


「……歳の差なんて関係ないと思うけどなぁ。村でも、八歳差で結婚してる人もいたし……」


「例えで出すなら十歳以上の歳の差で結婚した例を出すべきじゃね? ……いや歳の差がどうこうの話はどうでもいいんだ」


「ど……どうでもよくは、ないけど……」


「体力的に問題ないなら武器の訓練してみるか」


「っ! うんっ! やるっ!」


 もごもごしてたのが嘘のように切り替わって、カーラちゃんは目を輝かせた。


「やる気があるのはよし。音が届いたら不安にさせるだろうし、町から離れたところで試してみるか」


「わかった! ……音?」


 音については説明するよりも実際に見せたほうが早い。


 首を傾げるカーラちゃんを連れて、見回りしながら射撃訓練によさげな場所を探す。


 周りを見渡せて、町からほどほどに距離があるところにぽつんと木が生えていたので、その木の幹にナイフで傷をつけてターゲットを書く。


 まずは五メートル離れたところでラインを引く。


 ショルダーバッグからカーラちゃん用の装備一式を取り出す。


「えーっと、リグと、ホルスターと、銃と、マガジンっと」


「……どれだけ出てくるの……? その小さなバッグに入るわけなくない?」


「……まぁ、たしかにな。でも入るんだよ」


 カーラちゃんの言う通り、ショルダーバッグから出てくる大きさと量ではない。


 だがADZのバッグとはそういうものだ。バッグに設定されている容量にさえ収まれば、たとえショルダーバッグの口よりも大きいものでもバッグに入るし出せるのだ。


「そのバッグって圧縮魔法でもかけられてるの?」


「圧縮魔法? なにそれ?」


「あたしも詳しくないけど、えっと……バッグとか箱とかに圧縮魔法をかけると、入れた物が圧縮されて見た目以上にたくさん入るようになる……とかだったはず」


「へぇ……それじゃあ圧縮魔法と似たようなもんだよ。重さは変わらないけど見た目以上にたくさん入るから。カーラちゃんでも背負いやすいやつ用意しとくわ」


「だから……そんなにほいほいと貴重なマジックアイテムをさぁ……。いや、うれしいんだけど……」


「カーラちゃんのこと信頼してるからな」


「んっ……うぁ、も、もうっ!」


 俺が渡したものを抱えているのでカーラちゃんは顔を隠せない。真っ赤になった顔を眺めていたらカーラちゃんは体ごとそっぽを向いてしまった。


「あははっ。ごめんごめん。それ、付け方とか教えるよ」


「……うん。ありがと。ていうか、これもなんか高そうな……」


 ホルスターやリグをカーラちゃんに装備させる。獣人兵士が身に付けるものなのでカーラちゃんには大きいかも、と今更ながら不安になったが、装備はカーラちゃんの体にフィットした。


 思えばADZでも種族によって体の大きさは違っていて、とくに兎と熊だとシルエットにもかなり差があるが、それでも同じアイテムを装備できる。このあたりサイズ感は自動調節してくれるのだろう。


 杞憂を解消し、銃の説明に入る。


「これがカーラちゃんに渡す、ピストルっていう武器。Five-seveNファイブセブンって名前」


「ファイブセブン……」


 いろいろ考えた結果、カーラちゃんには5.7x28mm弾を使用するFN社製のFive-seveNを貸すことにした。


 銃を始めて使うカーラちゃんに貸すので、まず念頭に置いたのは装弾数だった。装弾数という点では、俺が持っているピストルの中ではマガジン内に二〇発入るFive-seveNがトップだった。


 Five-seveNは装弾数は多いが、弾が細長く、しかも複列弾倉ダブルカラムなので手が小さい女の子ではグリップが握りにくいという難点があって、しばらく悩んだ。


 悩んだものの、そもそも女の子でも扱いやすい銃なんて俺は持ってない。


 どうせ両手で握らせるのだから、それなら装弾数も多く、5.7mm弾で反動も控えめ、弾速も速くてあてやすいFive-seveNを使わせようと結論づけた。後々には同じ弾薬を使うP90を持たせようかなとも考えているので、Five-seveNはサイドアームにできるし都合がいい。


「まずは握り方だな。グリップっていうところ、まずここを握って……ここはトリガーっていうんだけど、ここには戦う時以外は指をかけちゃだめ」


「グリップ……を握って、トリガー……には指をかけない」


 握り方を教えて、次にピストルの各部の説明をしていく。カーラちゃんは賢い子だと聞いていたが実際に賢くて、一度教えたらすぐに覚えた。


 俺も自分の愛銃USP45を取り出して握り方を実演する。


「右手でグリップを握って、左手で包むように……手が小さくて握りづらそうだな」


 手を大きく開いてどうにか片手で持っている感じだった。これだと反動で親指が脱臼しかねないし、そうでなくても狙いがぶれやすくなるだろう。


「え? ちゃんと持ててるよ? これじゃだめなの?」


「撃った時に手を痛めるかもしれないし、保持力が弱くてもしかしたら銃がぶっ飛んでくかもしれない。そうだな……こうしてみるのはどうだろ」


「んっ?! ……う、うん……」


 カーラちゃんの背中側から腕を伸ばし、カーラちゃんの小さい手を握って握り方を修正していく。


 右手は親指もグリップの右側に回して銃を握ることを優先させ、左の手の底でグリップの後部にあてて反動を吸収させることにした。かなり癖のある握り方になったが、慣れればちゃんと撃てるようになるだろう。

 

「これでだめならまた握り方を考えよう。……カーラちゃん? 聞いてるか?」


「き、聞いてるよ! ……うん、これが握り方なんだね」


「よし、それなら実射訓練をしていこうと思うが、その前に絶対に守らないといけない注意事項を話しておく」


「ちゅ、注意事項? ……うん」


「銃は簡単に人を殺せてしまう危険な武器だ。銃の先端の穴が空いているところを銃口っていうんだけど、戦う時以外は絶対に銃口を人に向けちゃいけない。冗談や悪ふざけでも、絶対に。わかったか?」


「は、はい……」


 声に力が入ったせいでカーラちゃんが少し怯えてしまったかもしれないが、それでも強く言っておかないといけない。


 銃はそれだけ危険な代物だ。自分の身を守るために使うのならともかく、誤って人を撃ってしまった、なんて悲劇は未然に防がないといけない。


 撃たない時の構え方や他の知識は町に帰ってからでもできる。今は町の外でしかできない実射訓練に時間を使おう。


「よし。それなら実際に撃ってみようか」


「はいっ」


 俺も隣で一緒に撃つまでの手順を手解きする。


 最初の一発目は、俺はまたカーラちゃんの後ろにまわって手を包んで補助する。


「大きな音がするし、思った以上の衝撃があるから注意してくれ」


「はい。……っ」


 木の幹につけた小さな丸に銃口を向ける。カーラちゃんの細い指が引き金にかかり、ぐいと引かれた。


 俺がよく使っているUSP45よりも軽い発砲音と反動。


 だが初めて撃ったカーラちゃんにはとんでもない衝撃だっただろう。


「どうだ? なかなか体にずしっとくるだろ?」


「っ……はい。なんか、すごい……。アキトさんに支えてもらってても、手のひらがじんじんする……」


 銃口をちゃんと下に向けて引き金から指を離してからカーラちゃんは呟いた。銃の衝撃に面食らってても教えた通りにできるのは優秀だ。


「撃ち続けて構え方を修正していったら、あとは慣れだな。覚えるの早いしカーラちゃんならすぐ慣れるはずだ」


「そう、なのかな……。今はまだ使いこなせる気はしないけど……」


「すぐに使いこなされたら俺の立場がないって。一旦セーフティかけて、的にあたったか確認してみようか」


「はいっ」


 木に近付いて的を見てみると、弾痕はなかった。木の幹の端っこの樹皮が剥がれているので、おそらく掠めたといったところだろう。


「ん、あたってないな」


「……あたってない。こんなに小さい円にあてるなんて難しくない?」


「ゴブリンの頭がだいたいこの円くらいの大きさなんだ。一発で殺そうとしたらこの円にあてなきゃいけない」


「……体とかじゃだめなの?」


「胴体でも数発入れれば死ぬだろうけど、一匹にかかる時間が長くなる。いくら銃が強くても複数に囲まれたら負けるぞ?」


「……そうだよね。今は練習だからこれだけ近くで撃ってるけど、ほんとならもっと遠くから撃つものなんでしょ?」


「そうだな。さっきの十倍以上、五十メートル離れても殺せる威力がある。でもそんな距離は狙うのが大変だから……せめてさっきの倍くらいだな。一〇メートル離れててもあてられる技術は身につけてほしいところだ」


「さっきの倍……」


「ゴブリンの足でも、走って近寄ってきてる状態なら五メートルの距離に二秒もかからない。戦ってる時に慌てないようにそのくらいの余裕はほしいな。つってもいずれは、ってことだ。今は五メートルの位置から練習していこう」


 だいぶ無茶なことを言っている自覚はある。


 ピストルなんて、一〇メートルも離れたらふつうはそうそうあたらない。獣人兵士にとっては目と鼻の先も同然だが、一般人の、しかも銃を今日初めて触った女の子が一〇メートル先の的にあてるなんて至難の業だ。


 でもそれくらいできるようになってもらわないと、危なっかしくて見ていられない。


 本格的な戦闘経験のないカーラちゃんだと、いざ実戦の場となったら驚くし慌てるし怖いはずだ。冷静な精神状態を保てるとは思えない。


 訓練の時に一〇メートルの位置で頭を狙えて、二〇メートル離れてても胴体に命中させられるくらいになっておかないと、極度の緊張状態になる実戦ではあてられない。


「わかった、がんばる。よろしくね、アキトさん」


 高いハードルを課したが、カーラちゃんはきりと目に力を込めて頷いた。

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