第19話
「とりあえず、何とかなったな」
椅子に座る凜が言う。
「そうだな。でも、さくらが……」
俺はすぐ側のベッドに横たわるさくらに視線を送る。
「だから大丈夫だって。私の言葉を信用してくれよ」
「それはそうだけど……やっぱり心配だ」
「まあ確かに……さくらには早く意識を取り戻して欲しいな」
凜の言葉に俺は頷きで帰す。
俺と凜、さくらは現在、とある一軒家の中にいた。
俺達の拠点ーー拠点と言ってもあくまでさくらの家なのだがーーが
幸いにして僕と凜は大きな傷を負うことなくここまで来ることが出来た。いや、正確には傷を負ったが。凜の異能で直してくれたおかげで何とかなった。
「凜、ありがとう。凜のおかげで俺は死なずにここに来れた」
「私はたいしたことしてねえよ。颯真の異能で敵から逃げられたんだ。むしろ私が感謝してる」
「そっか。じゃあお互い様だな」
「……そうだな。お互い様だ」
俺と凜は薄ら笑いを浮かべる。
まだ俺達は喜べない。さくらのこともあるし、何より章さんのことが気になる。海斗さんが向かっているし、章さんなら大丈夫だろう。
だけど、何だろう。嫌な予感がする。章さんは長い間戦ってきた。言ってしまえばベテランだ。むしろ心配する方が失礼な気がするが……。
その時、ベッドからもぞもぞと音が聞こえてくる。
見ると、さくらが目を覚ましていた。
「さくら!! 大丈夫か!!」
思わず俺は声を荒げる。
「……颯真? それに凜も……あれ? ここは?」
「ここは私らの避難場所だ。さくらがやられていたところを海斗が助けてくれたんだ」
「凜……そっか、そうだね。私……陽也君と戦ってて……それで……」
すると突然、さくらが頭を抱え込む。
「あ、あ、ああ……」
何だ? さくらの様子がおかしい。
「さくら? どうしたんだ?」
「いやぁっ!!!!」
俺の手をさくらが思い切り払う。そのままさくらは布団に潜り込んでしまう。
「さ、さくら!? 何があった!?」
「やだ……来ないで……」
さくらが完全に怯えきっている。
俺は隣にいる凜に視線を向ける。
「凜、これは一体……」
「大方戦いで何かがあったんだろう。それ以外考えられねえ」
「そんな……まさか、陽也が……」
「……なあ、颯真。ちょっといいか?」
そう言う凜の唇は震えていた。
「どうした?」
「その、今聞くことじゃないかも知れねえが……陽也って、もしかして
「え? 何で凜が陽也のことを知ってーー」
その時、玄関から扉が開く音が聞こえてくる。
「
「まあそうだろうな。やっと帰ってきたか」
足音は僕らのいる部屋へと向かっていく。
そして僕らの部屋の扉がゆっくりと開けられた。
「……あれ? 章さん?」
そこには章を両手で抱える海斗の姿があった。
章は目を閉ざし、微動だにしない。
「海斗さん、章さんは?」
「……章さんは亡くなった」
衝撃的だった。開いた口が閉じない。現実が見えてないようだった。
海斗は部屋を出る。
何をしに行ったのか分からない。
少しして、海斗は一人で部屋に戻ってきて近くの椅子に座る。
彼の袖には大量の血が染みついていた。
「海斗さん、章さんは?」
「おい、何度も聞くな」
凜は静かに僕を制止する。
「いい、凜。颯真はこれが初めてだ」
そう言って海斗は冷静な表情で俺を見る。
「敵に背中から撃たれたようだ。出血量からして心臓まで届いただろう。俺がたどり着いた頃には意識はかなり薄れていた」
「章さんはそう簡単に死ぬわけがない!! だって、俺らの中で一番のベテランでしょ!!」
「颯真……戦っていれば誰でも死ぬ可能性はある。たとえ歴戦の猛者でもだ」
「でも……章さんが死ぬなんて、あんまりですよ……そうだ、凜!! 何とかして直せないか!? ほら、俺を救ったみたいに!!」
凜は下を向きながら言う。
「無理。私が出来るのは傷を治すこと。死人を生き返らせることは出来ない」
「そんな……」
その言葉に呆然とする。
何でこうなってしまったんだ。章さんが囮になるって言ったときに反対すれば良かったのか? それなら皆で戦って、皆生き残れたのかも知れない。
俺は……選択肢を間違えたのか?
「こんなことなら、俺が死ねば良かった」
「ーー颯真っ!!」
海斗の怒号が響く。
「今の言葉は言ってはいけない。章さんの死を無駄にするのと等しい」
「そんな……俺はそんなつもりじゃ……」
横から凜が口を開く。
「颯真、あまり適当なことを言うな」
「……何で、何で二人はそんな冷静なんだ! 章さんが死んだんだぞ!」
「冷静なわけ無いだろっっ!!!!」
聞いたことのない声だった。
「お前なんかより私達の方がずっと付き合いが長いんだ!! 辛くないわけがないだろっ!!」
そう言う凜の顔は凄く苦しそうで、悔しそうで、悲しそうだった。今にも泣き出しそうなのを我慢しているように見えた。
何やってんだ俺は。皆が優しくて仲間思いなのは知っていた。それなのに、俺はなんて酷いことを言ってしまったんだ。
「……ごめん、凜」
深く頭を下げ、海斗に向き直る。
「すみません……俺が浅はかでした」
「ああ、今のは軽率な軽率な発言だ。だが、颯真にとって仲間がいなくなるのは初めての経験だろう。混乱するのも仕方ない」
そう言って海斗はさくらがいるベッドに視線を送る。
「……さくらに何があった?」
海斗の問いかけに答える。
「さくらは、意識を取り戻してから何かに怯えているかのように布団に潜ってて……」
「そうか……」
「……俺、悔しいです。敵に攻撃されて、仲間を失って、凄く悔しいです」
「ああ、俺も悔しい」
「俺、強くなります。皆を守れるように、絶対に強くなります」
そう言うと海斗は僅かに口角を上げる。
「そうだな、颯真。強くならないとな。颯真、凜、それにさくら。章さんからの言伝だ。”組織の信念を曲げずに、真っ直ぐ突き進め”」
その言葉に、俺は気を引き締めて言った。
「はいっ!!」
すると、凜が海斗に対して口を開く。
「なあ海斗。海斗がさくらを助けたよな?」
「ああ、そうだ」
「敵はどうした? 殺したのか?」
「……腹を大きく裂いた。あの傷で生き残れることはまず無いだろう」
それを聞いた凜は突然椅子から立ち上がり、早足で歩いてドアノブに手をかける。
「凜、どこに行くつもりだ?」
「……少し外に出る」
「この雨の中か?」
「私のことは気にしなくていい。大丈夫、危ないまねはしない」
そう言って凜は部屋を出て行った。
「か、海斗さん。凜はどこに?」
「分からない」
「そんな!? 今すぐ追わないと!!」
「やめておけ。颯真も大して動けないだろ」
「そ、そうですがっ!!」
「それに凜は賢い。この状況で無謀なことはしないはずだ。それに、さくらを一人にするな」
「っ……はい」
海斗さんの言う通りだ。異能を使いすぎたせいか、全身が筋肉痛のように痛む。今の俺では凜を追っても何も出来ないだろう。
それに、今はさくらの方が心配だ。
「俺は別の部屋にいる」
「え、海斗さんもここにいた方がいいんじゃ?」
「いや、颯真の方がいい」
そう言って海斗は立ち上がり、部屋を出て行った。
俺はベッドに視線を送る。
「……さくら、大丈夫か?」
「…………」
返事はない。
「何があったんだ?」
「……怖い」
「怖い? ……何が怖いんだ?」
「……陽也君が……怖い」
陽也が? 一体陽也は何をしたんだ?
「大丈夫、ここに陽也はいない。安心してくれ」
「……陽也君は普通じゃない」
まあ確かに、俺と戦った後でも平然と学校に来るからな、あいつ。
「陽也は普通じゃないかもな」
「かもじゃない!! あれは……人じゃないよ……」
「人じゃない?」
「私を見る目が異様だった……あれは私を人間として見てない……まるで虫を見るような目だった……」
「虫を見るような?」
俺は陽也との戦いを思い出す。
あの時、陽也は躊躇無く俺に拳銃を向けた。思い返すとあれは異常だ。
女性は男性より洞察力が高いとどこかで聞いたことがある。もしかしたらさくらは俺が気づかなかった陽也の何かに気づいたのかも知れない。
「私……多分、学校に行けない」
「それは……陽也がいるからか?」
「そう……怖い……」
「だけど海斗さんが陽也を殺したって……」
「あれは……簡単に死なない……死んでも私を殺しに来る……絶対に……」
さくらがそこまで言うなんて、一体どんな戦いがあったんだ……。
「僕が言うべきじゃないだろうけど、しばらく学校を休むべきだ。俺が行って確認するから、陽也がいなかったら一緒に学校に行こう」
返事は返ってこなかった。
その後も俺はさくらの側に居続けた。さくらが寂しい思いをしないように。
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