第21話

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーどれくらい時間が経っただろう。

 聞こえてくるのはずっと雨音。

 壁にもたれかかってずっと座り込んでいた。

 体はまともに動かない。

 全身はとうの昔に冷えきっている。

 様々な場所に傷があり、腹部はぱっくりと上下に割れている。

 その腹部からは、中にしまわれていたであろう臓物の一部が垂れていた。

 …………それなのに、僕はまだ生きている。

 全身が痛む。特にお腹が痛い。そんな感覚が確かにあった。

 僕が生きている理由は何となく分かっていた。

 自分の異能をずっと勘違いしていたんだろう。僕の異能は痛みを軽減する能力じゃない。

 多分、僕は死なない。そういう能力なんだ。

 僕の異能は想像よりずっと凄かった。まあでも、今の状況だと動けなきゃいくら不死でも意味ないんだけど。

 見えない何かにやられてから、かなりの時間が経った。

 数分どころじゃない。数十分、下手したら一時間を超えているのかも。

 ……多分、仲間は来ない。見捨てられた気がする。まあ来たところでこんな状態じゃどうしようもないけど。

 唯一可能性があるとすれば、凜が来ることかな。正直、彼女でもこれほどの傷を治せるとは思えない。

 実質、詰みといったところか。


「ーーーーーーーーーー陽也」


 永遠とも思える雨音の中、聞いたことのある声が聞こえてくる。

 気づくと、目の前に見慣れた人が立っていた。


「……凜……だよね」

「そうだ」

「……何でここに?」

「陽也が死んだと聞いて、探し回った」

「あいにく……生きているようだね」

「その傷、痛いか?」

「うん……凄く痛い」


 凜は黙り込む。


「僕……隠していたことがあったんだ」

「知ってる」

「そうだよね……当然だ」

「陽也の家で勉強会をしたの、覚えてるか?」

「うん……しっかりと覚えてるよ」

「あの時、私が隠し事は誰でもあるって言った。陽也の隠し事はこのことか?」

「……そうだね」

「そうか」


 再びお互いに静かになる。

 雨音が妙に際立って聞こえる。


「今日の戦いで、仲間が一人死んだ」

「……そっか」

「陽也と戦った私の仲間が、戦いのせいで意識を取り戻してからずっと怯えていた」

「……そっか」

「私は仲間が傷つくのを目の前で見た」

「……そっか」

「私、そして私の仲間全員が心に傷を負った」

「……そっか」

「私はっっ!!!!」


 突然凜が声を荒げる。


「友達が仲間を殺そうとしていたことを知ってしまった……」

「……そっか」

「何で……何で、陽也は同じ事しか言わないんだよ……」

「……特に言うべきことが無いと思ったから、かな」

「何だよ……それ……何で……何で……何でなんだよ……」


 そう言う凜の声は震えていた。

 僕は何も言わない。


「何でっ!! 私がこんなに辛いのに!! 何で陽也は私に言葉を投げかけないっ!!」

「……何でだろう」

「私は陽也と友達だと思ってた!! 陽也も友達だと思ってくれてると!! そう思っていた!! なのに何で陽也が敵なんだ!! 何で私の仲間を殺そうとする!!」

「……僕が黒の棺ブラック・カスケットに入っちゃったからかな」

「分かんねえよ!! 陽也のこと何も分かんねえ!! 何もかもが分かんねえって!!」

「……そうだね……きっと凜には分からない」

「何で私には分かんねえんだよ!!」

「……多分、凜は僕にないものを持っているから……かな」

「全然分かんねえよ!! 何で私の気持ちに気づかない!! 何で私のことを察してくれない!! 何で……何で陽也は平然としているんだよ……」


 そう言って凜は膝から崩れ落ちる。


「……これが僕だよ」

「何だそりゃ……私、陽也のことも分かんねえし、もう自分のことも分かんねえよ。仲間が傷ついて、凄く辛い。目の前にさくらを傷つけた存在がいる。それなのに……私、陽也が死にそうになってるのを見るのが……凄く辛い」

「……それは友達……だからってこと?」

「そうだよ、友達だからだよ!! 大体、その大怪我、痛いだろ!! 苦しいだろ!! なのに何で私に助けを請わない!! 私の異能は知ってるだろ!!」

「言わないよ……その異能を使うのは……凜自身だ……僕が言うべきじゃない」

「……訳、分かんねえよ」


 そう言って凜はその場でうずくまる。


「凜……僕の異能は多分……死なないことだと思う」

「……ずっと死なないのか?」

「分からないけど……そんな気がする」

「今それを言うなよ……そんなこと聞いたら、助けるしかねえじゃねえか……」

「……ごめん……でも、言うべきだと思った」

「……何で?」

「……やっぱり、友達に隠し事は……したくないなって思って」

「……ふざけんな……苦しいのは嫌だからって、自分が助かりたいからって言えよ!! それだったら……よっぽど共感できたのに……」

「ごめん……でもやっぱり……凜と友達になれて良かった」

「急に何言ってんだよ……」

「僕さ……自分が周りとは違うって……何となく分かってたんだ……」


 凜は黙って僕の言葉を聞く。


「それでさ……今まで友達が出来たこと……無かったんだ……凜が初めてだった……」


 僕は「それに」と言って続ける。


「凜は僕にないものを持っていた……思いやりとか……そういうのをね……」

「……それで?」

「それで僕は……凜に教えて欲しかったんだ……僕に無いものを……でも、少しだけ……分かった気がする……」

「……何が分かったんだよ」

「凜の仲間が傷ついて……辛い思いをしていることを、かな……だから、僕は構わない……凜が僕を見捨てても……」

「何だよ……それじゃあ陽也はずっと痛くて、苦しくて、辛いじゃねえか」

「僕のことはいいよ……だって、僕と凜は……友達だからね」


 僕がそう言うと、凜は声を荒げながら泣いた。

 理由は分からない。彼女が何を思って、何故泣いているのか。

 でも、多分、彼女が泣いているのは優しさ故なんだと思う。

 本当に優しさなにか僕には分からないけど。

 ただ何となく、そんな気がした。






 少しして、凜は泣き止んだのか、僕の側まで寄ってくる。


「今から、治す、からな」


 言葉は途切れ途切れに発せられ、鼻をすする音が聞こえた。


「……僕を……見捨てないんだね」

「そんなの、当たり前だろ」

「……ありがとう」


 凜は大雨の中、外に溢れた僕の臓物を右手で拾い上げる。


「今からこれを陽也の腹に入れる。痛えだろうが、我慢しろ」


 僕は無言で頷く。

 すると、凜は左手の指を傷口に入れた。


「ぐう゛う゛ぅぅっっ!!」


 熱い!! 痛い!! 何だこれ、腹の中をいじくられるの、凄く痛い!!


「陽也!! 力を抜け!!」


 そう言われても、痛いと力が入ってしまう。

 僕は痛みに耐えながら懸命に力を抜くように努力をした。


「う゛う゛っっ!!」

「もう少しだ……良し!!」


 臓物を入れ終えたのか、凜は血だらけの手で傷口を押さえる。

 すると、少しずつ体が楽になっていくのを感じる。体の奥の痛みがなくなっていく感覚。僕の体の中を治癒しているのだろうか。


「……ぐっ」


 凜は一瞬、力が抜けたかのように崩れかけるが、それを堪える。


「…………ふう、とりあえず一番の傷は治った」

「凜……ありがとう……」

「まだ終わってねえよ。体のあちこちに傷があるだろ」


 そう言って次々と傷を治していく。

 あんなに酷かったのに、それを治せる凜は凄いな。

 しばらくして、僕の体から傷がなくなった。


「これで、大丈夫な、はずだ」


 そう言うと凜は僕に重なるようにして倒れた。

 僕は凜を抱きかかえる。


「凜……大丈夫……?」

「大丈夫、と言いてえ所だけど、異能を使いすぎた。しばらく動けねえかも」

「えっと……僕も動けないんだけど……」


 その時、さっきまで降り続いていた雨がピタリと止まった。

 僕は空を見上げる。

 どうやら雨雲が過ぎたらしい。空に星が見える。


「……どうしようか」

「分かんねえ。だが、もう少しだけこのままでいさせてくれ」

「……いいよ」


 凜の体は雨に濡れて冷たいのかも知れない。でも、完全に冷え切った僕には凜の体は太陽のように暖かく感じた。

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