第23話

 七月十九日の金曜の午後。

 学校の授業が終わり、僕は下校をしていた。

 一人で道路を歩く。

 大規模な戦いが起こってからちょうど一週間が経った。

 あの戦いの後、学校が休みということもあって僕は家でしっかり休息を取れた。そのおかげで学校は特に休むことなく通うことが出来ている。

 颯真はちゃんと学校に来ていたが、さくらはずっと休んでいた。

 あの戦い以降、僕は颯真と言葉を交わしていない。

 まあ、僕から話すことも大して無いし、仲もいい訳ではないから別に構わないけど。

 正面に見える信号が赤になり、横断歩道の前で立ち止まる。

 最近は色々と疲れることが多かったな。悠との依頼に、一週間前の戦い。

 あれ、出来事の数自体は全然無いな。じゃあ一個一個の出来事が重かったんだ。

 信号が青になり、横断歩道を渡る。

 向かう場所は決まっていた。家ではない、別の場所。

 歩みを進めると、次第に少し古びたような建物が増えていく。

 やがて、僕はとある建物の前で足を止めた。

 もうあまり使われてなさそうな、ボロボロの小さなビル。

 躊躇無くビルの中に入り、いつもの部屋に向かう。

 部屋の扉を開ける。すると、中にはソファに寝そべりながら片手でスマホを弄る一人の男がいた。金色に染め上げられた髪に深い剃り上げ、首や腕から見える大量のタトゥー。


「珍しいね。悠が一人でいるなんて」

「あ? 誰だ?」


 そう言いながら有は視線をスマホから外して僕を見る。

 その瞬間、悠は大きく目を見開いた。


「幽霊かっっっっ!?!?」


 ソファから飛び上がって僕を睨みつける。


「ふざけんな!? こんな夕方に何で幽霊がっ!?」

「ちょ、さっきから何言ってんの? 僕、陽也だよ?」

「陽也はもう死んだだろ!? …………本当に陽也なのか?」

「見ての通りだよ。えっと、ところでその右腕はどうしたの?」


 見ると、悠の右腕は肩から二十センチメートルほどしか残っておらず。肘を含めた大部分を失っていた。


「先週の戦いでやられただけだ」


 やられただけって、だけで済むような怪我ではないでしょ。


「あのな、陽也。生きてるならメッセージくらい送れよ。お前は死んだって皆勘違いしてるぜ」

「それがあの時の戦いでスマホをなくしちゃってね。体力的にここに来るのも少しキツかったし、体調が良くなってからでいいかなって」

「それが今日って事か。じゃあ俺の方から皆にメッセージを送っとくわ」

「うん、お願い」


 僕は近くにある椅子に腰掛ける。


「今日は悠一人だけ? いつもてぃあらとかがいると思うんだけど」

「あいつ、駄菓子が食いたいとかでどっか行ったぞ」

「ああ、そういうこと。じゃあそのうち戻ってくるかな」

「そうだろうな。ていうか陽也。お前、あの戦いで何があったんだ?」

「……単純に大怪我を負っただけだよ。こうして回復したけどね」

「あっそ。そういうことにしておいてやるよ」


 あ、これ信じてないっぽい。別に言っていることは事実なんだけど。


「まあ、これからもよろしくな」

「うん。よろしく」


 その時、扉がバタンと大きな音を立てて開けられる。

 カラフルな髪が特徴的な女性が視界に入る。

 女性は僕を見るなり驚いた表情を見せる。


「わっ!? 本当に陽也がいる!?」

「てぃあら、一週間ぶりだね」

「うん、一週間ぶり!」


 そう言うとてぃあらは僕に近づき、僕の体をベタベタと触り出す。


「え、陽也だ、これ。本当に陽也だ」

「いや、だからそうだって。あと、そんなに触んないで」


 ちょっと手つきがいやらしい気になる。

 まあ別にいいけど。


「じゃあ離れる。あ! 私ね、今お菓子買ってきたんだ。食べよ」


 そう言って机の上に駄菓子の入った袋を置く。


「おう、気が利くじゃねえか」

「悠の分なんて買ってないに決まってんじゃん」

「は? 何で買ってねえんだよ」

「理由も分かんないの?」

「テメエ、随分と喧嘩腰じゃねえか。年増のババアは随分と気性が荒いな、おい」


 てぃあらが鋭い目つきで悠を睨む。

 え、ちょ、何これ? なんか空気がピリついてない? 大丈夫なの?


「ババア? 今の言葉、取り消して」

「二十四の処女が何言ってんだ?」

「決めた。殺す」


 ちょちょ、ヤバいってこれ。殺気立ってる感じがするって。

 すると悠はニヤリと口角を上げる。


「しゃあねえ、付き合ってやるよ。陽也!! そこのコントローラーを二つよこせ!!」

「え?」


 混乱しつつも悠の言われた通りにコントローラーを取る。

 このコントローラー。ゲームで使う奴だよね?

 すると悠は部屋の隅に置いてあったモニターを机の上に置き、コードやらなんやらを弄り始める。


「しゃあっ!! やるぞ!!」

「三回勝負。それで決着をつける」


 そう言っててぃあらはコントローラーを手に取った。

 こうして対戦ゲームが始まった。


「えっと……何か戦いそうな流れだったけど、何でゲームが始まったの?」

「馬鹿か陽也は。こんなボロボロのビルで本気の戦いをしたらぶっ壊れるかもしれないだろ」

「だからゲーム?」

「そういうこった。ちょ、オイこら! 何だその攻撃!」


 あ、悠のキャラがボコられてる。


「これで殺してあげる!」

「てめえ! こっちは片手なんだぞ! もうちょっと手加減しろ!」 

「するわけ無いじゃん! 全戦全勝で終わらせるから!」


 ……まあ楽しそうで何より、なのかな?

 机の上に手を伸ばし、適当な駄菓子を取って口に入れる。

 これ、微妙かも。僕の好みじゃない。

 その時、再び扉が開けられる。

 てぃあらの次は誰だろう?

 そう思って視線を向けると、美しく映える銀髪に、人形のように整った顔立ちの女性。


「理世、久しぶり」


 理世は目を見開き、下をうつむき、真剣な顔になり、笑顔をこちらに向けた。


「久しぶり、陽也」


 そう言って理世は僕の隣の椅子に座る。


「良かった、生きてて」

「色々あったけど何とかなったよ」

「そう……ごめんなさい、足止めに使ったりして」


 足止め? ……ああ、あの戦いのことかな。


「別に気にしてないよ。それに、僕の役目は果たせたでしょ?」

「そうね。役目は果たせた」

「じゃあ言うことはないね。それでさ……てぃあらと悠っていつもあんな感じなの?」


 てぃあらの方を見る。

 二人は暴言を吐きつつ真剣な目でゲームをやっていた。


「二人は仲がいいのか悪いのか、私にも分かんない」

「そっか。まあゲームをする中なら悪い関係ではないんじゃない

?」


 すると、悠が突然叫ぶ。


「くそっ!!」

「はい、私の勝ち~。余裕過ぎ」

「こっちは片手でやってんだ! てかお前、片手の俺に一回負けてんじゃねえか」

「は!? 可哀想だから負けてやっただけだし!!」

「おいおい、言い訳が見苦しいぞ~」


 悠は煽るようにニヤつきながら言った。


「結果的にそっちが負けたのに何言ってんの!? ……あれ、ていうか何でゲーム始めたんだっけ?」

「……俺も忘れたわ」


 よく分からないな、この二人は。

 すると、悠がコントローラーをこちらに向ける。


「陽也もやるか?」

「でも、このゲームやったことないよ?」

「おっ、じゃあ理世が相手になってやれよ」


 悠がそう言うと理世は「私が?」と首を傾げる。


「別にいいけど。私、このゲーム、経験者だから」


 そう言って理世はてぃあらからコントローラーを受け取る。

 僕、あまり勝てる自信ないんだけど。まあでもいいか。

 ……やっぱりここは居心地がいい。

 今までこうして話せる人はいなかった気がする。それこそ学校では一人でいることが多かった。

 別に一人が嫌いって訳ではない。むしろ学校では一人の方が落ち着くまである。でもここでは、何も考えずに話すことが出来る。

 これが仲間ってものか。もうしばらくはこの組織にいたいかな。

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