滅ぼさないで!魔王ちゃん!
宇部 松清
第1話 僕の幼馴染の魔王ちゃん
僕の幼馴染に、魔王がいる。
突然何言ってんだと思ったかもしれないが、まぁ聞いて欲しい。
その子の名前は、『デミグレトス・ユーグレナシアス・キャシリーナ・マーオウ』。長い名前だ。名前に『マーオウ』とあるから魔王なんじゃないかと思われたかもしれないが、違う。たまたまらしい。名前も『マーオウ』だけど、れっきとした魔王なのだ。
とりあえず、ここではシンプルに『魔王ちゃん』と呼ぶことにする。普段からそう呼んでるし、皆もそう呼んでるから。
れっきとした『魔王』なのだと断言するのには理由がある。ガチで世界を滅ぼすだけの力があるのだ。世界を滅ぼす力があるやつなんて魔王しかいないだろう。で、そんな力があるからこそ、前に住んでいた世界を滅ぼして、こっちの世界にやって来たのである。
魔王ちゃんは言った。
「
良いものではないらしい。
ちなみに『勇』というのは僕の名前だ。
あと、簡単に「滅ぼしてみたらわかる」とか、こっちも滅ぼせる前提で話を進めないで欲しい。無理だよ。
それで、そう、滅ぼすのが案外良いものではない、という話だが、困るのは生活面だ。自分の居住地だけ残して滅ぼすことももちろん出来るらしいのだが、何せ辺り一面焼け野原である。草木一本も残らないし、生き物も0。その状態で、自分だけ生きてるからオッケー! と言える者はいないだろう。
衣食住――の衣と住は良いとしても、『食』が困る。何せ魔王ちゃんはお料理が出来ない。
滅ぼす度に別の世界に移動し、次こそはカッとなって滅ぼさないようにしよう、と固く誓うらしいのだが、気づけば滅ぼしてしまっているのだとか。待って。これまで『カッとなって』滅ぼしてきたの?
キレやすい10代。
そんな言葉が浮かぶ。
魔王ちゃんが実際に何歳なのかはわからない。本人もわかっていないらしい。ただ、僕の前に突然現れた時は、当時の僕と同じくらいの年に見えたし、現在もそうだ。どうやら、僕に合わせて姿を変えているのだとか。
「その方が仲良くなれると思ったのだ」
魔王ちゃんの言葉だ。
僕と仲良くなりたいらしい。
しばらくは女の子なのか、男の子なのかもわからなかった。後にどうやら女の子らしいとわかったけれども、昔はそれを確かめるのが怖かった。というのも、これまでの『滅ぼしヒストリー』を聞いていたら、
「無礼にも、余の性別を尋ねて来た者がいたのでな」
という、かなりとんでもないやつがあったからだ。
たまたま虫の居所が悪かっただけらしいのだが、だとしても、魔王の性別を尋ねただけで滅んだ世界が気の毒で仕方ない。
とにもかくにも、どうやらこれまで九十九個の世界を滅ぼして来たらしく、さすがにそろそろ落ち着いた生活がしたいと思った魔王ちゃんは、この世界に目をつけた。それで、地域住民ともそれなりに上手くやった方が良いらしいということにもいまさら気づき、僕と親交を深めているのである。
「これでもかなり丸くなったものだぞ」
学校帰りに並んで歩き、『ベーカリーたなか』の『ゆきだるまパン』を半分こして食べながら、魔王ちゃんが言う。ちなみにこの『ゆきだるまパン』は、カスタードクリームのパンとチョコクリームのパンがゆきだるまのようにくっついている、ベーカリーたなかの一番人気商品だ。僕がカスタード、魔王ちゃんはチョコクリーム。放課後の密かな楽しみである。
「昔はそれこそ、朝食の目玉焼きがうまく焼けなかったってだけで滅ぼしたりしてたからな」
「どういうこと!? それ、世界は何も悪くなくない? その時のフライパンのコンディションの問題じゃない?」
フライパンというか、もうぶっちゃけ魔王ちゃんの腕に問題があるんじゃないかな? と思ったが、そこはぐっと飲み込んだ。そういう一言が滅亡に直結するのだ。めいっぱいオブラートに包んでそう返す。
「まぁ、そうなんだがな。どうにも我慢が出来なくて」
「そう考えたらかなり丸くなってると思うよ」
今日だって魔王ちゃんは宿題を忘れては先生に怒られ、体育のバレーボールでは華麗な顔面レシーブを決め、給食のプリンじゃんけんでも負けていたのだ。目玉焼き一つで世界を滅ぼしていた時の魔王ちゃんなら、今日一日で三回は滅んでる。
というか、そもそも魔王が学校に?! と思ったかもしれない。僕も何かにつけて「あれ? よくよく考えたら魔王ちゃんって何で学校に通ってるんだろう」と考えたりしてる。けれども、この世界に――というか、日本に住む以上、教育を受ける義務はあるとか言って、きっちり小学校から通っているのだ。いま僕達は中学三年生。受験生である。
えっ、魔王も高校受験とかするの? とか思ったかもしれないが、大丈夫、僕も思ってる。だからもうそこは深く考えてはいけない。
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