第4話 葬式の後

 それから、洋子さんと火葬場の煙突から昇っていくマナトの煙を見上げていた。


「どんな子になったでしょうね、あの子?」


 洋子さんの左手が私の右手に伸びて来た。


「洋子さんに似てたんじゃないですかね?」

「私、あんなに運動得意じゃないですよ」


 私は彼女の手を逃さない様に、自分の手を絡み付かせた。


「洋子さんは、何かやらせようとか、思わなかったんですか?」

「ああ……一応考えましたけど」


 彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「止めました」

「また、女の子っぽい趣味になるとかですか?」

「そうじゃなくて……あの子がどう変わって行くのかが楽しみで、自分で無理矢理決めたくなかったんですよね」

「洋子さんらしいですね」

「私達、会ってまだ数時間じゃないですか」

「マナトのマイペースなトコとか、絶対に洋子さんの影響ですよ」


 そう言うと彼女はプッと吹き出した。


「田代さん、知ってます? あの子、幼稚園の運動会で一位だったのに転んだ子を助けようとして、三位になっちゃったの」


 私も「そうそう」と一緒になって笑った。


「私はあんなにマイペースじゃないです」

「本当ですか?」

「本当ですよ」


 話すのに夢中で、気付いたら煙突から出る煙はいつの間にか消えていた。


「終わりましたね」

「……そうですね」


 私と洋子さんは無言で建物に戻って歩き出した。


 人工授精で男性の遺伝子と女性の遺伝子が結合するのはランダムだ。

 きっと、もう一度、私と洋子さんの遺伝子が結合するのは、宇宙の端と端から投げた石がぶつかるよりも可能性が低いだろう。


 どちらかがこの手を離して、建物の中へ戻れば、もう一生、彼女とも、マナトとも、会う事はない。

 自分の人生に煩わしいものは一切介入して来ない。

 それが人工授精の良いところだ。


「洋子さん」


 出入り口の自動ドアが開いた瞬間、彼女は立ち止まり、私の方を見た。


「もう一度、マナトを作りませんか?」


 開いたままの自動ドアが、私達二人を睨んでいる様な気がした。

 それでも筋金入りのマイペースな彼女はお構いなしに私を見続けた。


「私と結婚してくれませんか?」


 彼女の顔から柔和な表情が一切消えた。

 まるで世界相手に戦いを挑むテロリストの様な真剣な眼差しで、私と彼女は見つめ合った。


「はい」


 その日、私と洋子は夫婦となった。





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