第7話 渚

 ロボットたちはトレーラーを道路に止めると、離散して建物の中や路地裏へ入って行った。しばらくすると、ロボットはその肩に人を担いで出てきた。担がれた人々はみな、意識がなく、腕と足をだらりと垂らしていた。そして、ロボットは人々をトレーラーの中に乗せると、再び建物の中へと向かって行った。


 僕らは目の前での突然の出来事に立ち尽くすことしかできなかった。一体のロボットが僕らの元へ近づいてきて初めて、自分たちが危機的状況にあるかもしれないと気がついた。僕は身構え、真渚まなを庇うように前に出た。しかし、不思議とそのロボットに敵意は感じられなかった。

 ロボットが近づいてくるにつれて雨脚が弱まり、目の前に来たときには完全にやんで、日が差し込み始めた。


「彼らは永遠に向こうの世界で生きることになりました」


 ロボットは僕らの前に立つなりそう言った。ロボットはやはり間近で見ると大きく、二メートル弱はありそうだった。


「どういうこと?」


 真渚まなが僕の腕を押しのけ、前に出てきた。


「彼らは人であることを辞めたのです」


 僕と真渚まなは顔を見合わせた。真渚まなもロボットの言っている意味を測りかねているようだった。


「つい先ほど、彼らに問うたのです。肉体を捨て永遠の命を手にするか。再び宇宙の循環の中で生きるのか。彼らは前者を選びました」


 そう言うと、ロボットは立ち去ろうとした。


「あ、あの」


 僕が呼び止めるとロボットは振り返った。


「僕らは? 僕らはどうなるんです」


 僕は咄嗟に聞いた。これだけは聞いておきたかった。


「そうですね。旧約聖書をご存じで」


 僕はうなずき、横目で真渚まなもうなずいているのが見えた。


「ノアの箱舟。その名は偶然か、必然か」


 ロボットはそう言い残すと、他のロボットたちと共に去っていってしまった。僕は彼らの後ろ姿を黙って見守った。


「どういう、こと。私たちは生き残った?」

「たぶんね」


 僕はカメのことを思い出していた。かいと最後に会ったとき、そのカメは必死に砂をかいて陸地へ上がろうとしていた。あれはきっと僕らだったんだな。


 僕は真渚まなの手を取った。


「僕たちはきっと選ばれたんだ」


 空には大きな虹が架かっている。後ろの水たまりには反射した虹が揺れている。


「行こうか」

「うん」


 僕らは空に架かる虹へ向けて歩き出した。風に揺られ、消えては現れる、虹の映った渚を背にして。

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渚を背に 光星風条 @rinq

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