第20話
戦いが終わってからおよそ二時間後。
理世は歯を食いしばりながらアジトのソファに座っていた。
「ごめんね、理世。私のせいで敵の二人を逃がしちゃった」
すぐ隣に座るてぃあらが言う。
「いえ、てぃあらのせいじゃない。私が完全に油断した」
完全に想定外だった。
あの時、追っていた二人のうち、男の方を氷漬けにした。普通なら動けないし、死んだものだと思った。だけどあいつは動いた。無理矢理体を動かして。
結局そいつの仲間に回復されたのか、そのまま逃げられてしまった。
あの時、てぃあらの動きは決して悪くなかった。だが、相手の精神力が一枚上手だった。
「二人……少なくても女の方を殺しきるべきだった。それなら確実に敵戦力が大きく低下したはず」
「でも、そう上手くいかないいかないんだよねえ。何でだろう?」
「……私達が弱いからじゃない?」
「そっかあ。じゃあ強くならないとね」
その時、部屋の扉が開かれる。
視線を送ると、そこには竜一郎と
「おっ、お帰り竜一郎!」
「ただいま」
てぃあらの言葉に竜一郎が返事をする。
「あれ、悠。どしたのそれ?」
見ると、悠の右腕が肘から無かった。包帯が雑に巻かれ、大量の血が染み出していた。
「敵にやられたんだよっ!! くそっ!! 絶対に殺す!!」
私は説明を求めるように竜一郎に視線を送る。
「どうやら向こうに透明がいたみたい」
「透明が? 前にここにはいないって言ってなかった?」
「それが嘘の情報っぽくてさ、悠の右腕をごっそり持っていかれちゃった」
「嘘の情報?」
「大方、典義が今回のことを想定して仕組んでたんだろうね。一杯食わされたよ。あ、ソファ貸してくれる?」
私とてぃあらがソファを避けると、悠がソファに横たわる。
てぃあらは悠の近くで傷をじっと眺める。
「うわ、まるごとなくなってるね。これからの生活が大変そう」
「てめえ、他人事みたいに言ってんじゃねえよ。こっちはクソ痛えのによ」
「でも私、右腕を失ったことがないから痛さとか分かんないよ。ねえ、どのくらい痛いの?」
「喧嘩売ってんのか? そんなに気になるんなら自分の腕でも切ってろよ」
「……いつもならイライラしそうだけど、悠が苦しそうな顔をしてるから可哀想になってきたかも」
「殺す」
……相変わらずのやり取りだ。何で二人はあんなに相性が悪いんだろうか。
竜一郎は二人の様子を微笑ましく眺めてからこちらを見る。
「悠は大怪我を負ったけど、一人戦力を削ることが出来た」
「それってもしかして
「その通り。あの銃弾を操る男ね」
竜一郎の言葉にてぃあらは「あぁ!」と理解する。
「章は戦い始めてから長いからね。章を殺せたのはこちらにとって大きなプラスだ」
「そうね。向こうの士気にも関わってくるだろうし」
「そうそう……あれ? 陽也がいないようだけど、まだ戻ってきてない?」
「え? 私はてっきり竜一郎達と合流したとばかり」
「僕は知らないよ? ちょっと待ってて、電話してみる」
そう言って竜一郎がスマホを取り出して電話をかける。
「……出ないね」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が頭をよぎる。
私が口にするより先にてぃあらが言う。
「もしかして陽也、死んじゃった?」
「……陽也はてぃあら達と一緒にいたんだよね?」
「途中で水の女の足止めを任せたよ」
「そうか……そうなると、生きている可能性は低いね」
私は動揺する。
「陽也を探しましょう」
「それはやめとけ」
泰三が私を制止する。
「……どうして?」
「向こうに透明がいる。向こうで待ち構えていたら対応が難しい」
「でも、陽也がっ!」
「理世、悪い癖が出ているぞ。仲間の死に動揺するな。それが隙になる」
「……っ!」
泰三の言う通りだ。ここでは仲間の死は珍しくない。それなのに、何で私はこんなに動揺しているのだろう。
「ごめんなさい。私、ちょっと変になってた」
「分かればいい」
するとてぃあらが口を開く。
「まあでも、仕方なかったのかもね。陽也、弱かったし。もっと異能が強ければまだ何とかなったかもしれないけど」
「……そうね」
「でも少し寂しいなあ。陽也、よくアジトに来てくれてたし」
私は知っている。ここにいる人間は頭のネジが外れていることを。
多分、私は皆よりまともだ。でもそれを
でも、どうしても仲間が死ぬと素の自分が出てしまう。今回は特に顕著だ。いつもと変わらない、ただ仲間が死んだだけなのに。
すると竜一郎は一番座り心地の良さそうな椅子ーー竜一郎の特等席に座る。
「敵は一人に対してこちらは一人と腕一本か……こちらの被害もあるけど、一番戦力の低い陽也が犠牲になったのを良しと考えるべきかな」
「あ? おい竜一郎、それは違えだろ」
苦しい表情を浮かべながら悠が言った。
「どういうことだい?」
「竜一郎は忙しくて陽也のことが分からなかっただろうが、あいつは戦い向きの性格だったぜ。断言できる。陽也は将来、俺より使える人間になっただろうよ」
「悠がそこまで言うなんて……どうやら僕の見当違いのようだ。こちらも相当な痛手だったね」
「そうだ。陽也を足止めに使ったのは正解だと思うぜ。ああ、くそ。右腕が痛え」
悠はこちらを見ながら言った。
私は陽也の戦いを実際に見たことはない。ただ単純に赤髪の女が陽也の友達だと判断して、陽也が邪魔になる可能性があったから足止めを任せただけだ。
あの時は復讐心でいっぱいいっぱいだった。でも、少し考えればすぐに分かる。ほぼ普通の人間である陽也がさくらの足止めなんか出来るわけがない。
でも、何でだろう。あの時は何故かいける気がした。悠の言うように、陽也が戦い向きの性格で、私は無意識にそれを理解していたのかも知れない。
陽也を簡単に死なせてしまった。
……馬鹿だなあ、私。
「皆思うところがあるだろうけど、今は良いところを見よう。敵の戦力を大きく削れたんだ。これは大きな前進だ」
「……そうね」
竜一郎の言う通りだ。これで戦況が大きく変わる可能性がある。素晴らしいことだ。
「よしっ。夜も遅いし、今日は解散しよっか。お医者さんを呼んでるから、悠はここにいてね」
「ああ、あんがとよ」
すると、泰三が「失礼する」と言ってアジトを出て行った。
心にわだかまりを抱えつつ、私も泰三に続いてアジトを出て家に向かった。
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