第2話 魔王ちゃんはスーパー短気

 過去に九十九個の世界を滅ぼしてきた頃とは違って丸くなったといっても、魔王ちゃんははっきり言ってスーパー短気だ。すぐにカッとなって滅ぼそうとしてしまうので、僕が四六時中ついて回ってフォローしていないといけないのである。


 ちなみにこないだは、僕の最も苦手な教科、英語の抜き打ちテストで危うく滅びかけた。教科担当のスミス(本名:三住みすみ)先生が授業開始と共にそれを僕らに告げた時、魔王ちゃんは、


「おのれ人間め! 抜き打ちとは卑怯なり! 滅ぼしてやる!」


 と立ち上がり、右手からブラックホール的なものを出したのである。テストを回避出来そうなのは内心ホッとしたけど、そんなレベルの回避ではない。滅亡だ。クラス全員の心が「終わった」方面で一致した瞬間だった。あの一瞬のうちに辞世の句を詠みあげた伊集院君は本当にすごいと思う。聞けば、いつこの世界が滅びても良いように、常にいくつかストックしてあるらしい。辞世の句っていくつか用意しておくものだったっけ? あと僕らだけが死ぬんじゃなくて世界が滅ぶんだから詠んだところで誰にも届かないんじゃない?


 とにもかくにも、魔王ちゃんと学校生活を送るとなると、常に『滅亡』は隣り合わせ。全くスリリングな毎日である。


 結局、その時は僕がすかさず「テスト頑張ったら、今日の放課後、『まつきよ屋』で駄菓子パーティーしよう! 僕も頑張るから!」と提案したことで事なきを得た。


「そういうことなら、今回は許してやろう。して、勇よ。『ねり飴』は練り放題であろうな?」

「もちろんだよ魔王ちゃん。気が済むまで練って良いよ。何なら僕の分まで練ったって良い」

「ふむ、ならば勇に免じて許してやろう。命拾いしたな、人間よ」


 魔王ちゃんは『まつきよ屋』で売ってる『ねり飴』も大好きだ。あんまり食べたら晩御飯が入らなくなるよ、と何度か注意したのだが、あんまりしつこく言って滅ぼされたら敵わない。だから最近は軽く指摘するにとどめている。


 そんな感じで毎回滅亡を回避させていたら、もうすっかりストッパー的ポジションである。まぁ、幼馴染だし、良いんだけど。


 それで、だ。


 何度も言うが、僕らは受験生なのである。

 といっても、ここは田舎なので、選択肢はあまりない。

 進学するために普通科に進むか、それとも就職するために工業科や商業科に行くか、だ。


「勇よ。お主は普通科だな? 進学だな?」


 いつものようにゆきだるまパンを半分こしながら、魔王ちゃんが尋ねて来る。


「僕は工業の方に行くよ。資格をたくさん取って、卒業後は就職するつもり」

「んなっ?! 聞いとらんぞ!?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いとらん! なぜだ! なぜ余と共に普通科に行かんのだ!」

「えっ、魔王ちゃん、普通科志望なの?」


 ていうか、大学まで行くつもりなのか……。いや、そのお金、誰が出すの? まぁそれを言ったら高校もそうだし、そもそもいまの生活費もどうなっているのか謎ではあるけど。


 魔王ちゃんは「もちろん!」となぜか得意気だ。いや、魔王ちゃん勉強なんかしたくないっていつも言ってるじゃん。


「余はてっきり勇も普通科に行くと思ってたのに……」

「僕はむしろ魔王ちゃんも就職組だと思ってたよ」

「就職なぞせん! 魔王たる余が働くわけなかろう!」

「それを言うなら大学に行くものちょっと意味がわからないけど。そもそも大学で何を学ぶつもりなの?」

「それはもちろん、帝王学だ!」


 えっへん、とぺったんこの胸を張るけど、僕は帝王学を学べる大学なんて知らない。あったとして、果たしてどんな人が志望するのだろう。


「まぁ、学ぶ姿勢があるのは素晴らしいことだと思うよ、うん」


 無理やりそう納得させる。

 何せ相手は魔王なのだ。もしかしたら高校卒業のタイミングでどこか別の世界に行くのかもしれない。帝王学が学べる大学のある世界に。いやどこだよ。


「嫌だ嫌だ嫌だ! 勇は余と共に普通科に行くのだ! そして、キャンパスライフを送るのだ!」


 ガボォ、と残っていたゆきだるまパンの頭部(カスタードクリーム)を口の中にねじ込んで一気に飲み込み(さすが魔王、詰まらせるなんてへまはしないんだな)、魔王ちゃんはその場に大の字に転がって手足をばたつかせた。


 嘘だろ。

 まがりなりにも『王』の肩書がある人間(人間ではないか)のやることとは思えない。魔王ちゃん、二歳児の可能性がある。


「いまさらそんなこと言ったって無理だよ」

「なぜだ!」

「だって僕ん家、下に弟が三人もいるし、僕は長男だし。それにそもそもさ」

「長男が何だ! ただ弟達より早くに生まれただけだろう!」

「そんなこと言われても。ねぇ、僕の話聞いてよ」

「ええい、うるさいうるさいうるさーい!」

「うるさいのは魔王ちゃんだよ。ねぇ、とりあえず起きよう? 制服も汚れちゃうよ」


 僕が差し伸べた手をおずおずと取って、魔王ちゃんは体を起こした。けれど立ち上がることはせず、その場にドカッとあぐらをかいて、真っ赤な顔で僕を睨みつける。


「滅ぼしてやる」

「えっ」

「長男だからって勇が我慢せねばならんような世界なんて、余が滅ぼしてやる!」

「えっ、ちょ、待って」


 魔王ちゃんはサッと立ち上がり、そのままの勢いでぶわっと宙に浮いた。両手を高く上げ、また例のブラックホール的なものを出す。英語の抜き打ちテストの時よりも大きなやつだ。


 終わった。


 これはもう完全に終わった。

 そう思った時、僕の頭の中にこれまでの魔王ちゃんとの思い出が浮かんできた。たぶんこれが走馬灯とかいうやつだ。

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