おまけ②「推し活とラブホテル」
てんねんズが舞台の上で踊っている。生でライブを見るのは初めてだった。
サヨリは青のサイリウムを振りながら全身でリズムを刻んでいた。その横で凪も同じようにしている。他の客達との温度差を感じて頭がくらっとする。皆、全力で青春を謳歌している感じだ。
「最高だったな」
ライブが終わり会場を出ると、サヨリが満足そうに言った。顔を艶々とさせている。凪も頬を上気させていた。
この二人がドルオタだと話しても、ほとんどの人は信じてくれなさそうだ。そういうタイプには見えないからなぁ……。
「璃子はどうだった?」
水を向けられ、「うん、凄かった!」と小学生レベルの返答をしてしまう。
「悪かったな、付き合わせて」
「悪くなんてないよ。こういう経験するの初めてで楽しかったし。あと、サヨリの楽しんでいるところ見られたのがよかったかな」
「あたしじゃなくて舞台を見ろ!」
ぎろりと睨まれる。譲れないところだったらしい。ごめん、と素直に謝っておく。
凪が悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
「サヨリさん、かなでとの握手の時きょどってましたよね。好きです、って何度も連呼してて可愛かったなぁ」
「あ、てめ、それは内緒だって言ったろ!」
「ふーん……」
わたしは冷めた声で言った。
「あ、ちが、違うぞ。推し活と恋愛は別物だ」
「へー……」
また冷めた声を出してみる。
凪が微笑んで言った。
「サヨリさん、こういう時はぎゅっと抱きしめて『愛しているのはお前だけだ』って言うんですよ。それで解決です」
「できるか!」
周囲は人で溢れていて、そんなことをすれば目立ってしまうだろう。
わたしは凪のパスを受け取ることにした。
「やってもらいたいけどなぁ……。でも、恥ずかしいなら仕方ないよね。我慢するよ」
「お、おい」
サヨリが困った顔をする。迷子になった幼児のようだった。
大きな舌打ちをしてから覚悟を決めた顔をする。
「わーったよ。やればいいんだろ」
近づき、がしっと抱きついてくる。
「……あ、愛しているのはお前だけだ」
蚊の鳴くような声だった。
わたしは小首を傾げた。
「え、何? 聞こえない」
「あ、愛しているのはお前だけだ」
「照れが感じられるなぁ……。もっと気持ちを込めて言ってほしいんだけど」
「ぶち殺すぞ」
本気で睨まれ、自重することにした。
「愛しているのはお前だけだ。……これでいいか?」
心がぽかぽかする。満たされていくのを感じた。
体を離すと、凪が視界の端でサムズアップしているのが見えた。わたしも同じようにする。
「ほんと、何なんだよお前ら……」
サヨリが溜息をつく。
その後、三人でファミレスに移動して食事を取った。出る頃には夜八時を迎えていた。
「わたしはここで失礼します」
凪が言い、わたしにだけ耳打ちしてくる。
「付き合わされたんだからお姉ちゃんも我儘言ってみたら?」
離れていく。
凪の姿が見えなくなってから、わたしは口を開いた。
「サヨリと行きたいところがあるんだ」
「アイスの店か? 最近行ってなかったもんな」
「ホテルだよ」
「あ?」
「ラブホ」
サヨリが顔を真っ赤にした。この手の話題は相変わらず苦手らしい。
「めっちゃセックスしたい気分なんだ」
「……家でいいだろ」
「たまには別のところでしたいんだよ。行ったことないし」
「わざわざ金掛けてか?」
「ライブに付き合ったじゃん」
不貞腐れた態度で言うと、サヨリはわたしをじーっと凝視した。それから、仕方ない、という表情を浮かべて頷いた。
▼
室内に足を踏み入れる。
かなり広くて驚いた。ベッドには六人くらいが寝れそうだ。部屋の隅には滑り台まであった。いったい何に使うんだろう。滑る以外の用途が思いつかない。
ひとまず二人でベッドに座り、テレビをつけた。当たり前のようにアダルトな内容のものしか映らない。
「シャワー浴びてくる」
「二人で浴びようよ」
「お前、ぐいぐい来るな……」
サヨリが引き気味に言う。
「サヨリっていつも消極的じゃん」
「それは……そうだが……」
責められたいタイプだ、ということを、過去に恥ずかしそうに話していたことを思い出す。わたしは積極的にいきたいタイプだから結果として相性がよかった。
二人でシャワーを浴び、体の水気をすべて取り除いてからベッドに腰掛けた。
さっそく行動に移す。
サヨリの体に触れた。まずは腕からだ。そこから体の中心に手を這わせていく。感度を確かめながら、バスローブを脱がせる。サヨリは基本的に自分から行動しないが、反応はよかった。んっ、とか、あんっ、とか声を上げてくれるから、どこを攻めればいいか、わかりやすくてよい。
「可愛いね、サヨリ」
耳元で囁くと、サヨリはびくりと体を跳ねさせた。
太ももを指でツーッとなぞる。何度も体を跳ねさせるのを眺めながら、可愛いな、と口の中で呟く。
押し倒して体を覆わせる。至近距離から見つめ合った。サヨリは恥ずかしそうに何度も身をよじっている。視線から逃れようとしているみたいだ。
「こっち見てよ。目、ちゃんと合わせてくれなきゃ嫌」
「あ、ああ……」
キスをする。ついばむような口づけだ。やがて舌を口内に入れる。サヨリは抵抗なくそれを受け入れた。心と体が解け合うような情熱的なキスが続く。
サヨリはとろんとした目をした。わたしはそれを見て微笑む。
「時間はたっぷりあるよ。気持ちよくなろうね」
「ああ」
「さっきから、ああ、しか言わないじゃん」
「……お、お前の攻めが激しすぎるんだよ!」
「まだまだこれからだよ」
わたし達は溶けあうような行為を続けた。ぬくもりのある愛の営みだった。
水面下シンドローム 円藤飛鳥 @endou0
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