第5話 葬式から八年後

 今日、マナトは七歳になった。


 私と洋子は、葬式の後、すぐに結婚した。

 周りからはフザケていると思われ「政府の罠にハマった」と茶化されたが、私たちは真剣だった。

 きっと誰にも理解できないだろうとは思っていた。

 この気持ちを知るのは私と洋子の二人しかいない。陳腐な歌の歌詞のように『世界中を敵に回しても、君を愛する』決意を固めていた。


 洋子はすぐに子供を授かり、私たちはマナトの遺伝子データを元に洋子のお腹の子供がマナトと全く同じ人間に産まれるようにして貰った。


 しかし、洋子のお腹が大きくなるにつれ、世間の私達を見る目は白いモノへと変わって行った。

 茶化していた同僚達も私が本気だと知ると次第に距離を起き、私は仕事を変えざる得なくなった。

 前にテレビで見た夫婦が、なぜあんな田舎に住んでいたのかがよく分かった。


 マナトが生まれる前に私たち家族も都会を離れ、人の目の少ない田舎に引っ越す事に決めた。

「何故、やりたい事を犠牲にしてまで、家族で生きていくのか? さっぱり理解できない」と友人達、上司、あらゆる人から引っ越す前まで毎日のように説教された。


 きっと「これがやりたい事なんだ」と言っても彼らには理解できないだろう。


「ただいま」


 マナトが学校から帰って来た。


 リビングのテーブルに乗せられた豪華な料理を見て、マナトは驚いた顔を見せた。マナトが手を洗っている間に私は自分の部屋に置いてあるプレゼントを取りに行った。


「マナト、誕生日おめでとう」


 プレゼントの包装の中に入っていた野球のグローブを見て、息子は不思議そうな表情をした。

 私がマナトの左手にグローブを着けてあげた。

 棺桶で眠っていた、前のマナトの姿を思い出し、私と洋子は泣きそうになった。


「マナト。明日、パパとキャッチボールをしに行こう」

「キャッチボールって何?」

「そのグローブを使ってやるんだ。野球っていうスポーツ、とても楽しいぞ」


 マナトはグローブを見ながら、これから自分が大好きになるスポーツの説明を聞いても、まだ不思議そうな顔をしている。


 あと一年。

 あと一年、この子を育てれば、私達は悲劇の大雨を抜け出し、あの幸せだった日々の続きを見ることができる。


 それまで絶対にこの子を死なせるわけにはいかない。


 いつしかマナトは野球に夢中になり、自分のやりたい事を見つけ、その為に生きていく。

 君のその道を守る為に、私と洋子は世界を敵に回したのだ。


 でも、その事を君が気にする必要はない。

 それは、君が生まれる前の出来事だ。だから、君には何も関係のない事だ。 


「じゃあ、ちょっとマナトと野球をしてくる」

「後で私も行っていい?」

「お母さん、運動苦手じゃん」


 マナトが洋子を揶揄うように言った。

 洋子は「別に良いでしょ」と頬を膨らまし、マナトを追いかけた。


 マナトは逃げるように玄関で靴を履き、自分の人生へ飛び出して行った。

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君が生まれる前の出来事 ポテろんぐ @gahatan

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