第21話「男女の色事」

 今日も傭兵組合提携の宿屋で目覚めたが、今日は部屋が違う。大部屋ではなく、二人部屋のほうだ。


 昨日の夜、セーフティバッグからストレージにアクセスして酒を取り出すために宿屋で受付をしたら、一昨日に引き続いて二人部屋をおすすめされた。


 ストレージを早く使いたかったから二人部屋にしたが、ある意味正解だった。


「……まだ寝てる」


 二人部屋に泊まったが、この部屋にはあと二人いる。


 エマちゃんとオリアナさんだ。


 ベッドは二つなので、俺は床で寝て二人にベッドを使ってもらった。


 昨日の夜、組合の酒場でイアンくんの話をしながら飲んでいたが、エマちゃんとオリアナさんが日本酒を気に入って飲み過ぎて泥酔してしまったのだ。


 未婚の男女で同室はどうかとは思うが、家に帰れないくらいにへべれけだったので二人部屋を取っていた俺が宿屋の店主に許可を取って保護した、という形だ。傭兵組合と宿が近くて助かった。


 宿屋の酒場で給仕をしていたクララちゃんが、感情を削ぎ落としたような顔をしていたのが気がかりではある。女を酔わせてホテルに連れ込むクズ男みたいに思われてたら嫌だなぁ。


 ちなみにストレージから出した酒がはちゃめちゃにうまくて俺も結構飲んでいたが、ぜんぜん酔わなかった。


 獣人兵士には『薬剤抵抗トレランス』というスキルがあって、毒、飲食料のデメリット、オートインジェクターの副作用などを低減させる効果がある。おそらくこのスキルの効果で酔いも回らなかったんだろう。


「でもこっちは酒残ってそうだなぁ……」


 オリアナさんはふだんから酒をたしなんでるだろうが、エマちゃんはしっかり飲むのは昨日が初めてに近いみたいだった。出した日本酒の口当たりがよかったせいで、ちょっと目を離した隙にエマちゃんが飲みすぎてしまっていた。


 たぶん今日はエマちゃんは使い物にならないだろうなぁ、と眺めていると部屋の扉が叩かれた。


「ん……アルかな。はいはい、今開けるよ」


 エマちゃんとオリアナさんの様子を見にきたのかと思い、扉を開く。


 だが、思いがけない相手だった。


「おはよう、アキトさん」


「あれ、カーラちゃん?」


 カーラちゃんが宿の部屋にまで呼びにきていた。


 中では二人がまだ寝てるので起こしてしまわないように部屋の外に出る。


「家にこなかったから迎えにきたよ。昨日、酒場でアルたちと飲んでたらしいね。飲み過ぎて起きるの遅れたの?」


「いや、起きるのは起きてたんだけどな……」


 傭兵ばかりの宿屋といえど、鍵をかけられない部屋に女性二人を残して出るのはどうだろうと思って出るに出られなかった。


「あたしだって昨日へばっちゃったし、お酒飲んで起きれなくてもべつに怒らないよ。……にしても、傭兵になったばっかりなのに二人部屋取っちゃうなんて、ちょっと贅沢なんじゃない?」


「あぁ、なんか宿屋の店主がやけに二人部屋を勧めてくるんだよ。俺は大部屋でもいいのに」


 なぜか店主は俺を二人部屋に泊めさせようとする。部屋が空いてるから値段は大部屋と同じでいいとか言ってくるから、金を多く使わせようとしてるわけでもないし、よくわからない。


 店主とのやり取りを思い出して首を傾げていると、カーラちゃんが急にもじもじと手を遊ばせて視線を逸らした。


「へ、へぇ? そうなんだ。……そ、それなら、さ……。ど、どうせ、あたしたちパーティ組んでるんだし、読み書き教えるって話もあるし……う、うちに……」


「ぅ、うぅん……」


 俺の背後、部屋の中から呻くような声がした。


 エマちゃんがようやく起きたようだ。声から察するに二日酔いっぽい感はある。


「誰か連れこん……誰かいるの?」


 唐突にカーラちゃんの瞳がすっと鋭くなった。つい先ほどまでのふにゃふにゃした雰囲気が幻のように霧散する。え、なに、こわ。


「いや、昨日……」


 昨日酒を飲みすぎちゃったからエマちゃんとオリアナさんを泊めたんだよ、と伝える前に、後ろから違う声も聞こえた。


「ん、ふあぁ……あら、エマも起きたの?」


「……二人目? しかも、エマさんとオリアナさん……?」


 オリアナさんも起きたらしい。


 カーラちゃんの眼光の鋭さが増した。


「ぅ、うぅ……痛い……」


「ふふっ、初めてであれだけ無茶すればそれはそうよ」


「オリアナさんは平気なんですか……?」


「私もちょっとだるさはあるわね。アキトさんのがとてもよくて、私もちょっと羽目を外しすぎちゃったわ」


 部屋の中では二人がすっごい語弊のある会話をしている。ぜんぶ状況をわかっている上で勘違いさせて遊んでるんじゃないかと思うくらい、『酒』というワードが出てこない。


「『痛い』? 『初めて』? 『アキトさんのがとてもよくて』? ……ふーん」


「いや、これは、だから昨日……」


「そういえば、ここは……?」


「宿屋の部屋ね。私たち二人とも飲みすぎたから」


「えっ……」


「っ! ……酔わせて強引になんてっ! さいってい!」


「いや、だから違うって!」


「あら? アキトさんとカーラちゃん、すぐ外にいるのかしら?」


「……アキト様?」


「ええ。私たちが帰れないくらい酔ってしまったから、アキトさんが取ってた部屋に泊めさせてくれたのよ」


「そうだったんですか……。服も乱れてない……。オリアナさんは覚えてるんですか?」


「私はどれだけ酔っても記憶飛ばない体質だから。私たちをベッドに寝かせて、アキトさんは床で寝てたのよ」


「ゆ、床で?! アキト様が取った部屋なのにっ」


「優しいわよね。酔ってる私たちに手も出さないし。まぁ、そういう人だってわかってるから私も任せちゃったのだけれど」


 ようやくオリアナさんが肝心な部分を話してくれた。記憶が残るタイプでよかった。 


「…………」


 誤解が解けたらしいカーラちゃんは俺から顔を背けていた。


「オリアナさんが言ってくれたけど、そういうことだ。男女の色事なんてない。ていうか、三人で、とかを考えるってどうなの」


 耳まで赤く染め上げてうつむくカーラちゃんに追撃する。


 この子は頭の中がお花畑すぎる。釘を刺しておいた。


「……女の子二人と一緒の部屋で泊まるなんて怪しいことするほうが悪くない?」


「泥酔した女の子二人を放っておくほうが悪いと思うけど?」


「うぐ……ごめんなさい」


「ならよし」


 体を縮こまらせてカーラちゃんは頭を下げた。これで最低呼ばわりしたことは許そう。俺も紛らわしいことをしたわけだし。


 カーラちゃんと一緒に部屋に入り、オリアナさんと絶賛二日酔い中のエマちゃんに一声かけてから俺たちは今日の訓練に出る。


 今日も午前中は見回りで体力作りだ。見回り中にカーラちゃんのスタミナに余裕があれば、見繕っておいた銃を渡すとしよう。

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