第6話

 「すみません、よろしければ私をここの社会に入れてもらえませんか。もちろん、ただ仲間にしろというわけではありません、私にできることがあれば何でも致します。身辺の世話や餌をとることなど、言っていただければ何でも致しますので仲間に入れてもらえないでしょうか。」

草猫は背を向けている彼らに歩み寄りながら振り絞ったようではあるが確かにそこにいる者の耳に入る声量で頼み、続けて

「手始めにそこの猫を痛めつけて見せましょうか。このような体ですがどこを嚙まれれば死ぬことなく痛めつけることができるのかなどは熟知しているつもりですから、任していただければすぐに楽しませて差し上げます。」

と徐々に調子づき始め、先ほどまでの絞った声が嘘のように雄弁に語って見せた。ここで初めて彼らは草猫が自分たちに話しかけているのだと気が付き追っ払わんとするためにこちらを見るや否や、悲鳴にもならない音をのどから出しながら逃げて行ってしまった。草猫は不思議に思いながらも、また別の猫に交渉してみようと前向き考えながらあたりを見渡すと、来た時にはたくさんいた他の猫たちも誰もいない。不気味に思いながらこれからのことを考えていたが、すぐに飼い猫のことを思い出し逃げようと震えた足で地面をけった時であった。後ろからドンドコドンドコとけたたましい音が迫っていることに気が付いた。振り返らずとも飼い猫のものだとわかり、恐怖が込み上げてきた。そしてなぜ他の猫たちがいないかが分かった。

「どこだ、どこへ行った。殺してやるといったろうに馬鹿なやつめ。こちらに逃げたことはわかっているんだ、観念して早く殺されに出てこい。ん?そこかそこにいるのか今見つけたぞ。待っていろ今殺してやる。」

振り返るのも恐ろしかったが今から逃げることは出来ない。石のようになった体を何とか振り返らせてみると、遠くから一つの大きい影がこちらに向かっておりそれがすぐに二倍三倍に大きくなっていき、もう一つ跳べば草猫の喉笛をかみ切ることができるところまできた。もうどうすることもできず、震えて声も出ない。死を覚悟してると思っていたが、今になって怖くなった。死を軽んじて覚悟ができているといえていたのは、それがまだ遠くにいて小さく見えていただけだったのだ。それは飼い猫をゆうに超える巨体と牙を持った得体のしれないものだ。それを前に草猫は今からでも許してもらえないだろうかと顔を上げると、息を上げ、血走った目でこちらを見つめる顔があった。

「殺してやる。今に見ていろ。お前の臓物をばらまいて、ネズミの餌にしてやる。」

と半ば叫び声で何と言っているのかわからなかった。ここにきて一つ冷静にな思考が呼びかけた。死ぬのであれば戦って死んだほうがいいだろう、それが野良猫というものなんじゃないのか。勝てるわけがないが、恐怖がどうにかなるのならプライドだとしてもそれにすがるしかなかった。

 そこからしばらくして、飼い猫が喉笛にめがけて飛び込んできた。草猫はそれをなんとかかわし、後ずさりながら相手の動きを見ていた。

 そこから何度か攻撃をかわしたが攻撃する余裕などなかった。相手も疲れてきたのか徐々に動きが鈍ってきており、草猫でもわかるほどの隙ができるようになってきた。そこにすかさず飛び込む。カウンターを狙っているなど考えはしたが、体の方が先に動いていた。それでも体の動きはやや鈍かった。飛び込みを後悔しながら、目の前の空間を目いっぱいひっかく。

 何か手に感触を覚えた。生暖かく、やわらかいものがつめの根元から感じられた。爪を見ると真っ赤に染まっており、目の前の猫は苦しそうな声を上げており、草猫が状況を飲み込めずにいるとその猫がヨレヨレと逃げて行ってしまった。追うことは出来ない。ただ目の前の景色を理解するのに精いっぱいである。相手の顔から流れているであろう血がしっぽに引きずられて一本の血痕となっている。また数歩、歩いた時に顔から何か丸いものがこぼれるのが見えた。それはこちらに転がって、草猫の足にコツンと当たった。それをのぞき込むと、そこには草猫よりも体躯の大きい猫が映し出されていた。それが自分だと気づくまでにしばらくかかったと同時にしぼんでいた黒い気持ちが根を張るのを感じた。

 気づいた時にはそこには草猫のほかに誰もいなかった。

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