天色に白鉤括弧の紋章

碧月 葉

ぼくらの紋章

 母と喧嘩した。

 最近は口を開けば「勉強しろしろ」そればかり。


 —— やってるっての。


 普段ならそう思っても、無難に返事をして休憩時間を終えていた。

 けれど今日は違った。母が放った一言は僕の逆鱗とも言うべき場所をザラリと撫でたんだ。

 

「もう……スマホばっかりいじって……下らない・・・・サイト見て遊んでないで、ちゃんと勉強しなさい!」

 

 カチンと来た。

 『カクヨム』が下らないだと⁈


「煩いな。下らないサイトなんて見てねーし。母さんと一緒にすんなよ」


 僕は立ち上がって睨んだ。

 いつもコソコソとイケメンがチヤホヤしてくるソシャゲをしているの、僕は知っているからな。

 

「悠太は受験生の自覚がなさすぎよ。そんなにのんびりしていたら志望校に行けないわ」


「はぁ? じゃあ聞くけどさ、焦ったりピリピリしたりすると受かるわけ?」


「そんな事言って無いでしょ。ちゃんと勉強しなさいってそれだけよ」


「僕は僕のペースでやってる。目標もちゃんとある。何も知らないくせに……勝手に決めつけて口出さないで」


 母を見下ろす。


「私は悠太を心配して……」


「頼んでねーよ」


「…………」


 それから口をきいていない。

 僕は夕食も食べずに部屋に籠った。


 ぐぐ〜っとお腹が情けない音を出した。

 カバンや机を漁ったけれど、今日に限ってミント味のガムしか入っていなかった。


 僕はため息を吐くと、スマホの画面に表示された天色に白鉤括弧のアイコンをそっと撫でた。

 これは、僕がアマチュア作家である「しるし」、紋章のようなものだ。


 どうしてあんなに強く言ってしまったのだろう。

 『カクヨム』を馬鹿にされたから?

 それだけじゃない。

 僕自身の不安と合致したからだ。


 僕は「小説家」になりたい。


 物心ついた頃から、物語が大好きだった。

 幼稚園を卒園する頃には図書館の絵本コーナーを読み尽くした。

 小学生になると厚い本、字だけの本も読めるようになり、僕の読書世界は広がった。

 大好きはやがて僕自身の夢となった。

 僕も書きたいと。


 中学生になって小説投稿サイト『カクヨム』を使うようになった。

 書く楽しさ、読んでもらえる喜びを知ると同時に、小説家までの道のりの厳しさも知った。

 学生でも上手い人は沢山いて、大人なんか、プロじゃない事が信じられないほどの猛者も少なくない。

 同時に、擦り切れていく人を幾人も見た。

 だから、輝く夢を追いかけ続け、年月を只々重ねて、若くなくなった僕が、取り返せない「時」を嘆く日が来たらどうしよう。

 ひょっとして、ムダなことに時間を使ってしまっているんじゃ……そんな風に思う時もある。


 でも、止められない。

 ブランク中に下手になりたくないというのもあるけれど、やっぱり単純に物語を書くのが好きだから。


 そうなると、僕が『カクヨム』をやっている時間は、「夢のため」を言い訳に好き勝手にネットで遊んでいるだけなのか……。

 

 ひときわ大きな音でお腹が鳴った。


 マズい……腹が減ったのもあってマイナス思考に陥ってる。

 こっそり食べ物を取りに行こうか迷っているとノック音がした。

 

「入るぞ」

 

 一言そう言ってから、会社の作業着姿のままの父が入ってきた。 

 その手にはおにぎりと味噌汁を乗せた小さなお盆がある。

 

「ただいま。聞いたよ、珍しいな、喧嘩なんて」


 父がお盆を学習机の隅に置くと、ふわっと味噌の香りがたちのぼった。


「ありがと」


「あったかいうちに食え」


 僕は味噌汁を啜った。お腹がじんわり温まり力が出た。


「……父さん、僕さ、小説家になれるかな?」


 父は一瞬眉間に皺を寄せた。

 

「開かないままに枯れるつぼみもある。……けれど、悠太が努力した事、懸命にやった事は全部、明日への糧になるよ」


「何それ? 答えになってない」


「ははっ、そうか? …… そうだな、俺だけ気づいているのもフェアじゃ無いから、ひとつ秘密を明かそうか」


 父はポケットからスマホを取り出すと、画面を開いた。

 そこには、見慣れたアイコンがあった。

 天色に白鉤括弧の『カクヨム』のアイコンが。

 

「えっ!」


「前にお前のスマホのアイコンを見てピンと来た。実は俺書いてる」


「に、似合わね〜」


「悪かったな。言っておくが、俺は割と古参のユーザーだぞ」


「マジで? ちなみにジャンルはどの辺?」


「現代ドラマと……詩だ」


「詩⁈ ますます似合わねぇ……」


「そう言うな、固定ファンもいるんだからな。悠太は、現代ファンタジーあたりか?」


「当たり。あとSFもたまに書くよ」


「成る程。小さい頃からちょっと不思議な話とかが、特に好きだったものな。ちなみにペンネームを教えて……」


「ぜってぇ教えねぇ……でも、僕は次の夏には『カクヨム甲子園』に参加する。入選したら、その時は教えるよ」


「それは楽しみだ」


「だから、父さん、僕は志望校に合格するよ。勉強だってちゃんとやる。書くのも止める気はない」


「ああ、分かった。物語が好きだという才能は何をするにもきっと力になるはずだ。ベストを尽くせ、応援してるよ。でも、しっかり飯を食って、睡眠時間もちゃんと確保するんだぞ」


「了解。父さんも書くの頑張って。あ、今回のカクコンに何か出してんの?」


「まあな。俺も入選したらペンネーム教えてやるよ」


「僕は別に知りたくは……」


「おいっ」

 

 僕と父さんは声を立てて笑った。



◇◇◇



 僕は食器を持って下階に降りた。

 母はテレビで音楽番組を流しながら、必死にスマホを操作している。

 ニヤついている……イケメンキャラを落としでもしたか? 全く、うちで一番スマホ見てんの母さんだと思うんだけどな……。


「母さん、ご飯ありがとう。さっきはごめん……でもホント心配しないでよ、僕には目標があるから、ちゃんとやる」


 通りすがり、和解の言葉をかけると、母の目には安堵の色が浮かんだ。


「母さんこそ、ごめんね。悠太の言うとおり、私がピリついてもしょうがなかったわ。確かに息抜きも必要、メリハリつけて頑張ってね」


 僕が頷いた時、インターホンが鳴り、母は慌てて席を立った。

 リビングテーブルに置かれた母のスマホの画面が動いた。

 何気なく目に入ったそれが見覚えのあるもので僕はハッとした。


 アレって『カクヨム』のポップアップ通知だよな?

 思わず覗き込むと……。


【順位が上昇 僧侶と聖女が上手くいくフラグの立て方を教えて  13位→8位  異世界ファンタジー/週間】


 って…………母さん⁈


 天色の紋章を持つ仲間は意外と身近にいるみたいだ。

 それぞれの夢を追ったり叶えたりしながら。



                                      END



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天色に白鉤括弧の紋章 碧月 葉 @momobeko

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