君が読む、それを。

豆ははこ

君が読む、それを。

「委員長、ちょっといい?」


 うちのクラスの図書委員のもう一人に声を掛けられた。


 もう、何を言うのかは分かってる。


新聞架しんぶんかの当番でしょ? いいよ、カウンター当番は代わってよね」


「もちろん! さすがは委員長、頼りになる!」


 頼みごとが終わったら、あっという間にいなくなった。


 委員長でも何でもない、ひらの図書委員なのは一緒なのに。


 何故か、委員長。


 小学校高学年の頃からの渾名は、高校に入っても、変わらない。


 国語なら一応上位だけど、そんなに真面目な雰囲気なのかな。


「……なあ」


 廊下のかなり遠くから声を掛けられて、驚いた。


 ……あ。


 同じクラスの。背の高い男子。


『割とイケメンだけど、話しかけづらい』

『無口。何かずっと、本読んでる。あと、背が高いな』


 拒絶されたりしてる訳じゃないけど、交友関係が広くないのは自覚している。


 それなのに、渾名あだなは何故か、委員長。


 そんな人間自分にも、噂が聞こえてくる人。噂のとおりだ。本当に、背が高い。


「あのさ」

 どうしよう、無口な人のはずだけど。

 ……何か、言われるのかな。


「無理やり仕事、押し付けられたか?」


 彼はもう、すぐそばにいた。


 そして、目線を合わせて、聞いてくれた。


 ……あ、あれ。


 もしかして。


 心配、してくれた?


「大丈夫。苦手……っていうか、あんまり好きじゃないカウンターの仕事、変わってもらえるから、むしろ、ありがたくて」


 これは、嘘じゃない。


 新聞架の仕事は、図書室の朝刊を夕刊と取りかえるだけ。

 イメージとしては、新着雑誌の棚の隣。新聞が何紙もクリップで留められていて……のあれだ。

 クリップを外して、新聞を入れ替えて。普通に作業をしたら、それだけのこと。


 単純作業だからかえって面倒くさいと不人気なだけで。


 人見知り、とか自分で言うのはどうかと思うけど、やや、それに近いかもしれないから。

 そんな人間には、正直、ありがたいくらい。


 ただ、一応、にしておかないと。

 さすがに、他の学年の図書委員とは交代したくはないから。


「……なら、いいや」


 すぐそばにいたはずなのに、彼はもう、離れている。


 ふと見ると。


 あれ、廊下に文庫本。


 あ、そうか。噂。

 彼、ずっと本を読んでるって。


『なんとなく魔術師』。


 ……この本!


 児童書として出版されたけれど、登場人物や背景描写が素晴らしくて、文庫本で改稿版が出版された、名作!


 読んだ! 児童書版も文庫版も! もちろん、全部持ってる!


 彼のあっという間は、割と遠くて。


 速足にしないと、追いつけなかった。


「……待って、本! 落とした……よ」


「あ、ありがとう。〇〇」


 ……。


 委員長、じゃなくて。名字を、ちゃんと。


 君は、呼んでくれた。


 もちろん、他意なんて、ないに決まってる。


 だけど。


 彼が読む本を、もっと、知りたい。

 そう、思った。


 次の日。朝、教室で彼が読む本は違う本になっていた。


 その次の日も、違っていて。


 そして、そのまた次の日に。


「毎日、朝、本を読んでるよね。もしよかったら、図書委員の当番作業に付き合ってくれないかな」


 ……声を、掛けた。


 おかしく、ないかな。

 何で、って言われるかも。


 それでも。言いたかった。


「まあ、いいよ。手伝わなくていいならだけどな」


 手伝いなんて、いらない。当たり前だよ。


 彼は、ぶっきらぼうだけど、ちゃんと聞いて、答えてくれた。


「もちろんだよ、ありがとう!」

 そう、ありがとう。


 名前を呼んでくれたお礼は、言えなかったけれど。


「じゃあ、明日また、朝、図書室で」

「ああ」


 明日は、自分の担当日じゃないけれど。


 こんなにも、楽しみなのは。


 君が読む、本の題名。


 それを、近くで、見る。


 ……見られる。


 それだけで、嬉しいから……かな?


 













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