最終話 新しい世界

 もう……後戻りは出来ない。

 最後の一歩を踏みしめ彼女に声をかける。



「ごめん、遅くなった――渚」



 振り返った渚は――喜びと悲しみが混じりあった表情をしていた。

「告白の返事がしたい。俺も渚が好きだ!俺と付き合ってください」

 そう言い切り、右手を差し出す。

 告白は渚が先だった。

 だから、交際のお願いは俺から……。

「その……選んでもらえて嬉しいですが……後悔しないですか」

「しない」

「雫ちゃんみたいに元気いっぱいじゃないですよ」

「渚の良いところは沢山ある」

「オタク趣味の女の子ですよっ?良い顔されないかもですよ……?」

「周りは関係ない。俺が良ければそれでいいんだよ」

 ザッザッと足音が近くなる。

「……渚――んぐっ!?」

「ありがとうっ……ございます……!」

 思い切り抱きつかれた。

 反動で倒れそうになるが何とか堪える。

「うぅ……ありがとうございます!ごめんなぁさいぃ……」

 俺に抱きついたまま泣き始めてしまった。

 安堵と喜びからか……。

 罪悪感からか……。

『ごめんなさい』は誰に対してなのか――。

 そっと背中に手を回し、渚が泣き止むまで静かに頭を撫で続けた。



「聞いても……いいですか……?」

 俺の胸に顔を埋めたまま問いかけてくる。

「なに?」

「私を選んだ理由って……?」

 まぁ、気になるよな。

「一緒にいて心地良いと感じたからだよ。渚に振り回されながら、色んなところに行くのが楽しいって……そう思ったんだ」

「そうですか……。頑張って良かったです」

「落ち着いたなら、そろそろ行こうか」

「わたし……いま雫ちゃんの顔を見れる気がしません」

「それでもだよ」

 渚の手を引き公園へ向かう。



 ――――


 十七時の夕暮れのアナウンスが響き始める。

 期待が不安に。

 不安が絶望に変わり始めていた。

 ジワ……と視界が霞んでくる。

 アナウンスが終わり静寂が当たりを立ちこめる。

 聞こえるのは――

「うっ…………うぐッ…………、っく…………」

 僕の嗚咽だけ。

 突然聞こえる、ザリっザリっ――ややすり足気味で近づいてくる足音。

 その人は僕の座ってるベンチの横に腰を下ろしたのがわかった。

 そして、優しく頭を撫でられる。

「まぁ……。よく頑張ったよ、雫は」

「かなこぉ……僕頑張ったんだよぉ……一生懸命っ、やってたのに……っ!」

「うん、知ってるよ」

 あぁ……もう無理……。

「――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 僕の長い長い初恋が……今日、終わりを告げた。



「……ぐすっ……どうしよう……」

「なにが?」

「いま……渚と和葉を見たくない……」

 フラれたばかりの僕には、二人は眩しすぎる。

 なんであんな約束をしちゃったんだろう……。

 きっと、心のどこかで負けるはずがないって高を括っていたんだろうね。



 ――



 公園までたどり着いた。

 雫は泣き腫らした目で渚と俺を見る。

「……雫ちゃん……」

「渚…………」

 お互い向かい合ったまま動かない。

 動いたのは渚だ。

 腰に手を当て胸をそらし――

「ど、どうだ!わたしが……選ばれたんだっ!」

 途中何度も言い淀みながら勝利宣言をする。

 雫はギリッと奥歯を噛み――

「あぁ!もう!悔しいっ!渚に勝てるかもって思ってたのにぃ!!」

 勝利宣言に触発され、雫の溜まった気持ちが溢れる。


『選ばれた方は選ばれなかった人に対し勝利宣言をすること』


 これが、この二人の決め事らしい。

 失恋という精神的にやられている状態でやることじゃない気がするが……。

 ただまぁ……二人にとって後腐れを無くすための行動なのだろう。

 勝った方は負けた側の悔しさを受け止める。

 真偽は分からないが、そう思うことにした。

「和葉ぁ!」

「は、はいっ!」

 急に名前を呼ばれ心臓がはねた。

 渚とのやりとりは満足したらしく、俺をギロリと睨む。

「渚を泣かしたら絶交だからねっ!」

「……分かってる。大事にするよ」

「ふんっだ!渚!ご飯食べて帰ろー!……和葉の奢りでねっ!」

「……なぜ?」

 渚の手を引きズンズンと歩いていく。

 気がつくと柏崎は俺の横に立っていた。

「な?多少無理してるとは思うけど大丈夫だったろ?」

「まぁ……ね」



 夏休み明けが大変だった。

 俺と渚が付き合い始めたことが、あっという間に学校中に広まったこと。

 演劇部に気に入られ、半ば強引に演劇部に入部させられたこと。

 俺を取り巻く環境が一気に変化した。

「なぁ!夏休みに何があったんだよ、南雲!」

「お前のせいで宝条であれこれ妄想出来ねーじゃんか」

「お前もこっち側だと思ってたのにぃ!」

 久しぶりに会う三馬鹿トリオは血の涙を流していた。

「あぁ……うるさいうるさい」

 学年問わず、色んな人から抗議の声が届いて気が滅入る。

 と思えば、勢いよく教室のドアが開き――

「和葉!今回の主役は僕だってさ!これで一勝分僕が勝ち越しだね!」

「…………はいはい、じゃあ本気でやりますか」

「負けないからねっ!」

 一人で対抗心を燃やす雫の後ろから――

「な〜南雲〜メンズメイクの練習させてよ」

「えぇ……また?平気で一日潰すじゃん」

「その分カフェ奢ってるじゃん」

「……あ〜わかったよ」

「サンキュー」

 柏崎は最近、男子からもメイクを教えて欲しいと頼まれることが増えたらしい。

 だから、俺を練習台に日々練習している。

 こっちは休みが潰れるから、たまったもんじゃないけどな。



 ――昼休み

「ああ゙あ゙あ゙〜なんっなんだよもう!」

 お馴染みの屋上。

 ベンチの背に体重を乗せ、足を放り出しだらしなく座る。

「あはは……有名人ですね和葉くん」

「別に、普通のカップルが一組誕生したってだけなのにな……」

「それでなんですけど……今週の土曜日……デートに行きませんか?」

「あぁ……そうだね。先週は公演会で行けなかったしね」

「やったっ!」

 嬉しそうに小さく拳を握る。

「行きたいところがあって――」

 行きたいところを指折り数え楽しそうに笑う渚。

 それを見て温かい気持ちになっていくのが分かる。

 あぁ……この先の人生が楽しみだ。



 俺は『普通』というものを探していた。

 誰もが享受しているものが欲しかった。

 みんなが見ている景色を俺も一緒に見たかった。

 そのために環境を変えてまで探した。

 それなのに……。

 あぁ、なんだ。

 こんなに近くにあったのか。

 俺の捜し求めた『普通』は、何の変哲もないただの日常のはずなのに、俺の目にはこんなにも煌びやかに見えた。




 〜〜〜終〜〜〜




 最後まで読んで頂きありがとうございます!

 ここまで来れたのも、皆様の応援があったおかげです!

 また、縁があれば次回作も読んで頂けると幸いです!

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「『普通』を目指した俺。何故か超絶美女に囲まれてるんだが?」 水無月 @nagiHaru

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