第3話 滅ぼさないで!魔王ちゃん!

 それはある日のことだった。

 ベーカリーたなかのシャッターが、何の事前告知もなしに下りていたことがある。ベーカリーたなかは、営業時間は短いけれど、基本的には毎日開いているお店だ。先代が亡くなった時でさえ、店を閉めたのは一日だった。近隣にいたお弟子さんが代わりに店を開けてくれたのだ。


 魔王ちゃんはショックを受けた。

 もちろん、滅ぼそうとした。


「放課後に勇とゆきだるまパンを食べられない世界なんて、滅ぼしてやる!」と。


 その時は僕が急いでコンビニのメロンパンを調達し、事なきを得た。ゆきだるまパンには劣るが、コンビニパンとやらもなかなかどうして、と魔王ちゃんの怒りは収まった。ちなみにその時は、たなかのお孫さんが怪我をしたとかで、一時的に閉めていただけだった。



 そして、これもある日のことだった。


 魔王ちゃんはある日突然この世界に現れたので、僕達は、魔王ちゃんの誕生日を知らない。それまで魔王ちゃんからそんな話題が出たこともなかったから、魔王ちゃん自身もわかっていない可能性もある。


「魔王ちゃんに内緒でパーティーしない?」


 委員長がそんなことを提案した。僕は何が地雷なのかもわからないし、魔王ちゃんにまず聞いてみたらどうかなって言ったんだけど、魔王ちゃんのストッパー以外に活躍の場がないような陰キャの意見なんて聞き入れてもらえるわけもなく、それは実行に移された。女子達が言うには、サプライズじゃないと意味がないのだそうだ。

 ちなみに僕は魔王ちゃんの気をそらす役を仰せつかった。僕まで準備に取られたら、魔王ちゃんの機嫌が悪くなるだろうことは容易に想像出来たからだ。


 が。


 当然のように魔王ちゃんにバレた。


 しかも、『クラスメイト達が放課後に何やらやっている。』という部分だけがバレたのである。


「余と勇に内緒で何やらコソコソするとは! おのれ、クラスメイト共め! 滅ぼしてやる!」と。


 結局、サプライズよりも地球が――というかシンプルに命が惜しかったので、正直に白状した。


 誕生日など、余にもわからん、なんて言っていたけど、たくさんのプレゼントと、僕が作ったケーキに魔王ちゃんの機嫌は回復。地球の滅亡は免れたのである。


 これは魔王ちゃんとの思い出というより、滅亡回避メモリーだな、なんてことを大きなブラックホール的なものをぼうっと眺めながら思う。ぼんやり見上げていると、なんだかもうどうでも良くなって来る。どうせ遅かれ早かれこの世界は滅びるのだ。その瞬間に立ち会うか否かの違いかもしれない。そんなことを考える。

 

 でも。


 もし、いまこの世界が滅んだら。


 また魔王ちゃんは一人ぼっちだ。

 また新しい世界を探して。

 一から友達を作って。

 それで。


 その世界にゆきだるまパンはあるかな。

 魔王ちゃんの誕生日を祝おうとしてくれるクラスメイトはいるかな。


 僕は、いるかな。


 ゆきだるまパンに代わる何かはあるかもしれない。

 サプライズパーティーとまでは行かなくても、ワイワイ遊んでくれるクラスメイトは出来るかもしれない。


 でも。

 きっと僕はいないよ。いないと思う。


 すぐに世界を滅ぼそうとする魔王ちゃんの背中をさすって、どうどうとなだめて、一緒にパンをはんぶんこしたり、どっちのねり飴の方が先に真っ白になるかって競ったり、半分に割った肉まんがどっちが大きいかで喧嘩になったり、テスト勉強そっちのけで夜中までゲームしちゃって二人仲良く酷い点数取ったり、そんな幼馴染はきっといない。


 その時僕は気が付いた。


 ベーカリーたなかの臨時休業の時は、一緒にゆきだるまパンを食べられなかったから滅ぼそうとした。

 サプライズパーティーの時は、自分だけじゃなく、仲間外れにされてると勘違いして滅ぼそうとした。

 英語は一番苦手な教科だ。魔王ちゃんはあれで案外語学だけは堪能なのだ。たぶんいろんな世界にいたことも関係していると思う。


 それで今回は、我慢しなくちゃいけない世界なんて滅ぼしてやると言ってたっけ。まぁ僕は別に大学に行きたいわけじゃないから、特に我慢なんかしてないんだけど。それを言う前にこの状態になったからなぁ。

 

 いずれにしても。

 

 とにもかくにも魔王ちゃんは、僕のために滅ぼそうとしているのだ。たぶん。ただ問題は、その場合、僕も死ぬってだけで。それとも何? 僕だけ免除とかあったりする? いや、だとしても、何もなくなっちゃった世界で魔王ちゃんと二人きり、なんて困るよ。


「魔王ちゃん!」


 僕は叫んだ。

 ありったけの声で。


「魔王ちゃん聞いて!」


 うんと高いところにいる魔王ちゃんが、僕を見下ろす。


「僕が早く働きたいのには理由があるんだ!」

「何だ、言ってみろ」


 今回はかなりガチっぽい。頭から角が生えてるし、目が真っ赤になっている。ガチの時は角が生えたり目が真っ赤になるとか知らないけど、いままで見たことないし、たぶんそうなんだろう。だってゲームの魔王って何段階か変身するし。


 正直なことを言うと、かなり怖い。

 ちょっと怒りっぽくて我が儘だけど可愛い可愛い幼馴染が、角を生やして目も真っ赤にして、さらに空も飛んでて、ついでに言えば両手からブラックホール的なものを出しているのだ。これで怖くない人なんて普通はいない。

 

 だけどここで勇気を出さないと。

 僕の名前は『ゆう』だ。勇気の『勇』だ。昔、名前の由来をお家の人に聞いてきましょう、という宿題が出た時、ワクワクしながら両親にインタビューした結果、


「当時パパとママがハマってたアニメの主人公の名前から拝借した」


 なんてとんでもない答えが返って来たけど、そこは空気を読んで「勇気ある人になりなさい、という願いが込められているようです」と改竄した僕だ。ある意味勇気があるのだ。勇者と言い換えても良い。


 そうだ、僕は勇者だ。

 魔王を止められるのは勇者と、昔から決まっているのだ。


「僕、早く働いて、一人前の男になりたいんだ!」

「ふん。そんなものになったところで」

「僕、車の免許も取るよ!」

「ほう、それで?」

「それで、お金を貯めて車を買って、魔王ちゃんとドライブに行く!」

「……ほう?」


 ブラックホール的なものが、一回り小さくなった。


「春はさ、桜を見に行こう!」

「……桜とな?」


 また一回り小さくなり、すぅ、と消えた。


「そうだよ! それから、夏は海! 泳ぎに行こう!」

「……ほう、海か」

 

 今度は魔王ちゃんがゆっくりと降りて来た。


「そうだよ、それで、秋は紅葉が綺麗な山に行こう」

「……悪くない」


 すと、と魔王ちゃんの足が地面につく。

 もう叫ばなくても、僕の声が聞こえるところにいる。


「それで冬はさ、雪がたくさん降るところに行こう。かまくらの中でお餅が食べられるところがあるんだって」

「面白いな、雪の中で餅か」

「楽しいこと、僕とたくさんしようよ。僕はさ、魔王ちゃんとこれからもずっとずっとそうやって過ごしていたいよ。僕がたくさん働いて、しっかりお金を稼いで、それで魔王ちゃんを支えるからさ。滅ぼすなんて、やめようよ」

「……うむ」

「魔王ちゃんが普通科に行っても、僕はずっと魔王ちゃんの近くにいるよ」

「それは本当だな」

「本当だよ。だって、高校の校舎は同じだし」

「そうなのか?」

「そうだよ」


 魔王ちゃんは、きょとん、とした顔で首を傾げた。


 僕らが住んでいるのは田舎だ。

 高校なんて一つしかない。その中に、普通科と、工業科、商業科があるのだ。だから、科は別々でも通うところは同じなのだ。


「では、放課後のゆきだるまパンも継続だな?」

「もちろんだよ」

「『まつきよ屋』のねり飴も練り放題だな?」

「夕飯食べられなくなるからほどほどにね」


 そこまで言うと、魔王ちゃんは、すん、と鼻を鳴らして、ごしごしと乱暴に目を擦った。目が真っ赤だったのは、泣いていたのだ。角は何だろ。オプションかな?


「勇はずっと余と一緒にいてくれるな?」

「魔王ちゃんが世界を滅ぼさない限りね」

「うむ、そこまで言うなら、勇に免じて許してやろう。命拾いしたな、人間よ」



 そんな事件から数年が経ち――。


 魔王ちゃんは相変わらず、


「ミルクとおむつがまた値上がりしているだと!? おのれ、滅ぼしてやる!」


 とドラッグストアの赤ちゃんコーナーで仁王立ちし、わなわなと震えている。


 けれど、


「……お前のその顔に免じて許してやろう。命拾いしたな、人間よ」


 僕の腕の中にいる小さな赤ん坊の笑顔を見て、目尻を下げた。


 この様子だと、ここの世界はいまのところ滅亡する予定はないらしい。


 九十九個の世界を滅ぼして来た魔王でも、勇者との間に出来た可愛い我が子には勝てないようだ。

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滅ぼさないで!魔王ちゃん! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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