第20話「唯一の手向け」

「そう、ですよね……。オオカミと戦っている時に、薄々感じてはいました……」


「俺が入ってることでパーティの動きがいつもと違ったってのはあったと思う。それでもメンバーの構成的に、索敵が足りてない感じはあった」


 今回の依頼はオオカミの群れの討伐だ。牧場に襲ってくる時を待ち構えるという形で戦ってもよかっただろうけど、結局は群れを殲滅できたかどうかの確認で森には入らないといけなかった。


 視界の悪い森の中では索敵役の有無が強く響く。


 連携の熟練度を見ていた感じだと、アルたちのパーティは前衛が敵の動きを止めて後衛が一撃を入れて隙を作り、その隙を突いて反撃という形をメインにしているようだった。


 正面戦闘は問題ないくらいの実力はある。


 だが今回のオオカミのような、スピードを前面に押して仕掛けてくる相手や、前衛がさばき切れない数で攻め寄せられたら、後衛が落とされて総崩れになる。


 奇襲を防いだり、敵が多勢の場合はすぐに気付いて撤退できるように、索敵役を入れないと今後苦しくなるだろう。


「新しいメンバーが見つかるまでは俺が索敵として入ってもいいけど、カーラちゃんとのこともあるからずっと同行することはできない。索敵がいない間はあまり危険な依頼とか、とくに森に入るような依頼は受けないほうがいいだろうな」


 森の中では大きな木々や草むらのせいで視界が悪く、このパーティの弱みである奇襲を受けるリスクが上がってしまう。今の構成で、危険な生き物が多くいる森に入るのは懸命じゃない。


「っ……しかし、アキト殿。イアンの代わりなど……っ」


 眉間に皺を刻んで、呻くようにウィリアムくんが言う。


 そりゃそう思うよな。死んだやつの穴埋めにメンバーを補充する、そういうふうに聞こえるよな。


「イアンくんの代わりじゃない。今のパーティには索敵がいないから、索敵できる人を入れたいなってだけだ。役割を代わることはできても、人の代わりなんてできねぇよ。同じ人間は一人もいねぇんだから」


「イアンが死んで、すぐに違う人を入れてしまうなんて……イアンに申し訳が立ちません。それこそまるで、使い捨ての道具にしたみたいじゃないですか……」


 拳を握りしめながら、アルが言葉を絞り出す。


 その気持ちは理解できる。だがイアンくんを看取った人間として、俺はその考えを認めるわけにはいかない。


「死んだイアンくんに申し訳がないからって新しく仲間を入れないで、それでアルたちが死んじまったらあの世でイアンくんにどう謝るつもりだよ。命懸けで助けた甲斐なく死なれたら、イアンくんが浮かばれねぇだろ」


「っ……」


「……ああ」


「ぐすっ、ひっく……」


「…………」


「まだアルたちには言ってなかったけどさ……俺が森にイアンくんを探しに行った時、イアンくんはぎりぎり息があったんだ。イアンくんに仲間は無事だったって伝えたら『よかった』って言ってたよ。全身ぼろぼろで苦しいはずなのに、笑顔で」


「あぁ、イアン……っ」


「っ……俺がっ……」


「ありがとう、これまで楽しかった。……みんなに伝えるようにイアンくんに頼まれてたんだ」


「ひっぐ……ぐすっ、ひっく……」


「…………別れは、慣れないものね……」


「パーティに新しい人を入れるかどうかはみんなに任せるけど、イアンくんはみんなに生きててほしかったから殿しんがりを引き受けたんだ。そのあたり、判断を間違えないでほしい」


 仲間を失った翌日に伝えるべきかどうかは迷ったが、イアンくんへの罪の意識で判断を誤るくらいなら今言うべきだと思った。


 アルもウィリアムくんもエマちゃんもぼろぼろに泣いていて、オリアナさんも過去になにかあったのか心を痛めている様子だった。


「っ……」


 俺だって言わなくて済むなら言いたくないけど、イアンくんの最期の言葉を預かった以上は伝えなきゃいけない。アルたちには死んでほしくないし、死なせないためにはパーティの構成を考え直させなきゃいけないし、この話は避けようがなかった。


 自己嫌悪のため息は我慢しつつも、俺も少々気落ちする。避けようはなかったにしろ、他にやりようはあったんじゃないだろうか。


 泣きじゃくるエマちゃんをオリアナさんが抱きしめて慰めている。そんな二人をぼんやりと眺めていると後ろから足音が聞こえた。


「お前らは、運がいいほうだ」


 急に現れて勝手なことを言ったのは、近くのテーブルについていた傭兵の先輩だ。


 名前は知らないが、首にかかったタグは淡い緑色をしている。アルたちウィードの二つ上、ツリー等級だ。


 ツリー等級は比較的大きいアルブ市の傭兵組合にも二組しかないベテランパーティの傭兵だ。年齢は三〇半ばというところだろうか。ベテランだけあって風格もある。


「……運が、いい? 仲間が、幼馴染が死んでっ、それでも運がいいって言うんですかっ!」


 激発したようにアルは立ち上がり、先輩傭兵に詰め寄った。


 アルに胸ぐらを掴まれた先輩傭兵は気を悪くしたふうもなく立っていた。ぶつかりに行くようなアルの勢いだったのに、先輩傭兵は揺らぎもしない。いい体幹をしている。


「ああ、そうだ。遺言を聞けるだけお前らは運がいい。最悪なのは遺言も形見もなにも残せないことだ」


「っ……く、ぅっ……」

 

 唇を噛み締めながらアルは胸ぐらから手を離した。先輩傭兵の言葉を聞いて、彼にどんな悲惨なことがあったのか想像できたんだろう。


「知っているか? 西から北まで国の境にもなっている、大きな山脈を」


「ペイル山脈でしょう?」


 先輩傭兵の問いには、オリアナさんが即座に答えた。


 正しかったようで、先輩傭兵は鷹揚に一つ頷いた。


「ああ、そうだ。俺の昔のパーティは、シュラブ等級の時に、ここからずっと西に進んだペイル山脈の麓に依頼で行ったことがある」


「……え? ペイル山脈の獣はこのあたりの獣よりも一回りも二回りも大きいから、ツリー等級からでしか依頼を受けられなかったはずじゃ……」


 オオカミでもかなりでかかったのに、あれよりも二回りでかいとか化け物だ。ゴブリンなんかよりよっぽど脅威だろ。


 誰ともなしに呟いたアルに、先輩傭兵はかすかに眉を寄せて頷いた。


「……そうだ。ツリーからしか受けられない。だが当時の俺たちは等級を上げることに躍起になり、無理を通して強引に依頼をもぎ取った。そして、麓でのキャンプ中に獣に襲われた」


 結果がわかっているだけに、誰もなにも言えなかった。


 先輩傭兵は続ける。


「突然で、一瞬だった。覚悟を決める時間もなかった。近くにあった武器だけを手に取って、近くの村まで必死で逃げた。六人いた仲間のうち、生き残ったのは俺を含めて三人だけだった。タグも、形見も、遺言もなにもない。仲間の家族にも、仕事中に死んだとしか言えなかった」


 その時のことを思い出しているのか、先輩傭兵はまぶたを固く閉じる。


 すぐに開かれた瞳には、どうにか若者たちを慰めてやりたいというような優しい色があった。


「……だから、まだお前たちは運がいいほうなんだ。仲間の遺志を抱えて進める。……無論、今は仲間の死に押し潰されそうになるだろうが、いずれ背負えるようになる。それまでは焦らずに、落ち着いて行動するんだ。焦ってはろくなことにならない。……もっとも」


「……ん? なんですか?」


 ずっとアルたちに向いていた先輩傭兵の視線が初めて俺に向いた。


「……俺が出しゃばるまでもないことだったようだがな。お前は……アキト、だったか」


 おおう、名前を知られている。どこで知ったんだ。


「そうですけど、どこかで会いましたか?」


「いや、昨日宿屋の酒場に俺の仲間がいたんだ。そいつらから、剣呑けんのんな雰囲気の男が傭兵になったと話を聞いていた」


「剣呑……まぁ、否定はできませんけど……」


 宿屋一階の酒場で飲んでた傭兵たちの中に仲間がいたのか。酒場では『危険感知シックスセンス』が反応していたし、そのベテラン傭兵たちが俺のことを警戒していたのかもしれない。


「少し心配していたが、よかった。お前は優しい男だ。……ああ、名乗るのが遅れてすまない。俺の名前はコーラッドだ。仲間には誤解だったと伝えておこう」


「それは助かりますね。どうやら俺は誤解されやすいようなので」


「ああ、任せてもらおう。俺はこれまで彼ら、アルフレッドたちと関わりはなかったが、それでも同じ組合の後輩だ。アキトもできればでいい、彼らを見守ってやってくれ」


「俺はアルたちよりも新米ですけど……もちろん」


「アキト。お前もなにかあったら俺に言ってくれ。お前も後輩であることに変わりはない」


 先輩傭兵──コーラッドさんのいわおのような顔が初めて緩んだ。


 なんだよ、めちゃくちゃ優しい先輩じゃん。傭兵なんて野卑やひな荒くれ者ばっかりだと思ってたのに。


「あははっ、ありがとうございます。困った時は相談させてください」


「ああ、歴だけは長いんだ。なんでも訊いてくれていい。とはいえ、お前はすぐに俺たちに並びそうだがな。……俺がいては話もしづらいだろう。急に割り込んで自分語りしてすまなかったな。これは詫びだ。好きに飲んでくれ」


 コーラッドさんは懐から硬貨を一枚取り出してテーブルに置き、去っていった。


 置かれていたのは銀貨。この酒場で五人が飲み食いするには十分すぎる額だ。おいおい、最後までかっこいいな。


「先輩からの激励だ。ありがたく受け取っておこう」


「……コーラッドさんのお気持ちはもちろんうれしいですが、しかし……」


「……うむ。俺も、そんな気分にはとても……」


「なぁ。アル、ウィリアムくん。エマちゃんも、オリアナさんも、イアンくんの話聞かせてくれよ」


「アキト様……それは、どういう……?」


「人を見送る時にはその人との楽しかった話をするんだよ。忘れるためじゃなくて、思い出を胸にしまって生きるために笑い話をするんだ。アルたちが悲しい顔してたらイアンくんも心配しちゃうだろうが」


「アキトさんの前いたところではそうだったのかしら?」


 オリアナさんに訊かれたけど、べつにこれは文化的なものではない。通夜の時にそういうことしてたら雰囲気が明るくなったことがあるってだけだ。


 でも、俺は言い切る。


「そう。死んだやつらの馬鹿話をして、飯食って酒飲んで笑って見送る。それがのこされた俺たちができる唯一の手向たむけだ」


 俺には気の利いた励ましも慰めもできないが、話を聞くくらいならできる。


「だから、イアンくんの話聞かせてくれよ。アルとウィリアムくんはとくに付き合い長いんだろ? 笑い話もいっぱいあるんじゃねぇの?」


「ふふっ、あはは……ぐすっ。ええ、もちろん!」


「はは……っ、一夜では語れぬほどにありますよ」


「エマちゃんは酒飲める? 飲めないなら果物のジュース持ってくるよ。オリアナさんには詫びのうまい酒出してやっからな」


「ぐすっ……飲めます! けど、アキト様が持ってきてくださるお飲み物も飲んでみたいです!」


「あら、うふふっ、期待していいのかしら?」


「おっけ! 持ってきてやる。期待していいぞ。じゃあみんなは注文しといてくれ」


 沈み切っていたみんなの表情が穏やかになってきた。


 俺も絶望のどん底にいた時にネットの友人の笑い話に救われた。やっぱり人間は、つらい時こそ笑顔が必要なんだ。

 

 うまい飯とうまい酒、あとは馬鹿話ができれば気持ちは上向く。


 せっかくだ。ストレージにしまったまま売る機会を逸した売却用アイテム、純米大吟醸飲み比べセットを振る舞ってやろう。

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