第5話 いざ、地下迷宮へ
過度な人混みを押しのけ、俺は東口から更に奥へと進む。
「む、少し下っているな……」
曲がりくねった地下通路は、俺を迷宮の深層へと導いた。さらに進んで行くと、まるで川が流れるかのように、大勢の人々が行き交う通路に出た。そこには、A6やA9といった暗号のような文字と数字の羅列が黄色い看板に示されていた。
どうやら、ここは「メトロプロムナード」というらしい。一体どういう意味なのだろうか。ここに棲むモンスターの名前だろうか。好奇心が疼いた俺は、人の流れに身を預けることにした。
しばらく歩くと、少し開けたところに下り階段があるのが見えた。このダンジョンはどれほど深くまで続いているのだろう。流れに身を任せ、階段を下っていく。
「ほう、どうやらダンジョンの新たな階層に到達したようだな」
新たに訪れた階層は、先ほどのメトロプロムナードよりもずっと明るい地下通路だった。通路の両脇には洒落た店が立ち並び、とてもダンジョンとは思えない風景が続いた。
「服屋……いや、ここはダンジョンだ。きっと冒険者向けの防具屋だろう。この先にいる黒き巨獣との戦いに備えて、装備を整えるのも悪くないかもしれんな」
俺は防具屋に入り、店主の女性に声を掛けた。
「この店で一番防御力が優れた装備を購入したいのだが」
「防御力、ですか……?」
「ああ。可能ならば、炎や吹雪といった攻撃にも耐えられる品がいい。黒き巨獣がどのような攻撃を仕掛けてくるかわからないからな」
「吹雪……あ、防寒着ですね。こちらなんていかがでしょうか?」
店主の女性が持ってきたのは、もふもふとした毛皮で造られた良質な一品だった。
「ほう、これは素晴らしい。いくらだね?」
「15,000円になります」
「15,000……円……というと、金貨何枚だね?」
「は……え……?」
店主の困惑する顔を見て、俺はようやく気が付いた。この世界では、俺の世界の金は使えない! これでは買い物などできないではないか。
「わ、悪かった、今は持ち合わせがないのでな、また来るよ」
俺はそそくさと店を後にし、逃げるようにダンジョンの奥地へと進んで行った。
☆
明るい地下通路を道なりに進んで行くと、何だか良い匂いが漂ってきた。異世界で様々なグルメを堪能した俺の嗅覚が言うのだから間違いない。近くで誰かが料理をしている。
「しかし、妙だな……豊潤な香りは感じるが、匂いの元は1箇所ではない。肉料理、魚料理、卵料理、豊かな茶の香りまで感じる。これは一体どういうことだ」
そして、俺は衝撃の光景を目の当たりにした。迷宮の通路いっぱいに、食事を提供している店がずらりと並んでいたのだ。思わず、腹の虫が咆哮を轟かせる。
だが店となると、金が必要ではないか。今、俺は支払能力が全くない状態にある。食うだけ食って逃げるのは簡単だろうが、英雄としてあるまじき行為だ。異世界だろうと、決して許されることではない。
「新宿というダンジョンで最大の難関かもしれぬ。空腹地獄だ!」
レストラン街という地獄――俺は我慢し、走り抜けることを選択した。これ以上この場にとどまっていては、よからぬ行動を起こしてしまいかねない。それほどに、魅力的な店が立ち並んでいたのだ。
「これはきっと罠だ。うまそう食事に吸い寄せられた冒険者を取って喰らおうという算段だな? その手には乗らんぞ!」
レストラン街を走り抜けると、広い空間に出た。先ほどと比べると、妙に人が少ない。まさか、この近くにボス級のモンスターがいるのではないか。そう思って周囲を見渡すと、右の方にガラスでできた透明な扉が見えた。
その先には、レンガ風の大通路。そして、その先には地上へ出られそうな大階段があった。まさに、冒険の最終局面といった雰囲気を直感的に感じた。
「ふむ、西武新宿……か。ついに辿り着いたかもしれぬ。待っていろ、黒き巨獣!」
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