愛のスパイラル
城 龍太郎
愛のスパイラル
「隣、よろしいですか」
丁寧な人だな、というのが彼への第一印象であった。
職業婦人として働くマリアは、今日も朝から晩までほとんど休みなく働いてヘトヘトに疲れていたので、周りに気をかける余裕などなく、自分が少々だらしなく座っていることが恥ずかしくなった。
「ええ、もちろん。失礼しました」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
彼は穏やかな笑みを浮かべていた。眉目秀麗というわけでもなかったが、どこか軽やかで落ち着いた雰囲気があった。そのせいか彼女は彼のことが気になり、話がしたいと思った。
「タイピストをされているんですか」
「お仕事帰りですか」
マリアと彼はほとんど同時に口を開いていた。
「これは失礼」
「こちらこそ」
互いにそう言ってから、顔を見合わせると、どちらからともなく笑みが溢れる。
「なんだかおかしいですね」
「ええ、本当に」
マリアは身体の強張りが解けるのを感じた。彼も同様に見えた。
「よく分かりましたね」
「このような遅くに電車に乗られる女性となれば、ほとんどが職業婦人の方でしょう。また、あなたのいずれの指の腹あたりもすり減っています。これは、例えば同様に職業婦人に人気がある電話交換手などには見られません。ちなみに電話交換手の場合、見分けるコツは耳です」
「耳がすり減っていますか」
「赤くなりがちなのです」
彼はクスリと笑う。
「あとは、首周りなんかも見分けが付きやすいですね。タイピストは特に凝っております。長時間タイピングされている方、つまりは仕事の出来る方であるほどその傾向が強くなります。なのでタイピストの間では、マッサージ店が人気だそうですね。あなたの鞄からはみ出しているそれは、駅近くにあるお店の回数券ですよね。あなたは見た目以上に疲れていらっしゃるようです」
疲れていたせいか、列車の揺れで鞄の中身がはみ出していたことにも彼女は気付かなかった。
「なんだか恥ずかしいです。さぞ、だらしない女だと思われましたよね」
「いえ、そんなことは全く。むしろそれほど仕事に身を捧げられているのは立派なことです。職業婦人に憧れる女性は多いですが、実際続けていられる方は決して多くはありません。女性は家に入るべきだという風潮は今もなおありますし」
「そんな大層なものではないです。お金を稼がなくてはならず、文字の読み書きが出来るという取り柄しかないので、どうにか続けているだけです」
「お金に困っているのですか」
「父を先の戦争で亡くし、母も身体を壊してまして。弔慰金だけではとても暮らしていけませんから。今も田舎の母に仕送りをしております」
実際、彼女は仕事に忙殺される日々であった。そして、仕事以外の時間も睡眠を取るかマッサージを受けに行くぐらいで、都会に出てきたというのに遊びの一つもしたこともない。これまではそのことを気にする暇もなかったが、彼と話していると、不意に思い出させられる。
だからだろうか。青年から「明日も早くからお仕事ですか」と聞かれた時には、すでにおおよその行く末も分かっていた。
「あなたさえよろしければ、一杯どうですか。料理も美味しいお店があるんです。なんだかこの出会いをここで終わらせたくないと思ってしまいまして」
彼はやはり柔和な笑みを浮かべて尋ねる。幸い、明日はいつもより少しだけであるが、出勤時間が遅かった。
「決して怪しいところに連れ込もうというわけではありません。ただ、本当にお話がしたかったのです。もう少し静かな場所で」
マリアにはまだ迷いもあったが、自分の審美眼を信じて頷いた。
「私も同じようなことを考えてました」
「最近何かあったかね」
いつも通り、渡された手書きの原稿をタイピングしていると、男が近づいてきた。
「人が変わったとまでは思ってはいないけどね。キミはいつもどこか気負いがちであっただろう。しかし今のキミは、少なからず身軽になったように見える。だから、良いことでもあったのかと思ってね」
男の眼鏡の奥の瞳が、キラリと光る。
「相変わらずのご慧眼ですね、ドルジ先生」
ドルジは政治家であり、丁度今マリアが打っている文章は、彼が新聞に寄稿するコラムであった。その鋭い意見と他人を憚らない語り口は評判である。
「キミがウチで働くようになってから、しばらく経つからね。それぐらい見抜けないようでは、政治家なんてやっていけないよ。いつどこで誰に寝首を掻かれないとも限らない」
ドルジはくいっと眼鏡を持ち上げた。しかしその直後、「なんて言えるほどの地位があれば良いのだがね」とおどける。
「次の選挙はきっと勝てますよ」
「そうだと良いがね。どうもまだ風向きは悪いようだ。先日も人気の占い師に見てもらったのだが、今はじっと耐え忍ぶべしと言われてしまった。私が議員をやっていたのはもう五年近く前だぞ、まだ耐えろというのか。このままでは政治家ではなく、元政治家のご意見番になってしまう」
ドルジはまだ三十過ぎの頃に中央議会への初当選を果たし、政界の期待の新星として持て囃された。しかし、しばらくして戦争に入る直前に、当時の好戦的なムードに反して反戦を訴え、自身の師匠にも反発したことで孤立した。彼の意見は一定数の共感を得て再選こそ果たしたが、その後始まった戦争で特に初期の頃は連戦連勝を重ね、その際に支持者が浜辺の波のごとくサーッとと引いてしまい、今もその波は戻り切らずにいた。
「いや、今はマリアくんの話だったな。キミの仕事ぶりは高く評価しているのだよ。タイピングが速いのはもちろん校正もしっかりしていて、まだ議員だったときに雇っていた大学出の者たちの仕事ぶりにも引けをとらない」
「嬉しいお言葉ですが、まだまだですよ」
マリアはあくまでも謙虚であった。
「実のところ、近いうちにキミを専属の秘書として雇おうかと考えていたのだよ。丁度、お金も工面できそうでね。キミは真面目で口も堅そうだから、政治家の秘書に適している。そしてだからこそ、キミの変化について気になったのだ。キミは他の場所でもタイピストとして働いているのだろう。もしや、こちらよりも好条件の仕事でも入ったのではないのか」
そこでようやくマリアは彼の気にしている理由が分かり、安堵した。
「正直なところを申しますと、他の幾つかの仕事場の方がお給金は多いです。しかし、せいぜい誤字脱字を指摘して、文字を打ち込むだけのものばかりなので、面白みには欠けます。ですが、ここでは先生のご論説を直に見聞きできますからね、いつも楽しみにしています」
「僕は自他ともに認めるお喋りだからね。話しかけられるのが鬱陶しいと辞めていった子もいたよ」
彼は笑いながら言う。
「しかし仕事でも、家族のことでもないとなると、もしや恋人でも出来たかい。おや、これは図星だったかな」
マリアが分かりやすく狼狽えるのを見て、彼はまた軽く笑う。
「いえ、本当にそういうわけではないんです。ただ、気の合う話し相手が出来ただけで」
「ふふっ、今はそういうことにしておこうか。あまり詮索してキミに嫌われるのは御免だからね。ただ、上手く行くと良いね」
「いや、その」
マリアは年甲斐もなく慌てていたが、やがて「ありがとうございます」と答えた。
マリアは小洒落たダイニングバーの奥まった席に座り、目の前には彼がいた。
「今日もお疲れ様」
グラス同士がぶつかって軽快な音が鳴る。二人はそれぞれのグラスに口をつける。
「ふう」
今やこの一杯があるからこそ、大変な仕事も乗り切れると思うほどであった。
「やっぱり仕事は大変?」
「ええ。でも、仕事終わりにこうしてあなたと話せるから、初めてお会いした時よりは元気があるかもしれないわ」
マリアははにかみ、青年はそれを見て目を細める。
「そういえば今日ね、仕事先の方から専属の秘書にならないかと言われたの。ただ、お金を工面するのにもう少し時間がかかるとかで、正式なものではなかったけど」
「確かに。あなたほどの仕事が出来る方となれば、それなりの額を用意すべきだね」
「まるで私の仕事ぶりを知っているかのような言い草」
「見なくても分かるよ。こうしてキミと話しているだけで」
「あなたはいつだって私が喜ぶことを言ってくれるわね」
マリアはほんの少し赤みを帯びた頬に手を当てる。
「ハロルド」
「なんだい、マリア」
互いに名前を呼び合う、そんな甘ったるい雰囲気の中で、マリアはいう。
「私、たとえあなたの言葉が嘘でも構わないわ。あなたが名乗ったハロルドという名前が偽名であってもいい。初めて会った時から、なんとなくそんな気がしたの」
突如、彼の目つきは鋭くなり、彼女の手を強く掴んだ。
「違うの。私はあなたに協力したいだけなの、信じて」
彼は無言でマリアを見ていた。
「だって、いかにも騙しやすそうでしょ、私。田舎出身の独り身の女で、いつも思い詰めたような顔。これまでにも何度も言い寄られたわ。でもだからこそ、あなたはこれまでの人たちとは違うって分かるの。あなたの言動は、いつも溢れんばかりの優しさに包まれていて、私に近づいたのにも何か明確に先を見据えた目的があるのだと思ったわ。そういったものを感じられるからこそ、あなたと過ごせる時間が愛おしいの」
彼はマリアの真剣な眼差しに晒されたこともあってか、掴んでいた手の握りは弱くなる。
「僕は常日頃こういうことには向いていないと思っているんだけどね。中肉中背で印象も薄いから適任だと言われて、どうにかやっているんだ。でも僕の周りは嘘ばかりだから、きっとその言葉も嘘だったのかな」
「全てが嘘でも、私は構わないわ。おかげで今こうしてあなたと話せているのだから」
「キミは、第一印象と比べるとまるで別人のようだね」
「出会いは人を変えてしまうのよ。それで、私は何をすればいいの」
マリアは彼が打ち明けてくれたことが嬉しくて、身を乗り出して尋ねる。彼はその話の早さに驚いていたが、やがて口を開いた。
「マリアの今日の仕事先だよ」
「ドルジ先生?」
マリアは意外そうに言う。
「もしかしたらとは思いましたが、先生に何かあるとも思えませんでしたよ。ここのところ政治家としての活動は上手く行っておらず、本人も寝首をかかれるだけの地位も無いと卑下されていました」
「いや、彼で間違いない」
しかし青年は断言した。
「彼はあなたにお金を工面できると言ったそうですが、その経緯について何か聞いていますか?」
「いえ、さすがにそこまでは。ただ今日の仕事が早く終わったのも、そのためだとか」
「彼は自分を破門にしたかつての師匠に会っています」
ドルジの師匠は、政界の重鎮で、巨匠と呼ばれるほどの人物であるのはマリアも知っていた。
「ドルジはかつて時代の寵児にもなり得た政治家であり、それは彼自身が最も良く分かっているはず。いくら立派な主義主張を持っていようが、それだけでは政界は生き抜けない。僕のような末端の人間では、一般論程度しか語れませんが、そういうことなのでしょう」
「でも、あの意地っ張りで正義感に溢れたドルジ先生がそんなことを」
しかしそこで、ドルジがいつまで耐え忍べば良いのかと愚痴を零していたことも思い出す。
「思い当たる節はあるようですね」
彼は彼女の表情を見て言う。
「彼がどのように振る舞おうが彼の自由ですが、与える影響は無視できません。凋落した身であっても十分な知名度があり、彼の寄稿するコラムも人気です。それは彼の師匠など政界の中心にいる人間たちに反感を抱く層にまで及びます。彼一人だけでどうにかなるのかとお思いかもしれませんが、今の彼が持つ支持層とその巨匠を裏で密かに結託させる役割を担い、そうなれば再び開戦もあり得ます。彼はその見返りとして、大金と権力者近辺からの支持の獲得など政治家として復活する手引きを頼んでいるのです」
「にわかには信じ難いけど、私にホラ話を吹き込むメリットもないよね」
「信じてもらうために素性も明かしますが、私は隣国のスパイです。しかし私もあなたと同じようにこの国で生まれ育ち、先の戦争で家族を失いました。スパイに最も適した人材の条件の一つは、元よりその土地に住む人間だそうです」
「あなたも変身したのね。外面を変えることなく」
「あなたには見抜かれてしまいましたけどね」
「それは愛ゆえよ。あなたは十分上手くやっているわ。私の方こそ気をつけないと。今日だって先生に変わったと言われてしまったわ」
「キミは、ここまで聞いてなお、僕のことを信じてくれるのかい」
「もちろん。むしろあなたが私の思った通りの人でホッとしたわ」
「そうですか。それは、良かった」
彼はそこでこれまで詰めていた息を深く吐き出した。
「やることは単純です。彼が師匠と繋がっていることを、世間に公表するのです。そうなれば、少なくとも彼のこれまでの言動からついてきていた者たちからの信頼を失うことになるはずです。密会の激写、または金銭のやり取りなど決定的な証拠を掴むことですね」
「つまり、私は先生に秘書として雇われ、そこで信頼関係を築きつつ、隙を伺って証拠を入手すれば良いのね」
「ええ。ですが、くれぐれも無理はなさらず。あくまでも開戦を防ぐための幾つかの手立てのうちの一つなので」
「そうね。私も自信があるわけじゃ無いけど、でもあなたがサポートしてくれるなら頑張れる気がするわ。まずは、以前と変わらない平常心を保つことからね」
まもなく、マリアはバルジに秘書として採用された。専門知識のある秘書を雇った際は、そちらを第一秘書として置くことになるだろうと言われたが、断る理由はなかった。また彼は見たところは依然と変わらぬ様子であったが、彼の新聞への寄稿が選挙の時期に近づくにつれて、当たり障りのないものになってきていることに、マリアは気付いていた。
「うむ、今週の新聞への寄稿はこれで良いだろう。今日はもうあがってくれて構わないよ」
「ありがたいですが、また随分と早いですね。もしかして先生もこれからどこかへお出かけですか」
「まあ、そうだね。しかし今のは聞き捨てならんぞ。先生も、ということはキミも出かける用事があるのだな」
マリアが何気なく話を向けると、間があったのち、すぐに話を逸らした。
「ええ、夕ご飯を食べに行こうかと話していまして」
「どうやらお相手とは上手くいっているようだね。一時は分かりやすく浮ついていたのに、すぐに落ち着いた様子に戻っただろう。だからちょっと心配していたのさ」
「お気遣い感謝します。もしかすると近いうち、先生にも紹介できるかもしれません」
「そうか、それは楽しみにしているよ」
バルジはにこやかな顔で部屋を出ていく。マリアもそれを笑顔で見送る。自分もいつの間にか嘘をつくのが上手くなったものだと思った。それから彼に連絡をしてから待ち伏せ、数十分後に自宅から出てきたバルジを追い、まもなくして富裕層御用達の高級料理店が立ち並ぶ一角に辿り着いた。
「まさか本当に僕のことを許してくれるとは」
入店するまでは緊張した面持ちのバルジであったが、すでに酒が回っているせいかひどく陽気な様子であった。
「勘違いするなよ。お前はこの私に造反したのだ。一度でも私に歯向かった者を許すわけにはいかない。敵は徹底的に叩き潰せ。それがこの世界で生きていく鉄則だ」
厳しい顔をした巨匠は、重々しく言葉を繰り出す。
「もういいでしょ。僕たち以外誰もいないのですから、演じなくても」
「馬鹿野郎。どんな場所であっても決定的なことを口にしないのが政治家だ。しかし、そうだな。お前が良くやっていることだけは認めるか」
そこで巨匠は意地悪くにやけた。
「誰もお前が造反した本当の理由を知りはしない」
「私の政治家としての意志を持った態度を見せつけながら、本来獲得できなかった層の支持を集める。初めに話を聞いた時は耳を疑いましたが、賭ける価値があると直感で理解できました」
「こちらとしても、仮にお前が失落して這い上がれそうにないと分かれば、約束を反故にすればいいだけだった」
「私は権力を得るためであれば、何だっていたします。今ではすっかり反戦主義者です」
バルジと巨匠が再び繋がったと彼は言っていたが、その実は今の話から分かるように何年も昔からの計画であったようだ。
「失礼します」
店員の格好をした女性が扉を開けた。二人は彼女が料理の載った皿を持っていないことにすぐに気付いた。
「お食事の最中で申し訳ありませんが、ネズミを捕らえたので連れて来ました」
そう言って彼女は、外から簀巻きになったハロルドの襟首を持ってくる。
「どういうことですか、マリアさん」
一人だけ状況が呑めていない様子のハロルドが問いただす。
「ごめんなさい。いつも呼んでくれたけど、本当はマリアなんて名前じゃないの」
彼女は目を伏せて言う。
「僕も雇う直前に聞かされるまで気づかなかったさ。まさかマリアくんがオヤジの手駒だったとはね」
マリアが巨匠に恭しく頭を下げているところを見た彼は、がくりと項垂れる。
「腕利きだよ、彼女は。どうだ、第一秘書にする気になったかね」
「絶対嫌です。何もかもあなたに筒抜けになるではありませんか」
「なんだ、また何か企む気か」
「かもしれませんよ」
彼らは互いに腹の底を見せぬまま、同じ顔つきをして笑い合う。
「では、私は」
「ああ、ご苦労。じきにネズミを引き取りに他の者たちが来る。そいつらに引き渡したら帰っていいぞ」
「報酬は頂けますよね」
「ここでか。相変わらず、せっかちな女だ」
彼は面倒くさそうに、小切手を取り出すと金額を書き込み、彼女に手渡す。
「ありがとうございます」
彼女はそのまま彼を引き連れて出て行った。
二人の政治家は飲み直そうとしたが、入れ違いで数人のガタイの良い男がやってくるので手を止める。
「なんだ、むさ苦しい野郎どもはお呼びじゃないぞ」
「いえ、我々はここの女オーナーに言われてネズミを引き取りに来たのですが」
「それならもう出て行ったぞ」
「ですが、他には誰とも会いませんでしたよ」
「この狭いレストランですれ違うものか」
しかしそこで巨匠がその目を見開いた。
「おい、俺はこの部屋に来る前にオーナーと会ったが、彼女は少し外に出る用事があると言っていたぞ」
「えっ。じゃあ俺たちが会ったのは」
「ぼさっとしてないで探すのだ、あの女を」
「のんびりと列車に揺られるのは悪くないわね」
彼女は車窓から午後の陽気に包まれた田園風景を眺めていた。
「僕はまだ、追っ手が怖いよ」
「むしろ彼らこそ押しかける報道陣の対応に追われているはずよ」
彼女は彼が持つ先ほど売店で買った新聞を指さす。そこにはバルジのコラムもあったが、内容はこれまでの巨匠との会合の日時とその内容、さらにはマリアがハロルドを片手に巨匠から小切手を受け取っている姿が撮られた写真まで貼られていた。
「キミはどうしてこんなことをしたんだい」
「元々、依頼を受けていたのよ。かつて巨匠に潰され、恨みを持つ人間からね」
「でも、巨匠の様子を見るに、これぐらいのスキャンダルなら這い上がってきそうだよ」
「あの男の下で働いていれば、安定した生活は送れたかもしれない。でも、仕事にはもう疲れ切っていたし、何より愛にこの身を委ねてみたかったのよ。そして私たちが逃げ切るためには、あなたの任務も失敗させるわけにはいかなかった。あなたの雇い主も、仕事を終えてから連絡の取れない部下を探すより、政局の揺れている隣国へ茶々を入れる方を優先するに決まっている」
「キミは本当に素敵な人だ。でもだからこそ、並べられた愛の言葉さえも嘘なんじゃないかと思ってしまう」
彼はまだ思い悩んでいる様子だったので、彼女は何か良い手立てがないかと考えていたが、やがて彼は言った。
「でも、いいや。キミになら騙されていても構わないさ、僕は」
「あなたのそういうところが気に入ったの」
彼女は席から身を乗り出すと、彼に甘い口付けをした。
愛のスパイラル 城 龍太郎 @honnysugar
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