第14話 夢で逢えたって、


【!大特集!〝現代版王子様〟こと国宝級イケメン 深月由鶴さんの素顔に迫る!】



[ 大財閥の御曹司にして、いま話題の化粧品メーカー『CRANE』を立ち上げた起業家の深月さん。先日婚約を発表した話題の美青年の魅力に迫ります。]




〜特集②〜

ここからは株式会社『CRANE』の社長秘書を務める茅根さんにもお付き合いいただき、おふたりに独占インタビューしました。



———深月さんと茅根さんは幼い頃からの付き合いだとお聞きしました。つまり、宇田社長と3人とも幼馴染ということでしょうか。



茅根)いちおう、社長と副社長の由鶴くんが幼馴染です。幼稚舎から大学までエスカレーター式だったので僕も幼馴染と言っても差し支えないのですが、ふたりは文字通り生まれたときからの付き合いですから。


学生時代は生徒会として僕ら3人とも活動していて、特に由鶴くんとはけっこう仲の良い同級生でした。宇田社長は当時も成績優秀で品行方正な生徒会長でしたね。


深月)でも、けっこう仲の良い同級生であったおかげで、いちおう部下であるはずの茅根は僕のことを舐めきっています。


茅根)えー、そんなことないのに。でも、どうしても学校の友だちってかんじは抜けないし、抜く気もないですね。


深月)そんな茅根だから、宇田とふたりでこの会社を立ち上げるとき、絶対に彼が必要だと意見が一致しました。


茅根)ほんとに?家を継がなそうな知り合いが俺だけだったんじゃなくて?


深月)でもオマエ、俺らに誘われなかったら無職だっただろ。


茅根)確かに、やりたいこともなかったしね。そう考えると、あのとき、ふたりに誘われたのが人生のターニングポイントだったのかもしれません。





▶︎つづく!








宇田は、たぶん宇宙人だ。



こんなに長いこと同じような時間を過ごしているのに、俺はいまだに彼女について知らないことや理解できないことがある。たくさん、ある。



だから、もし、俺が物理学者になったら、宇田の研究をするだろう。


彼女の生活習慣から法則性を見つけ出して、過去の事例から今後の行動パターンを数字から読み解いたりしてみる。顕微鏡か何かで彼女の身体の中を見たり、解剖したりするのもいいかも。


でも、俺は物理学者ではなく、化粧品会社の副社長だから、そんなことできないし、やっている場合でもない。化粧品は理系な研究者のおかげで作られるけど、ご存知の通り俺は経営者だ。それに、どちらかといえば文系だし。意外でしょ。



結局、何が言いたいのかというと。



「俺って、宇田についてよく知らないことばっかり」



それがちょっとだけ、さみしい。俺って仕事と宇田を除いたら中身が空っぽの底が浅い人間だから、宇田みたいに奥が深い人間のことは理解するのが難しい。


俺は感情表現が下手とか以前に、感情の起伏が緩やかだ。宇田に出会ってなければ、感情のないアンドロイドみたいな人間だった可能性もある。



そんな俺に、目の前でコーヒーを飲む宇田は言う。



「わたしにとって、世界でイチバンの理解者がそれを言う?」


全感情を幼馴染に握られた俺は、こんなひとことですぐに幸せになる。簡単な男だと我ながら呆れるけど。



「茅根よりも?」


「茅根もよく理解してくれてるけど、由鶴とはまた別だよ」


「別なの?」


「そう、特別だよ、夫婦だもん」


「、だね」


「いま、ちょっと照れたでしょー」



なんとも言えない多幸感に包まれて、大事な何かがふわふわと霞んでいくようだ。



公的な宇田は完全に見えているのに、私的な宇田についてはもやがかかって、よく見えない。だから、凡人の俺は不安になる。いつか、俺の前から宇田が消えてしまうんじゃないかって。月かどこかに帰っちゃうかも。



そんな考えを見透かすように、彼女は俺の今いちばんの疑問に触れた。




「わたしが政略結婚にこだわる理由は、離婚するのが難しいからだよ」




政略結婚。


たしかに、政略結婚での離縁は、親たちまで関わってくるからかなり難しい。親が関わるというのはつまり、宇田グループや深月財閥に関わる人すべてに影響するということだ。


だから、離婚率はめちゃくちゃ低くなると思うし、それはけっこう嬉しい事実。だけど。



「どうして、俺ら離婚する可能性があるの?」



そもそも、俺は宇田と結婚できるのは、まあ、嬉しい。色々言ってるけど、正直、念願悲願のアレだ。


ずっと前から宇田が俺と結婚したがっていたとか自惚れるつもりはないけど、結婚するからには俺と骨を埋める覚悟だと思っていた。



そんな、子供みたいに拗ねてばっかりの俺に、宇田はちょっと大人びた感じで俺を見た。ほら、このひと、今日をもってして俺よりも年上になったから。



「わたしは、由鶴の恋愛、っていうか人生そのものを縛り付けてる自覚があるもん」


「なにそれ」


「由鶴はわたしのせいで人生を狂わされてるでしょ」


「そんなこと、」


「あるよ」




否定する俺を遮って、宇田は困ったように笑った。


その顔されるとなにも言えなくなるから、ずるい。だって、分かってやってるだろ。



「由鶴は、わたしに嫌われたくないってだけで、無意識に我慢する癖がついてる」



宇田は相手の目を見て話すひとだ。その話し方は、なんだか諭されるようで、俺はまんまと誘導されてしまいそうになる。


でも、慌てて振り切った。


俺だってもういい大人。中学生の頃とは違う。



「ちがうよ、我慢なんかしてないし、俺が我慢してたらオマエはもっと自由になってる」


「由鶴がわたしを縛り付けてるってこと?」


「そうだよ、オマエの幸せへの重荷になってると思う」



全方位無敵の宇田は、実家が大きくて、容姿の評価が高くて、勉強が得意な俺がいなかったらもっと幸せだった。品行方正な恋人なんかもできただろうし、なんでも話せる親友なんかもできたに違いない。



少なくとも、俺が宇田から奪ってきたものは、俺や彼女が思っている以上に沢山あること確かだ。



「いま由鶴が考えていることと全く同じように、わたしもめちゃくちゃ考えたし、ほんとに悩んだよ」



いつも先回りして前を進む宇田。男よりも女の子のほうが成熟が早いというのは、こういうことだろうか。



俺の考えることなんて、とっくの昔に宇田が悩み抜いて解決したことばかりだ。


ふと気付いたら、隣の席に座って仲良くやっていたカップルが、パソコンと向き合うOLに変わっていた。時間の経過。



宇田は隣の席なんて気にせず、真っ直ぐに俺を見る。




「わたしがいなければ、もっと親しい人も増えて、世界も広くなったと思う」


「そうだとしても、宇田のいない広い世界で何があるの」


「そもそも、由鶴はわたしの下にいるにはもったいないよ」


「それは俺が好きで、」


「好きでやってることだとしても明らかにおかしいよ、由鶴ほどの人がわたしを支える役に徹してるのは」




いつになく強い口調で俺を遮った宇田に、俺は何も言えなくなった。


相談して欲しかった。どんな悩みでも、聞きたい。少しでも役に立ちたい。だってきっと、これは茅根に相談したやつだ。



あの、宇田が政略結婚を決めた夜のことを俺は忘れないだろう。



「わたしたちは一緒にいるべきじゃないのかもしれないとか、どうしようもないくらい悩んだけど、」


「でも、そんなの、」


「そう、そんなの無理なんだよね」




不安になって口を挟む俺を、宇田は包み込むように微笑んで安心させた。


俺らはこれまでの人生で様々なことを学んできたはずなのに、いまだにふたりが離れて生きる術を知らない。



それに、できることなら、知りたくもない。




「だからね、わたしの隣の由鶴が少しでも自由に行動できる関係を探したの」


「それが、政略結婚、なの?」




冷静でミステリアスな副社長はどこにもいない。宇田の前での俺は、どうしようもなく、ただの成人男子だ。なんなら少年から成長してないかもしれない。


だって、オマエがいてくれるだけでいいんだ。俺は自由なんて要らないから、オマエが安心するなら首輪で繋がれたって嫌じゃない。



本音を言うなら、そう。だけど、そう思うこと自体が宇田への依存に繋がっていることは分かってる。



だから俺は、声に出すことはしなかった。




「正直いうと、苦しいの」



かわりに、ぽつんと小さく言った宇田に、「うん?」と聞き返してしまう。




「みんなが、わたしよりもゆづのほうが優れてることに気付いてる」


「そんなわけないだろ、オマエの方がずっと、」


「そう思ってるのは由鶴だけだよ!」



珍しく強い口調の宇田に、俺は「ごめん、」と謝った。宇田もすぐに「いや、ごめん、わたしが悪いね」と返した。これが噂に聞くマリッジブルーなのかな。



「仮にまわりがそう思ってたって別にいいだろ、うちの社員はオマエに憧れているし、俺や茅根もオマエを尊敬してるんだから」



俺はあまり周囲の意見を重視していないから、そういう彼女の気持ちは分かんない。俺は宇田の意見次第だけど、宇田は違うんだなーとか思っちゃう。



「そういうところ、ムカつく」



宇田はちょっとだけ上目遣いにこちらを睨んで、唇を尖らせた。ふざけたポーズをとってるけど、わりとマジでキレそうになってるのを察して、やばい、地雷踏んだなと思った。



「そりゃあ、わたしみたいな凡人は、まわりの意見も気になるよ」



俺は宇田が凡人だなんて思ったことがない。


うちの商品のパッケージは宇田がデザインしている。それくらい彼女には美的センスがあるし、当然ながら経営者としてのセンスも抜群だ。料理もコミュニケーションも、あらゆる方面にセンスがある。

そして、そこには〝普通の女の子としての感覚〟が同居している。これがうちの商品の売れ行きに直結している、彼女の絶妙にアンバランスな感性だ。


宇田はいつもアンバランス。意外と情緒は不安定だし。



「みんながみんな、由鶴みたいに求めなくても高い評価を受けるわけじゃないんだから」



そんなの、違う。俺は、目に見えて評価しやすいものが得意なだけだ。面白みのある人間性とか共感を得られる感覚とかは持っていない。


だけど宇田の弱いポイントを突くのは、いつだって俺だ。宇田は、俺が隣にいる限り、〝普通の女の子としての感覚〟を捨てられることはないだろう。



「俺がオマエをサポートしているんじゃない、オマエが前から、後ろを歩く俺を支えてくれているんだよ」



みんな、どうしてこんな簡単なことに気付かないんだ。そう思うけど、俺だけが知っていれば良いなとも思う。



恋愛は楽しいことばかりじゃなくて、苦しいこともあると言う。たしかに、そうかもしれない。だって、こんなにくるしい。


宇田と過ごす時間は、いつだつて負の感情と隣り合わせだ。


だけど宇田から与えられるものならば、俺にとってはそれさえも甘美なのだから、どうしようもない。



宇田は汗をかいたアイスコーヒーのグラスを指で拭いながら、さっきとは違う軽い雰囲気で口を開いた。


「ほんとは、謝りたいこともいっぱいある」



宇田のカリスマ性は、こういうときにも発揮されるみたいだ。


彼女が瞬きをひとつするだけで、空気がきらりと光った。その瞬間に俺たちは、なんでもない世間話をする〝ただの男女〟になる。



「あるとしても謝らなくていいよ」


「なんで?」


「べつに謝ってほしいことなんて無いし、それなら罪の意識を持って俺から離れないでほしい」



あんまり重たい言葉を選ばないようにしたけど、失敗かもしれない。彼女はきょとんとして、その後に笑った。



「政略結婚したら、深月財閥の由鶴のほうが立ち場が上にならざるを得ないよ」


「オマエは立ち場にこだわりすぎ」


「そうかな?でも、政略結婚なら、わたしのほうから離婚を切り出すのは、由鶴が相当な悪事を働かない限り難しいだろうね」



そう言って宇田は、にやりと悪戯っ子みたいに笑った。こう見ると、こいつも猫顔だなと思う。



ぜんぶを考慮したうえで宇田は、俺との政略結婚を選んだ。


俺のほうが立ち場が上にさせるためには、実家を使うしかなかった。スペックがどうと言うよりも、今は、彼女が社長で俺が副社長だから。


これで、政略結婚なら、俺にあらゆる選択肢があるように見える。


でも、実際は俺の選択は宇田次第だ。だって、俺は宇田から離れるなんて絶対に考えないだろうから、けっきょく俺らは。



俺は、「それさあ、」と少しだけ気怠げな色を乗せた声で言った。



「一生、俺のそばにいる覚悟で言ってる?」




すると嬉しそうに笑った幼馴染は、妻の顔をして幸せそうに笑った。



「わたし、由鶴のことほんとうに好き」


「ふうん?」


「もしゆづが仕事できなくても、綺麗な見た目じゃなくても、お金がなくても、なんでもいい、わたしと出会ってくれるだけでいいの」


「うん」


「わたしと出会ってくれたら、由鶴にとっての最低限の生活と最高の幸せを約束する」


「最低限の生活に何が必要か知ってるの?」


「うん、知ってる」




幸いなことに俺らは、最低限の生活とは無縁だ。豪遊してるつもりはないけど、値段を見て物を選ぶこともない。だけど宇田は、最低限の生活に必要なものを知っているらしい。




「だから、わたしを信じてついてきてほしい」




他のお客さんを考慮してあまり大きくないものの、凛としたよく通る声で、宇田は言った。


宇田はいつだって先頭を歩く人間だ。鋭い感覚と回転が速い頭で的確な選択をする。



それから、たまに俺のほうを振り返って、安心したように笑う。


そういう宇田が、いちばん好きだ。

そもそも俺が心底惚れてしまったのは、引っ込み思案だった俺の手を引いて、前を歩いてくれた幼い宇田だ。




「ぜんぶ信じてるよ、俺の奥さん」




仕事で使うような緩い笑みを浮かべて言葉を吐くと、彼女は楽しそうにけらけらと笑った。俺もつられて、口元を押さえて小さく笑った。



いろいろ思うことはある。それでも、宇田といるとやっぱり楽しくて、宇田がいないと楽しくない。結局その単純なことが全ての答えなのかもしれない、と思った。




「ところで、俺の最低限の生活に必要なものってなに?」


「着る服、食べるもの、住む場所、それと、」


「それと?」


「ふふ、わたしでしょ?」



まあ、その通りかも。俺は無言で目を細めた。


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