最終話 三日見ぬ間の桜かな★

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023214095925076


「な~~~~~んなのですか、この有様は!」


 玄関のドアを開けて、靴脱ぎに一歩足を踏み入れた瞬間、聖女は叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。

 

盗賊シーフ ですか? 盗賊の一団に押し入られたのですか? いーえ、違いますね! これは断じて違うと、原因は他にあると言わざるを得ません!」


 聖女は両手に提げていたを上がり口に落とすと、文字どおり足の踏み場もない我が家マイホームに突撃した。


「あなたという人は、わずか一〇日あまりの間に、いったい何をしたのですか!」


 聖女はゴミだの衣類だの本だのゴミだの酒の空き瓶だの酒の空き瓶だの酒の空き瓶だのが散乱するリビングの中央で、ゴミだの衣類だの本だのゴミだの酒の空き瓶だの酒の空き瓶だの酒の空き瓶だのに埋もれている、自身の良人おっとを問い詰めた。


“……………………あ?”


 といった顔で、分厚い専門書から顔を上げる良人・亭主・旦那。

 顔は無精髭に覆われていて、本と反対の手には空のタンブラーが曇っている。


「あなたという人は、わたしたちの “愛の巣” を維持・運営・発展させる気が全く、全然、これっぱかしも、その髪の毛の先のフケほどもないのですか!」


 ただいま! も お帰り! もないまま、詰問する妻。される亭主。


「ないのですね? ないのでしょう! ないと言わざるを得ません!」


 そして怒濤の駄目出しのあと天と天井を仰ぎ、


嗚呼、女神さまオーマイ、ゴッデス! 迷えるこの人をどうかお導きください!」


 と聖印を切った。

 そんな親友に同情しつつ、共に羽田から戻ってきた女盗賊は顰めっ面の鼻を摘み、カーテンを開け、部屋中の窓という窓を解放。アルコールと生ゴミとのないまぜになった空気を退散ターンさせる。


 築四〇年。

 最寄り駅から徒歩三〇分。

 バス停からも一五分。

 中古マンション “アイノス” の301号室。


 築年数、立地条件その他お世辞にも優良物件とは言いがたいが、聖女が大いに気に入り即決で購入を決意した新居に、彼女が日本を発って以来の新鮮な風が流れ込み、饐え澱んだ空気を霧散させた。

 

「この部屋はわたしとあなたの “愛の巣” なんですよ、“愛の巣” ! そして “愛の巣” というものは、夫婦どちらかだけの努力では維持できないのです! そこのところがわかっていますか? わかっていませんよね? わかっているはずがないのです!」


“……俺は別に……おまえに言われたとおり……酒飲んで寝てただけ……”


 亭主も、もごもご、ごにょごにょ、言い訳めいたことを口にしてはいるが、勢いと熱意とテンションと迫力と憤怒と切実さで負けているので、まるで抗弁にならない。


“……それに人前で…… “愛の巣” “愛の巣” 連呼すんなよ……恥ずかしいじゃねえか”


 これには女盗賊も同意。


「なにが恥ずかしいですか! それ大事でしょーーー! 一番大事でしょーーー!」


 女盗賊は慈悲深く友情深く用心深く、『人間には各人譲れないこだわりがある』と思うことにした。

 聖女にとっては “愛の巣” という言葉が、それなのだろう。

 理由はまるで想像つかず、想像したくもなかったが……。


 事件解決後には、聖女と女盗賊はゆっくりと北米大陸を回る予定だった。

 行きのチャーター機の中で、そういう話になっていた。

 しかしいざ出かけてみると、迷宮ではあれほどまでにハレルヤ・ハリケーンだった聖女が、それこそ一秒毎に生気を失ってしまった。

 水をもらえない花のようにしおれて、元気を無くしてしまった。

 、重度のホームシックに罹ってしまったらしい。

 女盗賊は初めて海外旅行に後ろ髪が引かれる思いはあったものの、悄げてしまった親友の顔には見捨てておけない重量感があり、苦笑して帰国を提案した。

 聖女は “神癒ゴッド・ヒール” を施されたように、一瞬で甦った。


 レ・ミリアとタスクはリーンガミル政府に招聘されて、彼の国の援助を受けつつ、まだしばらく残ることになった。

 今回の一件の報酬として新たな魔剣――古の名匠の手による、さらなる業物――を授かったレ・ミリアと、レベルが上がり晴れて古強者ネームドの仲間入りをしたタスクは、“ニューヨークダンジョン” で技量を磨きながら、リーンガミル直轄の探索者として不測の事態に備えるのだ。


 ただし――被保険者のふたりが遭難しても、タカ派の階層フロアに聖女は入れないので、その時は旦那が渡米することになる。

 そしてハト派とは思えない特命全権大使プリンセス・エルミナーゼの腹黒い深慮遠謀に、聖女はまだ気づいていない。

 誰のためにも、残ったパーティメンの無事を祈らずにはいられない女盗賊だった。

 

 聖女の旦那へのは延々と続いていた。

 旦那はとっくに飽きてウンザリしていて、チラチラと聖女が玄関にほっぽり出したお土産に視線を走らせている。

 聖女がメールで楽しみにしているように知らせておいた、各種洋酒である。


 スコッチに、アイリッシュ。

 ブレンデッドに、シングルモルト。

 テネシーに、ケンタッキー。

 バランタイン、マッカラン、ジョニーウォーカー、ブッシュミルズ。

 ジャック・ダニエル、ワイルドターキー、ジムビーム。


 どれもこれもの最高級の長期熟成物ばかり。酒飲み垂涎の逸品エクセレントばかりだ。

 旦那は、高速回転し続ける脳味噌から煙が出ないように潤滑油が――露骨に言えば頭の回転を鈍くするために――アルコールがいる。

 そのため味にもブランドにもこだわりがなく、安酒を大量に飲むという一番身体に悪い飲み方をする。

 聖女は気にしていたが――まあ、定期的に “神癒” を掛けているので、そこまでの心配はしていない。


 むしろメチルでも平気で飲んでしまいそうな、をなんとかしなければという思いが強く、この機会に、戦車も買えるとされる某ブラックカードに物を言わせて、大量の高級酒をJFK国際空港の免税店で買い漁ってきたのである。


「駄目です! まだお預けです!」


 すげなく言われて、しょんぼりする老グレートデン……じゃなくて、旦那。

 妻たちの危機を察して、最強の聖剣を送って窮地を救った殊勲のは、物欲しげな視線を散らかし放題の床に落とす。

 聖女は落ち着くどころか更にテンションを上げて、仕舞いには言葉も出なくなり、最後に『ニャーーーーッ!!!』と旦那に抱きついたところで、女盗賊はふたりの “愛の巣” を辞した。


 冒険は終わり、聖女は少女に、騎士は少年に帰る。


「……ただいま、道行くん」


「……お帰り、瑞穂」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818093077575423639




































(希望は……まだある)


 傷つき、疲れ切り、生命力ヒットポイントもギリギリだったが、戦士ファイターは諦めてなかった。


 身長、六・五六一フィート二メートル

 体重、二六五ポンド一二〇キロ


 往年のシュワルッツネッガーやスタローンのような、筋骨隆々の大男。

 重い武器をぶん回して敵をなぎ倒し、不撓不屈の精神で死地から生還する、欧米人のイメージする勇者ヒーローそのものの体躯。

 実際海兵隊マリーンを除隊後は、地元ニューヨークの消防士ファイヤーマンとして一〇年を務め、多くの市民を救い表彰もされた。

 そんな男が次なる賞賛と冒険スリルを求めて “龍の文鎮岩山の迷宮” に足を踏み入れたのは、もはや必然だった。

 

 自分と似たような野心や欲求を持つ者とパーティを組み、迷宮に潜り始めて一年。

 白人、アフリカ系、プエルトリコ系、黄色系、中央アジア系、印度系、アラブ系。

 プロテスタントにカトリック、仏教、ヒンズー、イスラムにコミーまで。

 パーティにはあらゆる人種・宗教が加わり、ほぼすべてが迷宮で命を落とした。


 それでも男――リーダーの戦士は生き残った。

 海兵隊と消防士で鍛えられた身体と精神は、過酷な迷宮探索にも耐え、熾烈な魔物との戦いにも打ち勝った。


(希望は……まだある)


 刃こぼれした剣を支えに進みながら、戦士は声にならない声で繰り返した。

 大量の出血に呼吸は浅く速く、目はかすみ、意識は朦朧としている。

 後ろに続いているはずの仲間の姿はなく、次に魔物と遭遇エンカウント すれば、待っているのは確実な死だ。


 だがこの先の玄室には、大量の金貨と引き換えに探索者を地上に送り返してくれる謎のアラビアンがいる。

 これまでに稼いだ金は同価値の宝石にして、鎧下の内側に縫い込んである。

 ここで失ってしまうのは惜しいが、命には替えられなかった。


 戦士の目的は冒険スリルと名声。

 アメリカンは、死地から生還した者を賞賛し称える国民性を持つ。

 多くは頭が悪く、景気のいいことが大好きな連中だ。

 ここで生還すれば自分は英雄ヒーローになれる。

 金は二の次だ。


 玄室に辿り着いた戦士は、残っていた力を振り絞って重い鉄扉を押し開けた。

 待ち伏せアンブッシュに備える余裕はない。

 中に魔物がいるなら自分は死ぬ。

 賭けだった。

 戦士は賭けに勝った。

 そして負けた。


「……そんな……どうして……」


 普段なら現れるはずのアラビアンが現れない。

 謎の怪人、人外NPC “親切なアブドゥル” が現れない。

 戦士は絶望に腰砕け、その場にくずおれた。


 ……ヒタ……ヒタ……。


 玄室の暗闇から、何かが近づいてくる。

 心の折れた戦士は、疲れ切ったぼやけた視線を闇に向けた。


“ふん、一〇〇歳の年寄りよりも死にそうな顔だね。おまえ、金は持ってるかい? 迷宮金貨きっかり二五〇〇枚で、地上まで飛ばしてやるよ。


 アブドゥル? あいつなら今バカンスに行ってるよ。まったく暢気なもんさ。

 それまではこの婆が代わりさ――それでどうすんだい?

 いっとくけど、びた一文まけないよ。


 いい心がけだ。毎度あり――それじゃさっさと跳ばすよ。

 愛の巣ポトルの部屋じゃ、照男が晩飯を作って待っててくれるんだからね”

 

 常闇から現れたしわくちゃの老婆は早口でまくし立てると、呆気にとられる戦士に向かって朗々と呪文を唱え始めた。

 複雑な韻を踏んで印を結ぶ。


“そりゃ、迷爺婆めじいばタマの―― “対転移呪文マピロ・マハマ・ディロマト” !”



             -完-


 

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最後までご視聴ありがとうございました

これにて、第三回配信は完結となります

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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推しの子の迷宮 ~迷宮保険員 エバのダンジョン配信・第三回~  世界で唯ひとり蘇生の魔法を授かった最強聖女さまは、婆さんと爺さんと、数珠を握って空拝む! 井上啓二 @Deetwo

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