第19話『招鳥』
「エマっ!」
オオカミがエマちゃんの首に噛みつく前に、オリアナさんがエマちゃんを庇って腕を前に突き出した。
「オリアナさんっ!?」
「うっぐ……っ」
オオカミは大きな体に見合った
「後衛守れ! オオカミは俺が受ける!」
「はいっ!」
「了解!」
また増援がくることを警戒してアルとウィリアムくんを後衛の守備に回し、俺は離れた位置でアビリティ『
このアビリティは一定範囲内の敵のヘイトを強制的に俺に向けさせるというものだ。ADZの敵だと使った瞬間にヘッドショットで殺されかねないが、オオカミが相手ならこのアビリティは有効に機能する。
腕を噛みつかれて動けなかったオリアナさんに二頭目も向かっていたが、『デコイバード』を使った途端に
「さぁこい、犬っころ」
いかに獣人兵士といえど、動物を相手にする経験はない。地を駆ける動きは読みづらい。
それならいっそ、と飛び出してきたオオカミに左腕を差し出して噛みつかせる。
「アキトさん!?」
「アキト様っ?!」
「大丈夫! 心配すんな! 守り固めとけ!」
今日着てきているのはアラミド繊維製の防弾防刃ジャケットだ。オオカミの牙がどれだけ鋭かろうと、ジャケットを突き破って肉にまで食い込むことはない。
「……それでもそこそこ痛ぇな……」
牙が腕に刺さることがないだけで、それでも噛みつく力を弱くするわけではない。圧力は感じるし、オオカミが大きいせいで重さもある。
俺はスキルの『
「おら、犬っころ、お返しだ」
左腕に喰らいついたオオカミをそのまま持ち上げて胸の中央に一発、顎の下から脳天めがけてもう一発で仕留め切る。
左腕を払ってオオカミを振るい落とし、飛び込んできたもう一頭に合わせるようにバックステップして腰を捻ってオオカミの頭部に強烈な蹴りを打ち込んだ。
めきゃ、という感触が足先に伝わる。
致命傷レベルの一撃だったという自信はあるが、ぴくぴくしていたので念のために頭に一発銃弾を入れておいた。
増援を警戒するが、さすがにもういないようだった。
オリアナさんの様子を見に行くと、すでにエマちゃんによる治療がおこなわれていた。噛みつかれた腕を青色の光が覆っていた。
魔法による治療はこんな感じなんだな。魔力だかマナだかがあれば傷を癒せるなんて、とても利便性が高い。
「オリアナさん、庇ったのとてもよかった。エマちゃんを救ったのはオリアナさんの勇気だった。ありがとう」
「ふ、ふふっ……とっても痛かったけれど、このくらいなんてことないわ」
「ごめんなさい、オリアナさん……。わたしが……」
「いいのよ、エマ。無事でよかったわ」
申し訳なさそうに顔を伏せるエマちゃんに、オリアナさんは痛みで脂汗を滲ませながらも笑顔を向けて安心させていた。
「そうだよ、エマちゃん。オリアナさんが怪我をしたのもすべては前衛がオオカミを止められなかった責任だ。気にしなくていいよ。オリアナさん、ごめんな」
「いや……うん。悪かった、オリアナ……」
「う、うむ……すまなかった」
「許さないわ」
きっぱりと『許さない』と言い切られた俺たち前衛組はぴしりと固まったが、そんな俺たちにオリアナさんは頬を緩めた。
「帰ったらお酒の一つでもご馳走してもらおうかしら」
「は……はっは! おお、任せとけ。振る舞わせてもらうよ」
ストレージには装備や弾薬以外にも、飲食用のアイテムやワークで使うためのアイテムもある。ワークで使うアイテムはフリーマーケットで高く売れるのでストレージに保管しているのだ。その中に日本酒やワイン、ウィスキーなどのアイテムもあったはずだ。謝罪も兼ねて放出してしまおう。
「ふふっ、楽しみにしているわ。もうそろそろ腕も大丈夫かしら?」
「はい。
「ありがとう、エマ」
「オリアナさん。怪我治したばっかで言うのも悪いんだけど、すぐにでも動けそうか? 休憩するなら安全な牧場に戻ってからって思ってるんだが」
「お気遣い痛み入るわ。でも平気よ。結局ほとんど魔法も使ってないもの、疲れてないわ。牧場の方にオオカミ退治が終わったことを伝えたらそのまま町に帰りましょ」
「そうか。体調が悪くなったらすぐ言ってくれ。アル、オオカミの討伐証明ってどこ? これも耳でいいのか?」
「オオカミは尻尾になります。ただ、できれば持って帰りたいところなんですが……」
「持って帰るって尻尾じゃなくて、オオカミ丸ごとか?」
「はい。牙や毛皮、腱など使えるところがたくさんあって高く売れるんです」
「んー、それなら持って帰るか。……どう持って帰るかだな。牧場のほうで台車みたいなの借りれっかな?」
「荷車があると思うのでそれを借りましょう」
「そんじゃ俺ここに残ってるから四人で借りてきてくれ。エマちゃんとオリアナさんはそのまま牧場で待っててもらうか。帰り際に合流すりゃいいだろ」
「そうですね。そうしましょう」
「あら、助かるわね」
「い、いいんですか? わたしもお手伝いしたほうが……」
「いいのよ、エマ。私たちはゆっくりさせてもらいましょ」
そういう流れで四人を牧場に向かわせ、俺は森に残った。動くのが面倒だったとかの理由ではなく、森にオオカミの生き残りがいるかもしれないので確認のためだ。
オオカミと戦った場所から森をぐるりと見て回ったが、オオカミの群れはこれですべてだったようだ。
戻ってきた前衛組と一緒にオオカミの亡骸を荷車に積み込んで、町へと帰る。
さすがに大型犬よりも一回り大きいオオカミ七頭を運ぶのは大変だった。そもそも
だが労力に見合った値段で売れるようだ。ゴブリンの討伐報酬とは比べ物にならない。まぁ、ゴブリンは駆除することに報酬が発生していて、オオカミは素材として売却してるんだから差が出るのは当たり前ではある。
ちなみにすぐにお金を受け取ることはできない。オオカミの亡骸の状態によって査定が変わるからだ。傭兵組合に運び入れれば、あとは傭兵組合が違う組合との取り引きもやってくれるそうだ。実に助かるシステム。
時期や状態で査定が変わるとはいえ、だいたい平均して一頭につき小銀貨一枚くらいになるらしい。
なので今回だとオオカミの亡骸だけで小銀貨七枚の見込み。オオカミ討伐依頼の報酬より多くなった。そりゃあアルもオオカミの亡骸を持って帰ろうと提案するわけだ。
依頼もこなしたし臨時ボーナスも入ったし、気分よく酒でも飲みたいところだが、しかしやっておかなければいけない話もある。
傭兵組合の端の席を五人で陣取り、一杯目を注文して持ってきてもらったタイミングで話を切り出す。
「酒の席で言うのもあれなんだけど……新しくメンバーを一人、加えるべきだと思う」
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