五幕 鬼の立場


「……っ」


男は眉間にシワを寄せ私を見つめている…

いや見つめてはない…、目はずっと閉じている…両目に傷…。失明しているのか…


だったら、私の姿は見えていないはずなのに…鬼ってバレてるってこと…?


「…おい。そこで何をしていると…聞いているのだ…。答えろ」


汗が頬を流れる…

相手は目が見えていないのに…この緊張感……!!


「……べ、別に…何も…っ」



そう発した瞬間…私の体は後ろに飛んでいた…

気づけば、私は壁に接していた。


「…は?」

「……鬼は信用ならん」


何が何だか解っていない間に私の真横の壁に刀が突き刺さる。


「っ!!」

「…」


音も聴こえなかった…その目の見えない男は私の首元に刀を近づけた…


「っ…【鬼術ッ!!土蛇つちへびッ!!】」


崩れた壁を変形させて男へ襲わせた。


「っ…!」

「くっ…ハァッ!!」


すぐさま蹴りを当てて反撃する。

怯みはしたが、こいつは直ぐに私に刀を振ってきた…!

速い…!


「フン……ッ!!」


刀ひと振りで壁を削った…っ!

こいつの力…本当に人間かよ…!?


「っ!【風桜かぜざくらッ!!】」

「…!斬撃…?」


私じゃこいつの相手はできない…!こうなったら……っ…逃げるしかない…!!


「っ……!!」


私は足に全力を注いで逃げた。鬼の脚力でこの男から直ぐに距離を取らなければ…!


私は狭い道を駆使して必死に逃げた。



「…!急げ…!急げ…急げ…急げ…!!」



あの兄弟は役所に引き取られるだろう…きっと大丈夫…。とりあえず…私は…!逃げるしか…!


あの子供の姿と男の姿も見えなくなった…。そう思ったその時…


曲がった先に男が刀に手を置いて…待っていた。



「え?」

「【のぼりゅう】」



ブンッ!!…と空気を切る音……それが聴こえた時…目の前が暗転した…。

気づいた時には宙を飛んで…木箱に勢いよく突っ込んでいた。


痛みも無く。腕と頭によくわからない暑さがあった…。段々…視界も薄くなって…ボヤけた世界が……



「…君を退治する訳にはいかない…役所に連行させてもらう。」



よく…聞こえない……

男が私へ手を伸ばして…



「まって!!」



……何か聞こえた…?……だ…れ…………だ…?


―――――――――――――――――――――――。




「……ん?」




目が覚めた…。目の前はどこかの天井?

捕まったのか?


「ここは…。痛っ!」


体を起こすと身体中に痛みが…!




よく見ると包帯が巻かれてる…。

手当て…されたのか…?



「…?」


何だ?役所の人間にしては…



スッ…とふすまが開けられた。着物を着た女性だ。女将だろうか…



「あら…起きた!忠綱ただつな様ー!起きましたよー!」



忠綱ただつな?あの役所の人間か…

彼を呼んで、私の近くに近づいてきた。

何かされる…



「………っ」

「そんなに緊張しないで…薬を持ってきたのよ…。ほら、痛み止め」



お盆に薬を乗せて私の目の前に持ってきた。


毒…じゃ無さそうだ…。あの役人は私を受け渡すと言っていたし…ここで始末することは無いだろう…。

とりあえず薬を飲んだ。


ちょうどその時、ふすまを開けてあの武士が入ってきた。


「どうだ…調子は……」

「良さそうですよ?顔色も悪くないし」



女将がそう答える。

いや、めっちゃ痛いし…全然良くないんだけど……。…そんなことより……


「何で…私を手当てしたの…?傷まみれじゃ役所に出せないの?」

「違う…。あの子ども達の“願い”だ。」

「子ども……」



あの子達が…?何で…そんな役人を敵に回すようなことを……


「……優しき子達だ。……あの二人は私が預かる…おまえは傷が治ったら帰れ……」

「え…いや、打ち首にしないの?」


男は無視して部屋を出てった。


「…意味わかんない……」

「…旦那様は……不器用な方ですからね」


少しして、薬が利いてきたの痛みが引いた。

私は直ぐに服を着替えてそこから出ていこうと、庭に出た…。

その時、庭で一本の木を見るあの男の姿が目に入った。


その木は花がひとつも咲いていない…葉のない木だった…。

あんな木…何で見てんだ…?意味無いだろ…

っと…思ったけど…彼の顔は何やらしんみりとしていて…その背中は悲しげだった…。


「…」


私は何を思ったか、彼に近づいた…


「……なんだ…まだいたのか…」


彼は変わらず私にそっけない…なんかイラついてきたからやっぱ帰ろ…!


「……」


やっぱり…悲しげな顔をしていて…足を止めた。


「…ねぇ…この木……何?」

「…椿の木だ。もう、7年は咲いてない…」


「…枯れたの?」

「…だろうな」


なぜだろう……今話している彼は…さっきより、悲しそうな声に聞こえる……どんな表情をしても…どの角度から見ても…悲しい…。


「へぇ…もしかして、誰かからの贈り物?」

「…………鬼に答えることは無い…。帰れ。今日は許してやるが…次は無いぞ。」


刀をわざとらしく見せてきた。


「……はいはい…」


私は彼を背にして、そこを離れようとした。そこに…


「鬼さーん!!」

「っ!」


振り向くと、屋敷の方からあの兄妹達が手を振っていた。

傷の手当ても済んでいて、綺麗な服を着ていた。

貰ったのだろう…


「またね~!!」


妹さんの方が元気に手を振っていた。

私はそれに小さく手を振り返した。


それを見た武士は口を開いた。


「……あの二人には会いに来ることは許す。」

「…へ?」


そう言った後はまた黙って、そっぽを向いてしまった。確かに…不器用だなぁ…。


「……はーい!んじゃ、またね…!」


大鷹を召喚して、その背中に乗った。


「……またね~!!」


あの兄妹に大きく手を振り、私は大鷹に乗せられ空へと飛んで行った。



バサッ…バサッ…。

その屋敷を後にし、私は最初の森まで戻ってきた。すると、そこに虎子と華澄かすみさんが待っていた。


「あっ!来た来た~ッ!!」


虎子が私に気づいて、こちらに手を大きく振っていた。


「っ…!」


姉さんは驚いた顔をしてこっちを向いたが、すぐに安心した顔をした。


大鷹を着陸させ、二人の元へ。



「椛お帰り~!」


虎子は両手を広げ私に飛び込んできた。


「わっわっ!」

「……椛…。…お帰り」


華澄かすみさんは、虎子の後ろからゆっくり近づいてきた。


「はい、ただいま戻りました!」

「早く帰ろっ!早く帰ろっ!!」

「うんうん…。じゃ、帰ろっか…」


バサッ…!

私達は大鷹に乗って、鬼ヶ島に帰ってきた。


「ふぅ…疲れた………」

「ただいまぁ~」


私達が中に入ると、次々と鬼達がお出迎えに出てきた。


「お帰り~姉さん!!」

もみじも何かうめぇ、食べ物でも見っけたか?」


虎子はその鬼達を突っ切って、奥にいた力一りきいちの所まで一直線に走って行った。


「おぉ~!虎子~お帰りぃ~!!楽しかっただか~?」

「うんっ!!楽しかった!!!」


鬼達はその微笑ましい…光景に癒された。


「いやぁ…力さんには敵わないねぇ~」

「あの二人は仲いいよなぁ…」


……親子みたいで、本当に微笑ましかった。



その夜、私は無駄になったご飯の元を取るように晩御飯をむしゃむしゃと食べた。


「はむっ!ガブッ!!ハムッ!!!」

もみじ……今日は良く食うななぁ…。」

「伊吹の方が食べるでしょ~?」


「…まぁ、そうだな?」


その通り…伊吹はこれで十二杯目。


「なぁもみじ。お前何かあったか?」

「え?」

「なんか、悩んだ顔をしてっからよ…」


伊吹は金棒のお酒をグビッグビッ…て飲んで私に笑いかけて来た。


私はその笑いに合わせて口を開いた。


「……いやぁ~……人間の大人の中にも少しは話のわかる奴もいるんだな~…って……」

「成る程な…。いい奴に会ったんだな」


優しい声色だった。心の縁では少しは伊吹を嫌な気分にさせちゃう言葉かなって…思ってたのに……。本人はそうは思っては無さそうだった。


もしかして伊吹は……。


「………うん」



もう、そんな体験はいくつもしてきたのかな…?





――――――――――――――――――――


町の中心部には大きな城が立っている。そこには、『大殿』と呼ばれるこの国の王がいた。

その辺りは華やかでまさに楽園の様だった。


あの盲目の武士はあの日の夜…その大殿に呼ばれていたようだ。


「……忠綱ただつな。参りました」


目の前の黒い龍の模様が描かれたふすまの奥へ声をかける…。中から声がした。


「入れ」

「……失礼いたします…」


ふすまを開け、中に入った。

その奥には和装を着た大男が座っていた。さかずきから酒を飲み、その反対には煙管きせるを持っていた。両方共、八体の蛇の模様が描かれている。


「…よく来た、忠綱ただつな。そこに座れ。」


彼は言われた通り、座敷ざしきに座る。

すると、周りの家臣達が忠綱ただつなへ酒と食事を運んできた。


「………大殿様…。今日は何の御用で…」


口を開く。


男は口の中から煙管きせるの煙をハァ~…と吐き、話す。


「これからの我々と鬼に関する話だ…」

「…!」


驚いた。もしかしたら、目撃者がいたかもしれないと…忠綱ただつなは唾を飲んだ。

そんな威圧感を出す大殿の口から話された言葉は驚きであった。


「…“わしは鬼との和解を願っている”。」

「な…」


耳を疑う様な一言だった。


「…近頃、鬼達の悪さが目立って来た。そのせいでたみの不安の声が絶たぬ…。このままでは我が国の崩壊も時間の問題だろう。」


「……しかし…どうやって…」


「…貴様には酒呑童子しゅてんどうじとの対話を任せる。まぁ…案ずるな。貴様の他にも鬼に詳しい者を呼んだからの…」



家臣に連れられて、部屋に入る。そこには水色髪の白衣の男が立っていた。


「……お主は…?」


男はこちらを向いて笑い掛ける。


「…こんにちわ!僕は“ゼルベル”!よろしくね!」


そいつは片方を仮面で隠した怪しい男だった。


          続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と盃 くまだんご @kumadango

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画