最終話 いざ、黒き巨獣へ

 レンガ風の大通路から続く大階段を駆け上がっていく。すると、思っていたよりもあっさりと地上へ出た。そこでようやく気が付いたのだが、俺はずっと、幅は薄いが横に長く、高さもある、不思議な形の茶色い建物の地下にいたらしい。


「なかなか奇妙な建物ばかりだ。さて、はどこにいるのか――」


 付近の通りには、数多の四輪車――だが、車を引くはずの馬や牛がいない。


「家畜がいなくても動く車とは……これも何者かの魔術か?」


 その時、この異世界に来て最大の驚嘆が俺の心を奪い去っていった。それはあまりにも美しく、巨大で、俺の目を釘付けにしたのだ。


 全面ガラス張りの巨大な建築物。俺の世界にも、遥か天まで続くと言われるほど高い塔があったが、この建物はそれを遥かに凌ぐ――まさに神話のような凄まじい神々しさを放っていたのだ。


 たまらず、俺はその美しい塔に近づいた。どうやら、俺がいる場所は、塔の入口の反対側らしい。ぐるりと回り込むと、塔の入口へ繋がる階段があった。だが、妙なことがあった。

 塔の入口へと続く階段――淵に黄色の線が入った黒い階段が、ゆっくりと動いているのだ。動く階段は、上りと下りがどちらも用意されていた。


「これも魔術か……! やはり、この中にがいるのか!?」


 勇気を振り絞り、俺は動く階段に乗り込んだ。乗ってから気が付いたが、この動く階段に1度乗ってしまうと、途中で降りることはできないようだ。安易に乗ってしまえば、敵の罠にはめられてしまうこともあるかもしれぬ。


 そうしているうちに、俺は塔の入口の前に辿り着いた。ここは「歌舞伎町タワー」というらしい。いつモンスターとの戦闘になるかわからぬ。俺は心の準備をしつつ、塔の中へ足を踏み入れた。


「な、なんだここは!? 俺は新たな異世界へと迷い込んでしまったのか?」


 歌舞伎町タワーへ入った途端、ぎらぎらとした照明が眼を焼き、耳を貫くような轟音が頭に鳴り響いた。魚が宙を舞い、舞台の上では人が踊っている。

 まずい!このままでは飲み込まれる。硬派な俺にはとても耐えがたい空間だったのだ。一度立て直してからでも遅くはない、いったん退こう。


 歌舞伎町タワーから外へ出て、新鮮な空気を腹いっぱいに吸おうとした時、俺はすべてを理解した。目の前に、歌舞伎町タワーほどではないが、塔らしき建物がそびえ立っていた。

 そして、その建物の中にヤツはいたのだ。建物の中に立っているのか座っているのかはわからない。だが、とにかくヤツがそこから顔を覗かせていたのである。


「ついに見つけたぞ……黒き巨獣!」


 俺は走った。誰よりも早く、誰よりも力強く駆けた。歌舞伎町タワー前の広場を駆け抜け、マリリンとの約束通りへ向かったのだ。


「黒き巨獣はなぜ動かぬ? まさか、今は眠りについているのか?」


 その時、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。


「お、来たね。ダンジョンクリアおめでとう、英雄殿」


 振り向くと、古き友マリリンが立っていた。マリリンは何やら美味しそうな食べ物を手に持っていた。口に入れたら火傷しそうなくらい熱そうな薄茶色の球体の上に、焦げ茶色と白色の2種類のどろりとした液体がかかっていて、とても良い香りがした。


「マリリン! ここは黒き巨獣の真下だぞ! 長居しては危険……今、クリアって言ったのか?」


 「ああ、そうさ」と言いながら、マリリンは手に持った食べ物を口の中に放り込んだ。すると、細い身体を仰け反らせながらほふほふと口の中でを躍らせた。

 

 たまらず、俺の腹がぐぅ~と鳴き声を上げた。


「あれ、何も食べていないのかい?」と、マリリン。


「い、いや……金がなかったから……食いたくても食えず……」


「ほほう、やはり君はマジメだね。よし、じゃあシメはラーメンといこう」


「ら、ラーメン?」


「この異世界の住人の多くが好む、素晴らしい料理さ。一度でも味を覚えてしまうと、何度も何度も定期的に食べたくなってしまうらしい」


「そ、そうか! 早く行こう、俺の好奇心が疼く。ラーメン!」


 こうして、俺は腹いっぱいのラーメンを食った。どうやら、ラーメン屋とはこの世界の魔術師が集まる場所らしい。客が皆、謎の呪文を唱えていたのだ。もちろん、賢者たるマリリンもその1人だった。

 

「さて、腹も膨れたことだし、元の世界に帰るかい?」


「ああ、今日のところは帰ろう。しかし、この世界はすばらしい。未知の建築物や魔術で溢れている。是非また来たいものだ」


「よし、それじゃあ次の機会があれば、新宿に次ぐ難関ダンジョンへと案内しよう。入るたびに地形が変わる魔境“渋谷”だ」


 こうして俺の異世界冒険は一旦の幕を下ろした。


 だが、英雄たる俺の冒険譚が終わることなど決してない。近い将来、俺は再びこの地“日本”に舞い戻り、新たな冒険の旅に出るだろう。


 その日を待ち望みながら、俺は今日も“黒き巨獣”を倒すために鍛錬を重ねるのだった。

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現代日本へ転移した異世界英雄、高難度ダンジョン新宿をさまよう 玖蘭サツキ @yusagi_s

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