第22話

 重い瞼を開き、僕は目を覚ます。

 ここは……どこ……?

 寝ぼけた脳が次第に起動し出す。

 どうやら今、僕はベッドで寝ているらしい。

 昨日は戦いがあって、それで凜に助けられて……それからどうなったんだっけ? 記憶が無い。でも、あの時僕と凜は互いに動けなくなっていた。それなのに何でベッドに……。


「ぐ~、ぐ~」


 いびきのようなものが聞こえ、僕は首を曲げて右を見る。

 横では髭を蓄えた中年のおじさんが寝ていた。

 ……誰? え、怖い。何で見ず知らずのおじさんが寝てるの? 何で僕と添い寝してるの?

 今すぐに逃げ出したいが、虚脱感が大きく、上手く体が動かせない。

 ちらりと布団の中を見る。昨日の服ではなく、無地の服が着せられていた。

 全く状況が分からない。

 僕は一度、深呼吸をする。

 ……よし、落ち着いた。

 じっくりと部屋を見渡す。

 部屋は結構広い。どこかのホテルのようだが、普通のホテルよりお洒落な雰囲気がある。僕が寝ているベッドはキングサイズだ。

 ……あれ、僕の左隣で寝ているのって……凜? 今、凜と知らないおじさんに挟まれて寝てる?

 すると、右隣のおじさんが目を覚ます。


「む、朝か……あ、君。起きたか」


 おじさんがこちらを向いてまじまじと見てくる。

 凄く怖い。


「えっと……すみません。僕、状況が全然分かんなくて」

「おっと、そういえばそうだった」


 そう言っておじさんはベッドから起き上がる。


「君達が道路で寝ていたからね。そのままじゃ風邪を引いて大変だろうから、私が連れてきたんだ」

「え、あなたが?」

「そうさ。君達をここまで連れてくるの、結構大変だったからな」

「わざわありがとうございます」

「いいっていいって」


 そういうことだったんだ。良かった。僕はまだしも、多分凜はあのままだと危険だっただろうし。


「申し訳ないが君は私が勝手に着替えさせたよ。あ、そこの嬢ちゃんの着替えは女性スタッフに任せたから、大丈夫」


 僕は重い体を動かして上半身を起こす。


「あなたのおかげで助かりました。お名前をお聞きしても?」

「私のことは気にするな。だたの通りすがりの、男士道を進む男だ」


 だんしどう? 何だろう、それ。

 おじさんは自分の荷物を持って立ち上がる。


「じゃあ、私は失礼する。あとは若い二人で楽しんでくれ。あ、ホテル代はもう払ってる。そこのお金は朝食にでも使うといい。」


 そう言って小机の上に置いてあるお札を指さす。

 朝食? 別払いでご飯を食べれるのかな?


「わざわざホテル代まで、ありがとうございました」

「子孫繁栄は生物の本能だ。私はそれを尊重する」


 おじさんはそのまま部屋を出て行った。

 ……最後の言葉、どういうこと?

 何だったんだろう、あの人は。

 僕は再びベッドに横になる。

 正直、体が重くてあまり動きたくない。もうちょっと休んでいよう。

 隣で眠る凜を見る。凜は小さな寝息を立てていた。

 昨日は、本当に色々あったな。普通に死んだと思ったのに何でか生きてるし。それに、凜があんなに感情的になるのも初めて見た。

 僕の異能のことや凜のこと。考えることが色々ある。


「……ん……んう?」


 凜は起きたのか、薄めでこちらを見る。

 すると、凜は体を寄せて僕の腕に抱きついた。

 僕の腕、抱き枕じゃないんだけど。

 ……多分、普段の僕なら今起こっていることにドギマギしていると思う。だって、女の子が同じベッドで僕の腕を抱いて寝ているんだし。でも、昨日のことを考えたり、全身の脱力感だったりがあるせいで、そこまで僕に変化はなかった。

 ……あれ、ヤバい。今になってドキドキしてきた。今の全部嘘かも。


「……ん……陽也?」


 そう言って凜はきょとんとした顔でこちらを見る。

 すると、僕の腕から離れ、凄い勢いでベッドの端まで移動した。


「なっ、ななななななななっ!? えっ!? どういう状況!?」

「おはよう、凜」

「あ……おはよう。って、そうじゃねえよ!!」

「えっと、ちゃんと説明するから落ち着いてね」


 それから、僕はさっきまでいたおじさんのことを話した。


「そういうことだったのか。優しいじいさんだな」

「だね」

「それはいいけどよ……何でよりによってここなんだよ」

「? よりによってってどういうこと?」

「陽也は知らなくていい」


 そう言う凜の頬は赤く染まっていた。


「凜……ちょっといい?」

「あ? 何だよ」


 僕は凜に近づき、手を凜の額に当てる。

 我ながら何をやっているんだろうと思う。ベッドの中で凜との距離が凄く近くなってしまった。心臓が高鳴る。


「……何してんだよ」

「いや、えっと、顔が赤いから熱があるかもって思って」

「心配すんな。熱はねえよ」

「そっか、良かった」

「一応言っておくけどよ……陽也も顔赤いぞ」

「…………」


 僕は無言で凜と距離を置く。

 凜も何も言わず、ベッドから起きて洗面所に向かった。

 やばいな~これ。凜とどう接するべきか分からなくなっちゃった。どうすればいいんだろ。

 少しして、凜が戻ってくる。そのままソファに座った。


「ねえ凜。お腹すいたからご飯食べない?」

「……それもそうだな」


 そう言って凜はメニューを手に取る。


「私はサンドイッチとかでいいか。陽也は?」


 僕は上半身を起こしてメニューを見る。

 食堂とかに行かなくてもここで食べられるようだ。

 体が疲弊している僕にはとても助かる。


「そうだね……僕も同じのにしようかな」

「あ、じゃあ私変えるわ」

「え? 何で?」

「同じのだとつまんないだろ?」


 そう言って凜は固定電話を手に取って注文をする。

 なんて言うか、随分と手慣れてる気がする。

 注文を終え、凜は固定電話を戻す。


「ねえ、凜。凜ってこのホテルに来たことあるの?」

「なっ!? ま、まあ、一回だけ、友達と」


 凜は目を泳がせながら言った。

 随分と歯切れが悪い。

 どこか様子が変な気がする。どうしたんだろう?

 すると、凜は深呼吸をして自身を落ち着かせる。


「……陽也。体は大丈夫か?」

「痛みとかは無いけど、凄く怠いかな」

「そうか。多分、血を失いすぎたせいだな」

「そうなの?」

「ああ。私の異能は傷を治せても失った血は戻せない。まあ、あの多量出血で生きているのは異常だが」

「そうだね……正直、僕も自分が生きているのに驚いてる」


 そもそも、僕は自分が超異人だと知ったきっかけは幼い頃に負った小さな怪我だ。あの時、あまり痛み感じなかった記憶がある。

 当然、それだけじゃ自分が超異人とは思わない。

 確か……誰かに言われたんだ。君は超異人だって。

 何故か僕はその言葉に納得して、自分が超異人だと信じて疑わなかった。

 今思えば不思議だ。


「死なない異能か……凄えなそれ」

「凜も傷を治すことが出来るなんて凄いよ」

「まあ、普通の人間には出来ねえからな。だが……何となく、危険な気がする」

「危険?」


 その時、扉からノックの音が聞こえてくる。


「飯か。私が出る。どうせ陽也は動けないだろ?」

「ありがとう」


 凜は静かに笑って扉に向かい、料理を受け取る。

 そのまま料理を机の上に置く。

 机はベッドの側にあり、僕は机の方に寄った。

 机には二つのサンドイッチとサラダ、それにスープまで付いている。


「いただきます」


 そう言って僕はサンドイッチを口に運ぶ。

 ……美味しい。

 チラリと凜を見る。

 どうやら凜はトーストを頼んだみたい。僕と同様に二枚ある。

 凜はトーストを口に運んでもぐもぐしていると、こちらの視線に気づく。


「……何だよ」

「いや、美味しそうだなって思って」

「食うか?」


 そう言って食べかけをこちらに向ける。

 

「え? いいの?」

「いいぜ。あ、いや、やっぱダメ、ダメダメ」


 凜はトーストを食べながら手を付けていない方のサンドイッチを指さす。


「それと私の食っていない方のトースト一枚を交換だ」

「いいね。そうしようか」


 僕がそう言うと凜がひょいと僕のサンドイッチを取る。

 僕も凜のトーストを貰っておく。

 まあこっちはサンドイッチを食べきってからにしよう。

 こうして僕は何も話さず、サンドイッチを食べていく。


「あ、そうだ。テレビでも付けよっか」


 僕が近くにあったテレビのリモコンを手に取る。

 すると、凜は慌てて僕のリモコンを奪い取った。


「お前っ!! それは駄目だろっ!!」

「ちょ、急にどうした?」

「うるせっ!! テレビは見ない!! 以上!!」


 うるさいって、凜の方がうるさいんじゃ?

 まあ、そんなに見たくないならいいんだけど。

 凜は自分の側にリモコンを置いた。

 少しして、凜は落ち着きを取り戻す。


「……なあ、陽也。陽也はこれからも黒の棺ブラック・カスケットにいるのか?」

「まあ、そうかな」

「何で陽也はその組織にいるんだ?」

「さあ、なんでだろう。もうきっかけもあまり覚えてないや」

「……じゃあ、組織を抜けないか?」


 凜は真剣な表情になる。


「組織を?」

「ああ。私らの組織に入ろう。多分、しばらくは打ち解けられねえけど、いつか仲良くなれるはずだ。皆いい奴だからな」

「さくらさんは生きてるんだよね?」

「そうだな」

「僕はさくらさんを殺しかけた。凜は僕の行いを水に流すってこと?」

「……分かんねえ。でも、水に流したい。私は強欲なんだ。さくら達とも仲良くしたいし、陽也とも仲良くしたい。なあ、どうだ? 私が上手く言うからさ」


 僕はサンドイッチを食べ終え、トーストを手に取る。


「ねえ、これってただのトーストなの?」

「ん? ああ、ハニートーストだって」

「ハニー!? 絶対美味しいでしょ、これ」

「まあ、美味かったな」


 ぱくりとトーストを食べる。


「あ、甘い……美味しい」

「ふっ、それは良かった。それで、どうなんだ? 私達の組織に入らないか?」

「ごめん。組織を抜けるつもりはないよ」

「……理由を聞いてもいいか?」


 僕は咀嚼をしながら思案する。

 理由、か。僕には大した目的とか、そういうのは持っていない。じゃあ何故か。


「う~ん……居心地がいいから、かな?」

「そっか。それなら仕方ないか」


 凜は視線を下に降ろす。


「私……これからどうすればいいんだろうな。仲間が必死に戦っていたというのに、私はその敵を助けてしまった」


 そう言う凜は複雑な表情を見せる。


「……じゃあ僕を助けたことを仲間に隠す?」

「いや、これほどのことを仲間に隠したくない」

「じゃあいっそ全て言ったら?」

「そっか、そうだな。全て話してみる。私をどうするかは仲間に決めてもらうか。仲間はきっと良くは思わないだろう。組織から追放されるかもな」


 凜が僕を見据える。


「陽也、もし私が組織を追放されても友達でいてくれるか? 組織を出たら……こっちの世界を知る友達は陽也だけになるからな」

「もちろん、僕と凜はずっと友達だ」

「ありがとう、陽也」


 気づけばお互い、食事を終えていた。

 凜はソファから立ち上がる。


「陽也、立てるか?」


 試しに立ち上がってみる。

 ちょっときついなあ。


「立てはするけど、歩けないかも」

「マジかよ……分かったよ、肩貸してやる」

「ありがとう」


 凜の肩を借りて僕達はホテルを出る。


「陽也、このホテルにいたことは誰にも言うなよ。絶対に」


 凜はキョロキョロと周囲を見ながら言う。


「まあ、いいけど」


 僕とホテルに泊まったことを言うのが嫌なのだろうか。まあ僕も他の人に言いにくいからな。実際は知らないおじさんもいたけど。一体何者だったんだろう。

 僕は後ろを振り返る。

 あまり見慣れないけど、結構いいホテルだったな。ホテルに止まる機会があればまた使ってもいいかな。まあそんな機会無いと思うけど。


「陽也の家ってここから結構遠いよな?」

「うん。電車を使った方がいいと思う」

「そうだな。私の家も陽也の家の方角だから、家まで送ってってやるよ」

「ありがとう、凜」


 こうして僕達は最寄りの駅に向かって歩いて行った。

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