第7話
初めて他の猫に打ち勝ったあの日から、草猫は暴力の限りを尽くした。ほかの猫の食料を奪い、草猫をいじめていた者をすべて殺し、加虐に身をたぎらせ、数日の間においてその社会を支配した。ほかの猫に身辺の世話をさせ、子供を多く作った。草猫の加虐趣味によってつけられた傷が治ることなく出産に至ってしまったがためにその直後に死んだ個体も多くいた。その事実は反省よりも興奮として消費され、徐々に命を落とす数が増えていった。それでもなお、草猫はとどまるところを知らなかった。
いくつ傷を増やしても、いくら許しを請われても、あの日見た手傷を負い、無様に逃げていく飼い猫の姿と比べると取るに足らないものだったからである。手なずけていたと思っていたやつに殺されるかもしれないという屈辱感と恐怖、勝てると思っていた相手と対峙した時に自分よりも大きいことに気づいた時の混乱した表情、あの時の飼い猫の一挙手一投足の意図を理解しを思い出すたびに体の芯がしびれた。
日を重ねるごとに、より他を蹂躙するほどに疼きは強くなっていった。しかし今は、アイツから逃げるときに負った傷を治すことが第一であるので、安静にするほかになかった。
そこから数か月経ってから、傷がいくつかましになったので、飼い猫を探すことにした。完治こそしていないが、十分に動くことができる。そして何よりこれ以上は我慢できないことが一番だった。目星はついているのでそこへ向かう。あいつはそこにきっといる。逃げて他のところにいることもないはずだ。飼い猫はそこがなければ生きられないということを草猫はよく知っていた。
その日はあの日と同じように朝早くから出て、探しに行った。草猫が向かったのはあの老婆がいた建物である。飼い猫はよくあの人間から餌をもらいに行っていた。それも自分で狩りをしなくともよいような量であったので、あいつはそこに依存しているはずと考えたためである。
今度はこちらが追う側であるが、以前のあいつとは異なり急ぐ必要はない。道中の景色がこれほどまでにきれいだったかと感嘆つつ、その場所についた。ついたはずなのだが、前とは異なりそこにはシャッターが下ろされ、中の電気のともっていない。シャッターのには張り紙が張られていたが猫には文字がわからないし、そもそも猫からしたらだいぶ高い位置にあったので何が書かれているのかはわからない。
それよりも草猫は当てが外れたことの方がこたえた。ここのほかに飼い猫がいくであろう場所など思いつかないからである。その日は手当たり次第に周囲を散策したがついには見つからなかった。次の日もその次の日も探してみたが見つからず、徐々に草猫の足が遠くなっていき、ついに完全にいかなくなってしまった。
それからというもの、飼い猫の影を忘れるためにより放蕩にのめりこんでいき、ついには自分の子供にも手を出し始めるといったことをして過ごしていた。草猫が支配してから二年が経とうとしたある日の晩、彼の子供の一人が草猫の喉と腹をずたずたに裂いて殺し、特に腹は文字通り腹の中が良く見えるほどに深く執拗に傷つけたようであった。朝にその死骸を見た人たち曰く、腹の中には無数の植物の根張り巡らされており、花とつぼみのようなものがあったという。
ある猫の社会にて 月下美花 @marutsuki
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