おまけ①「同棲前の一幕」




「情熱的だね〜」


 テレビ画面の中で女性二人がキスしているのを眺めながら言う。

 横を向くと、サヨリが顔を真っ赤にしていた。画面から目を逸らしている。

 そういえば映画やドラマの濡場が苦手と言っていたな……。

 見た目はヤンキーっぽいのに純なところがある。ギャップがあり可愛かった。


「そろそろ寝ようぜ」


 上擦った声を出しながらテレビを消す。


「えー、まだ途中じゃん」

「明日でいいだろ」


 顔を赤くしたまま時計を指差す。

 確かに、そろそろ寝た方がよさそうだ。

 ここのところ、サヨリはわたしの部屋に泊ることが多い。大学やドラマの話で盛り上がり、終電を逃すのがお決まりのパターンだった。

 寝る支度を整え、布団を敷き、隣り合って横になる。わたしは天井を見上げながら口を動かした。


「サヨリってキスしたことある?」


 横を向く。なぜかわたしを睨みつけていた。


「ねーよ」

「えー? ほんとぉ?」

「なんで意外そうなんだよ」

「サヨリってモテるじゃん」

「モテるかどうかは関係ないだろ。キスを捧げるのは本当に好きな相手だけって決めてんだよ」

「……」

「なんだよ、その目は」

「いや、一昔前の少女漫画みたいなことを言い始めたから」

「悪いか?」

「ううん、全然。めっちゃ可愛い! 好き!」


 満面の笑みを浮かべて言うと、サヨリは照れくさそうに視線を逸らした。


「お前こそどうなんだよ。キスしたことあるか?」

「うん。たくさんあるよ」


 即答する。

 え、という顔で見つめられた。

 飼っているペットに何度もしている。来月も帰ったらするつもりだ。


「そ、そうか。今もそいつと……?」

「地元に帰るたびキスするね。キスすると、凄く喜んでくれるんだ」


 へえ、とサヨリは頬を強張らせた。


「毎回してるのか?」

「衛生面の問題があるから、三回に一回くらいかな」

「潔癖なんだな」

「そんなことないよ。でも、一応気をつけなきゃいけないことだからね」


 サヨリが天井を見上げ、そうかと再び呟く。

 何だろう。何か、深刻に考え込んでいるようだった。受験の時でも、こんな表情はしていなかったと思う。


「サヨリもすればいいじゃん」


 あン、と呟き、目を細める。


「うるせえ。余計なお世話だよ」

「何怒ってるの?」

「怒ってねーよ」

「キスすると、ストレスが減るってどっかの大学の論文に書いてあったよ」

「また切り抜き動画の受け売りか?」

「サヨリも飼えばいいじゃん」

「だからあたしはそういうのは……は? 飼う?」


 きょとんとしている。

 わたしは実家のペケの姿を思い浮かべながら言った。


「尻尾振って迎えてくれるから最高に癒されるよ。あんな顔でキスせがまれたら我慢できないよ」

「犬かよ!」


 大声で突っ込まれた。上体を起こしてわたしを睨みつけてくる。


「え、なんだと思ってたの?」

「そりゃ恋人だろ! 話の流れ的に!」

「恋人なんていないよ。何言ってんの?」

「お前な……」


 サヨリは髪をかき上げ、溜息をついた。勘違いをして照れているのだろう。可愛い。


「電気消すぞ」


 そう言って立ち上がろうとする。その時、体をよろめかせた。アルコールが回り過ぎたせいで、力が入らなかったのだろう。わたしに覆いかぶさってくる。


「……っ」

「あ……」


 鼻と鼻がぶつかりそうになる。その直前で、サヨリの顔が止まった。至近距離で見つめ合う。吐息が感じられ、心臓がどきどきした。

 やはり間近で見るサヨリの顔は美しい。

 サヨリは、とろんとした目を、わたしの唇に向けた。わたしもサヨリの唇に視線を固定させてしまう。無言の状態が続いた。

 何か、一線を超えそうなムードだ。

 我に返って口を開く。


「サヨリ?」

「…………」

「サヨリさん?」

「あ、ああ……」


 サヨリは目の焦点を合わせ、わたしを見つめた。億劫そうに言う。


「今どけるよ」

「え、どけちゃうの?」

「なんだよ。一生このままがいいってか」

「それもいいかもね」

「腕がもたねえよ。疲れた」

「最後にキスしていいんだよ?」


 わたしが笑みを浮かべて言うと、馬鹿野郎、と罵倒された。顔を赤くしている。アルコールのせい、というわけではないだろう。

 名残惜しそうに離れていく。

 わたしも寂しさを感じた。

 電気を消して、ようやく寝る体勢に入る。静寂の中、わたしは心臓の鼓動を感じ続けた。結局その日は、朝日が昇るまで眠れなかった。


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