第15話 しょうがないでしょう
【!大特集!〝現代版王子様〟こと国宝級イケメン 深月由鶴さんの素顔に迫る!】
[ 大財閥の御曹司にして、いま話題の化粧品メーカー『CRANE』を立ち上げた起業家の深月さん。先日婚約を発表した話題の美青年の魅力に迫ります。]
〜特集②〜
ここからは株式会社『CRANE』の社長秘書を務める茅根さんにもお付き合いいただき、おふたりに独占インタビューしました。
ーーおふたりにとって、上司であり同級生でもある宇田社長はどのような存在ですか?
茅根)同級生が上司になるって変なかんじするかもしれませんが、宇田社長は学生時代から上司みたいな同級生でしたからねえ。
深月)わかる、俺も宇田が上司であることに違和感がまったくない。舐めてるけど。
茅根)やっぱり、宇田社長は凄いひとです。頭が良いとか見た目が良いのは深月くんも同じだけど、やっぱり上に立つのは宇田社長しかいないんですよね。
深月)本当にそう。頼りになるとか統率力があるとか、そういうありきたりな〝良い上司〟とは違います。宇田だから、凄いんです。
茅根)これ、宇田社長読んだらすごく喜ぶね。
深月)読ませないから大丈夫。
茅根)宇田社長は、常に前を歩いてくれる存在です。いつも鋭い感覚による的確な選択で、僕らを連れて行ってくれます。たまに〝普通の女の子の感覚〟があって、そこが彼女の人間味を深めているんです。
深月)僕にとっての宇田は、言葉では言い表すのが難しいです。誰よりも彼女について知っているつもりだけど、いまだに理解できない面もある。知りたいような、知りたくないような。
茅根)知らないこと、あるだろうねえ。ふたりは、ほんとうに仲良いなと思うけど。
深月)ふつうだよ。
茅根)いいえ。宇田社長は、副社長がいないと本当にダメなんです。おふたりでいると文字通り百人力ですが、離れて1人ずつになったら半人前ですよ。
———夜景の見える高級レストランと、うちでふたりで作る晩ごはん、どっちが良い?
宇田は即答して、「由鶴んち!高い肉買って食べよ!」と笑った。
俺はどうせ使わないだろうと思いつつも念のために入れておいたレストランの予約をこっそりキャンセルして、精肉店に向かった。
俺は宇田を後部座席に乗せて運転するのが、嫌いなわけじゃない。まあ、朝から起こされるときはタクシー使えよと思うけど、少なくとも夜はけっこう好きだ。
宇田の雑談をBGMにして、俺はわざと遠回りしてみたりする。彼女は気付いているのかいないのか、何も言ってこないから。
このまま攫ってどこか遠くへ逃げたりしても、なんの指摘もせずに、昨日みたテレビの話をするのかもしれない。
精肉店では、ステーキ用のすごい肉を買った。すごい分厚いし、ほんとに美味しそう。俺はあんまり食事に興味がないけど、この肉が良いやつだっていうのは分かる。
誕生日プレゼントの中には高そうな赤ワインも入っていたから、肉と合わせてそれを飲むことにした。ラッキー。
それから毎年恒例のアイスケーキをホールで買った。これから1週間くらい食べ続けることになる。うちの冷凍庫を占領する、ファンシーなやつめ。
初めての結婚記念日であると同時に、今日は宇田の29回目の誕生日だ。やっぱり俺にとっては、後者の方が存在が大きい。
「由鶴さん、今日の素敵なステーキは、わさび醤油でいきましょう!」
「それも良いけど、色々試そうよ。プレゼントの中にトリュフ塩あったし」
「あったね!塩の詰め合わせみたいなやつ!じゃあ、色んな味やろっか」
「いいね、楽しそう」
なんだか、くすぐったいけど、幸せな家庭を築いていける気がした。
それから、うちに帰ってきてステーキを食べた。宇田の話を適当に聞きながら食べるステーキは、なんだか本当に素敵な幸せの味がした。
ひとくちサイズに焼いてくれたから、それぞれ色んな味を試してみた。お肉自体がめちゃくちゃ美味いし楽しかったけど、けっきょく宇田の提案のわさび醤油がいちばん美味しいと思った。
俺はまた、宇田に従おうと決めたことが1つ増えた。
それから、アイスケーキも食べた。かわいい砂糖菓子のキャラクターがケーキ(というかアイス)の上に乗っていて、そいつはまだ食べずにとっておいてある。可愛くてもったいないからっていう理由もあるけど、いちばんの理由はあんまり美味しくないから。
アイスケーキは数種類のアイスがワンホールのケーキになっている。お気に入りのパチパチする味の部分ばっかり食べていたら、宇田に怒られた。それでお勧めされた苺のチーズケーキ味を試してみたら、美味しくてちょっとハマりそう。
「ねえねえ!」
そんなことを考えながら眠る支度をしていると、浮腫み取りマッサージを終えた宇田が駆け寄ってきた。長い髪から清潔な香りがふわっと流れてくる。
「ん?」
「今日は由鶴のベッドで寝てもいい?!」
「誕生日だから?」
「結婚記念日だから!」
基本的に俺は宇田を自分の寝室に入れない。上司を寝室に入れることに抵抗がないわけではないのと、こう、自分なりの線引きだ。
でも、これからは上司っていうより、奥さんになる。
思わず俺は笑ってしまった。
「いいよ、枕持っておいで」
さらりと長い彼女の髪を俺の指で梳いてみると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。俺よりもはるかに猫っぽい。
俺の許可を得た宇田は嬉しそうに頷いて、普段ソファベッドにクッションとして置いているふかふかの枕を取りに行った。これが普段の彼女の寝具だ。
あのね、こんなリビングに寝かせるなんて冷たいとか思うかもしれないけど、俺はソファをソファベッドに買い替えたし、枕にもなるクッションも買ってあげてるの。だいたい、ここは俺の家だからね。
俺の寝室は、想像通りに殺風景だ。宇田がいると、なんだか少しだけ華やぐ気がした。
両手を重ねて頭の下に挟んだ横向きの宇田と、肩肘をついた姿勢で向かい合わせになる。ダブルサイズのベッドは狭くないけど、ふたりだと広々っていうわけにはいかない。
「由鶴、もう寝る?」
「オマエの気が済むまで付き合うよ」
「じゃあ、お話してもいい?これからのこととか!」
ふたりで被った布団は、チェック柄のブランケットだ。まだウールを使ってるけど、そろそろタオル地に替えようかな。梅雨が明けたら夏仕様に模様替えしよう。カーペットも買い替えたい。
こうやってふたりで眠るなら、ひとりのときとは湿度や温度も変わってくる。
握った手の中にある小さな貴金属だけが、ひんやりと冷たい。
「ねえ、提案なんだけど、」
俺は肩肘をついているせいで少しだけ見下ろす位置から、宇田と目を合わせて言った。
宇田のリクエストによるアロマキャンドルの明かりだけが優しく灯されている。オレンジに染まったノーメイクな宇田の顔は、放課後の生徒会室を彷彿させる。
どんな思い出にも宇田がいる。嫌な記憶も、楽しかったあの時も。宇田がいないと、俺には何にも残らない。
「オマエ、明日ここに引っ越してきなよ」
そう言った俺に、宇田は嬉しそうに目を輝かせた。分かりやすくて可愛い。もしこれが、演技だったとしても可愛い。
そっと宇田の頭の下から手を抜き出して、握りしめていた冷たい金属の輪を薬指にはめた。静かで、あっさりとした儀式。
「改めて、今日からよろしくね、奥さん」
ゆっくりと仰向けになるように倒してキスをすると、彼女は従順に目を閉じた。
自然に俺が宇田に跨るような体制になって、もういちど深く口づけを落とす。丹念なスキンケアによる滑らかな肌と柔らかい唇は、29歳のくせに清廉さを感じる。
宇田は策略家で腹黒いと思うけど、純真さを失わない。
俺に教えられた通りのタイミングで呼吸をして、俺に教えられた通りに舌を動かす。それによってまんまと庇護欲と独占欲、それから優越感が煽られてしまった。
興奮してきたけどあまり熱を込めても良くないと思って、慌てて顔を離す。慌てているけど、ゆったりとした動作を心がける俺は、どうにも見栄っ張りだ。
俺の下で彼女は、心地好さそうに目を閉じたまま言った。
「わたしのキスは、由鶴のためにあるよ」
「、」
「この生涯で由鶴としかキスしたことないまま結婚しちゃったんだもん、もう由鶴のためと言っても過言ではないでしょ」
ああ、降参だ。
こんなどうしようもない女に、俺は敵うはずもない。
彼女の策略通りに絡めとられて、俺はもう身動きもできない状態だった。
「あんまり可愛いこと言うなよ」
くやしいのに多幸感が勝ってしまって、俺らしくもない生ぬるいことを言ってしまった。彼女も幸福な空気を吸って、くすくすと笑う。
「明日から毎晩ここで言うかもよ」
「そんなの、俺が溶けちゃうね」
「でも、溶けても好き」
「うん、俺も」
そして、また口付ける。
少し話してキスをして、少し話してキスをした。
子どもができたら、深月の実家の敷地に住もう。あそこは大人の手も余っているし、兄や姉の子供もいるからきっと楽しいよ。
ゆっくりとキスをする。それから、また話す。
とりあえず今はマンション買ってしまおうか。はやく子ども欲しい?うーん、どうだろ、仕事が楽しいから。きっと、由鶴に似た可愛い女の子だよ。でも、あんまり可愛いと心配だな。
これからも、宇田の隣は茨の道かもしれない。
お互いに傷つけあって、くるしくて、離れることもできない不器用さで抱きしめあう。
それでも、俺には宇田しかいない。
「わたしが由鶴を幸せにするよ」
上向きにカールした睫毛の下にある意志の強そうな瞳が俺を映す。
きちんと睫毛パーマをかけた睫毛は、彼女の精神みたいに力強く上を向いている。 ノーメイクの幼い顔に、そのギャップが彼女らしい。
うちの妻は、俺を幸せにしてくれるらしい。
すごいでしょう、こんな最高の奥さん、見たいことある?ないと思うな、だって〝最高〟だもん。最も高いって意味。
「俺は、宇田を大切にする」
少しだけ弱気になってしまって、俺は絶対に達成できることを口に出した。
だけど彼女はお気に召したみたいで、楽しそうに笑った。宇田は本当によく笑う。
「わたしのこと、大切にしてくれるの?」
「うん、約束する」
「神に誓って?」
「神様と仏様と———オマエに誓うよ」
そうして、俺たちは、そっとやさしいキスをした。
—————6月某日。
ジューンブライド。その日は、急成長を遂げる化粧品メーカー【CRANE】の女社長宇田凛子と副社長である深月由鶴の結婚発表が日本中の話題をさらった。
もとから関わりのあった宇田と深月が、より密接に結びつくことになる。これは、日本の経済、経営を大きく変化させるものになるだろう。
近年急成長して日本に名を轟かせた宇田グループと、数百年にも及ぶ歴史ある深月財閥。
宇田社長の誕生日パーティーで発表され、それは国内外のニュースで大きく取り扱われた。おそらく、経営者である宇田は【CRANE】の海外進出も視野に入れての発表だったのだろう。彼女の戦略は大成功である。
ふたりの結婚は女性からも沢山の注目を集めていた。実際に【CRANE】の商品の売り上げは大きく伸びていて、ふたりの会見によってブームが巻き起こっている。これも宇田社長の計算のうちだろう。
注目される理由は、若い女性の間で人気のある化粧品メーカーの社長副社長であるということだけではない。
有名な美形な幼馴染同士が結婚する。生まれたときから学校もずっと同じで、そのまま一緒に起業した若き成功者なんて、夢のような話である。
実際にこのふたりの結婚までの道のりはなかなか複雑であったかもしれないが、何事も卒なくこなすふたりにそんな様子は見えない。
もし、ただの幸福な結婚ではないと知られても、宇田凛子の話術によれば〝美談〟となるのだろう。
それに、深月由鶴のような冷徹な美青年が、たまに宇田凛子に対しては緩く微笑む結婚発表は、かなり美しいものだった。
彼の美貌は万人を魅了する。癖のない整った顔立ちとあまり変化しない表情は、一見面白みがない。しかし、彼特有の上品な色香と柔らかな物腰が加わると、人を惹きつけずにはいられない不思議な魅力へと変わる。
多くの質問を妻である宇田凛子のほうが答えていたものの、たまに深月由鶴に直接質問がぶつけられる。その際は丁寧に言葉を選んで答えている様子がまた美しかった。
次のページ以降は、宇田社長の誕生日パーティーで結婚を発表した様子の一部である。
「わたしたち、結婚しました」
にこにこと幸せ絶頂の笑みを浮かべる宇田と、何も言わず宇田に倣って左手を見せる深月。
ふたりの薬指には、キラキラと光るシルバーリングがはめられていた。
ファッションリーダーでもあるこの日の宇田の服装は、ロング丈の白いワンピースだった。花の刺繍が入っていて、どことなくウェディングドレスを彷彿させる。袖や襟元が特徴的なそれはよく似合っていて、彼女のセンスが光っていた。
『指輪は、深月さんの給料3ヶ月分ですか?』
記者のひとりが挙手して質問してゆく。宇田は笑みを崩さず、深月が無表情のまま口を開いた。
「どうでしょう?本人の前で贈り物の値段の話は、控えたいですね」
彼の給料の3ヶ月分より多くとも少なくとも、想像しやすくなる。そんな浅はかに収入を引き出そうとしていた記者を緩く交わした彼に、記者たちは少し姿勢を正した。
ああ、この無口な美青年は、一筋縄ではいかないらしい。
『深月財閥と宇田グループは今後どうなっていきますか?』
すっとマイクをとった宇田が、質問した記者のほうを向いて丁寧に答えていく。
「直接的に手を結んで新事業を展開していくそうです。確か、教育関係だったと思います。わたしたちは実家を手伝っていないので、あまり詳しくなくて申し訳ないです。
今後、うちの【CRANE】も関わることができたらいいなと思っております」
これまでは、宇田と深月との関わり方で差ができると困難であると考え、どちらとも直接仕事をすることはなかった。それに宇田は、軌道が乗るまではなるべく自力で頑張ると決めていた。
自分たちの計算通りに名を売り出した【CRANE】が、ようやく、大きな背中の親と並んで仕事ができるようになったのである。
『ところで、社名の【CRANE】の由来をお聞きしたいのですが、深月さんの名前の〝鶴〟からとったものでしょうか』
記者の質問に対して、マイクを握った宇田凛子はゆったりと微笑んだ。
「そうですね、わたしの好きなひとの名前を借りました」
宇田はこれまで、身内にも社名の由来を隠してきたそうだ。
深月由鶴(鶴は英語でCRANE)から持ってきたことは明白だが、なぜ由鶴なのか。「由鶴のことがいちばん好き」だとか、「これからこの会社を作り上げていくパートナー」だとか、そんな可愛らしい由来なんて、彼女らしくない。
宇田凛子はもっと、深みのある、ハングリーな人間だ。
「社名の由来は初めて話すのですが、端的に言うと、『好きなひとの前でも自信を持つための商品を作りたい』と思ったことです。
そもそもわたしは、女の子たちが好きなひとの隣に自信を持って並べるお手伝いをしたいと思い、化粧品会社を設立しました。
そこに、由鶴の名前を使うのは、わたしにとっては必然ですね」
社長の宇田凛子は相当な美人だが、正直なところ隣に立っている副社長の深月由鶴のほうが容姿のレベルは高い。
深月由鶴は芸能関係者も目を奪われる絶世の美形と言われているが、宇田凛子はそこまでではない。かなり探せば、たまに見つけられる程度の美女だ。
しかし宇田凛子には、彼女にしかない特別な魅力がある。話し方や微笑み方、計算されているようで無垢なような、その絶妙な仕草はきっと沢山の経験と努力から成るものだろう。
沢山の注目を集めるなか、宇田凛子は愛嬌のある笑みを浮かべながら話を進める。
「学生時代のわたしは、好きな男の子の隣に並ぶのが苦痛でした。
彼は何でもできる天才型で、家柄が良くて、謙虚で真っ直ぐで、何も言わなくてもみんなから好かれていて、誰よりも美しくて、みんなが魅了されていて。
わたしが欲しくて、努力して手に入れたものをすべて持っていたし、努力しても手に入らないものを生まれながらにして持っていました」
彼女の話を聞いて、記者だけでなく、会場の客全員が、脳内には学生時代の深月由鶴を思い浮かべた。
「勝手に比較しては落ち込んで、もしかしたらみんなも比較してるのかもと思ったらとても怖くて、隣にいるのが嫌になりそうでした」
他人から見たら、完璧すぎるふたり。容姿も家柄も学歴も申し分なく、〝天は二物を与えず〟なんて彼女たちの辞書には存在しない言葉だ。
だけど確かに、深月由鶴と仲良くするのは、プライドを捨てないと困難であるだろう。彼はあまりにも完璧すぎる。無口で無表情なところさえ、強い魅力にしてしまうような男だ。
「もういっそ嫌いになりたいと思っていました。彼と一緒にいなければ、こんなに自分を見失って苦しむこともないですからね。
だけど嫌いになれなくて、けっきょくずっと隣にいて、ふとしたタイミングで気付いたんです」
そうして彼女は、ひとつ呼吸をおいて口を開いた。
「ああ、わたし、由鶴のことが好きなのかもしれないって」
まず、彼女が探せばいるような美女だなんて言ったことを撤回しなければならない。宇田凛子がどこか他にいるなんてあり得ない。
そう思わせるような、洗練された極上な笑みを見せた宇田グループの令嬢に、会場の客全員が息を飲んだ。
「きっと、ずっと昔から好きでした。ていうか、そうじゃないと説明ができないくらいに、わたしは彼に執着していました。
でも、自分よりも美しい彼に好きだなんて、思春期のわたしには言えなかったんです」
深月由鶴は、良くも悪くも〝普通〟じゃない。
幼馴染の宇田凛子以外に興味はないし、そんな生き方をしていても誰からも咎められることもなく、周囲は高く評価する。
仕事だって、彼女が社長であるから好きなだけかもしれない。深月由鶴にとっての生きる意味とは、本当に宇田凛子そのものなのだ。
彼女の考えが正しいとかどうでもよくて、彼女が自分をどう思っているのかも気にしない。
まるで、ただ、自分の一歩前に彼女がいてくれるだけで良い。そしてたまに振り返ってくれるだけで、彼は生きているみたいに。
でも、宇田凛子は違う。
他人の目も気になるし、深月由鶴には好かれたい、自分だけを見ていてほしい。それはやや滑稽で、生々しい感情。深月由鶴のような冷たく美しい人間には持ち得ないものだ。
宇田凛子は、抜群のカリスマ性と豊かな感性のおかげで天才のように見えるが、実際は〝普通〟な感覚の持ち主なのかもしれない。
「わたしのように、たくさんの恋する女の子に、好きな男の子の隣に自信を持って立ってもらうためのお手伝いができるような商品を作るという思いから、
頭の先から爪先まで美しい幼馴染の名前を借りたのが社名の由来です」
そう言って柔らかく微笑む彼女に、その場にいた全員が魅了された。
いくつもの賞を受賞したバレリーナだった彼女は、小柄だがすらりと手足が長く伸びている。小さな顔に大きなアーモンドアイと薄い唇は、子鹿を連想させる顔立ちである。
たしかに美女であるが、はっと誰しもの目を惹く美貌は間違いなく深月由鶴のほうだ。
彼女の魅力は、一瞬では伝わらない。それなのに、彼女の声を聞いただけで、誰もが虜になってしまう。
「だから、大した由来ではないんです。
でも、これを声に出すのに長い時間がかかりましたね」
宇田凛子が他の女の子たちよりも強く輝いて見えるのは、彼女の心のなかには永遠に恋をするひとりの女の子がいるからだ。
「これから、社名を呼びにくくなりますね」
マイクを受け取った深月由鶴は、呆れたように肩をすくめてそれだけ言った。
そして、それを受けた宇田凛子はくすくすと楽しそうに笑う。それはまるで彼の少ない口数から、他の誰にも分からない感情の全てを汲み取っているかのようだ。
緩く微笑み合うふたりは、誰がどう見ても、運命の相手だった。
少しずつ広げてきたふたりきりの世界は、
きっと汚れのない
澄み切った空気だけが流れているに違いない。
最後にひとつ、この美しい光景に。
───末永く、お幸せに。
振り返って、接吻 高野麦 @takanomugi
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