第30話 そしてここから
――時の流れというものは案外あっという間で、気づけばリッカがいなくなってから一週間が経っていた。
「ん〜! 大阪とは全然味ちゃうけど、これはこれでめっちゃうまいな〜〜!」
そんな
「……本当なら、リッカと来るはずだったんだがな」
「……アホ、行けるうちにとっとと行かなかったアンタが悪い」
「ごもっともだよ」
手遅れになる前に、俺はもっと何かできたんじゃないか。
今となっては考えるだけ無駄だと分かっていても、あの日からそんなことばかりを考えてしまう。
「なあ、ムイカは結局、
「せやな。どうもウチ、みんなにめっちゃ応援されてこっちに転校してきたことになってるらしくてな……今更大阪に戻るのも気まずいねん」
そう言って悪態をつくムイカの表情はほころんでいた。
――その後、ムイカは無事家族や他の友人とも連絡がとれたらしい。
林の中に建っていたあの家はムイカの親戚が所有していたものだったらしく、このまま住み続けることができるそうだ。
それに、通帳に入っていた振り込みもムイカの実家からの仕送りだったというオチだった。
……正直、親戚の別荘の件なんか、都合が良すぎる気がしなくもないが、これ以上深読みをしたところで意味はないだろう。
そして、ムイカがこちらに残るとなると面倒になってくるのが、白髪碧眼のミステリアス美少女リッカから、黒髪黒眼の大阪弁美少女ムイカへの突然変貌したことについての説明だが――。
これについては力技で解決することになった。
『今まで恥ずくてナイショにしとったけど、実はウチ大阪出身で、この話し方が自然体なんや。それと、名前の読み方も実は、リッカやなくてムイカって読んで――』
以上が、ムイカが目覚めてからの初登校日にカミングアウトした内容だ。
涼宮ハルヒの自己紹介並みの無茶苦茶さだが、そこはリッカが残したミステリアスな印象と、ムイカの押しの強さが功を奏し、今ではこの設定も定着しつつある。
さしずめ、リッカとムイカの最初で最後の共同作業というわけだ。
「――それに、こっちにもそれなりに愛着湧いてきたからなぁ、新しい仲間もできて、なによりドリミーにも行きまくれる!」
それから、もう一つ分かったことがある。
それは、リッカが度々見せた『王子様』への憧れ。あれはどうやら元々ムイカが幼少から今に至るまで抱き続けていた感情だった、ということだ。
通りで、あのノートにはそんな設定書いてなかったわけだ。
リッカの夢に度々ドリミー城が出てきたこともしかり、きっと深層心理にまで刻まれた記憶や思いは別の人格になったとしても、早々失うものではないのだろう。
それにしても……だ。
「何やこっちみて。……まさかリッカのこと引きずって、今度はウチを狙っとるんとちゃうやろな?」
そう言いながらムイカはチャーシューを豪快に噛み切った。
……リッカなら絶対にもっと可愛らしく食べるだろうな。リッカとムイカ。顔つきこそ同じだが、どうしたって二人は別の人間だ。
「ならまずは、そのネックレスつけてくるのやめろよ」
「えー、だって気に入ったんやもん」
そう言ってムイカは、首から下げた三日月のネックレスをつまんだ。
それはもちろん、あの時リッカに贈ったネックレスだった。
「……似合わないとはいわないが、そいつはリッカがつけてる時が一番輝いてたな」
白い髪に青い瞳。そんな神秘的な魅力を持つリッカだからこそ、俺はそのネックレスを選んだのだ。もっとも、そのリッカはもういなくなってしまったが。
――そんな時だ。
「えっ……」
「ん? どした?」
「……いや、なんでもない」
――ネックレスを見つめるムイカの瞳が一瞬サファイアのような鮮やかな青色に輝いたのは、きっと気のせいだろう。
「なんでもないならええけど。……で、実咲にはいつ返事するんや?」
そう。情けないことに俺は未だ、鈴木の告白に返事を出来ないでいた。正直に言えば、リッカを好きだった気持ちをまだ整理できないでいた。
けれど、いつまでもそういうわけにはいかないだろう。
「――文化祭」
「は?」
「夏休み前の文化祭。それが終わるまでには必ず返事をする。だから今は……少し時間がほしい」
「……その言葉、信じてええんやな」
「……ああ」
「実咲を理不尽に泣かせたらアンタ、今度こそ絞め殺したるからな?」
「……もしも俺が鈴木を泣かせるような愚か者にまで落ちた時は、ぜひそうしてくれ」
「それだけの覚悟があるなら良しとしといたる!」
ムイカはニカッと笑うと「大将! 替え玉とチャーハン大盛り! あと焼き餃子三皿!」と声高に言った。
◇
――ベッドの中、俺は考える。
朝倉はこの一連の出来事を『天業現象』と名付けた。だが、そもそもどうしてこんな事が起きたのか。結局その根本の原因は不明なままだ。
落下物の正体はきっとUFOでも隕石でもなく、あの六花のことが書かれたノートだったということなのだろう。
今に思えば、わざわざ「ページを二つに千切って千葉と大阪に落とす」なんて行為は、ある種の儀式のようにも思える。
それで言えば、あのノートはきっと、儀式を行うために必要な触媒のようなものだったのだろう。
――そして、俺は一つ懸念していることがあった。
今回の一件は、俺が中学の頃に書いたノートのたった一ページが現実となった出来事だった。
だが家中を探してみても、見つかるのは中身がまっさらなノートだけで、肝心の六花のページが千切られたノートが見つからなかったのだ。
――俺の懸念とはつまり。“天業現象は本当に終わったのか” ということだ。
窓の外に一筋の流れ星が見えた。
そして俺は眠りについた。
◇
『――こそは絶対に』
女の子……だろうか。聞き覚えの無い声が聞こえた気がして、俺の意識は眠りから冷めようとしていた。
「……ぃちゃん!」
……? 今度はさっきと違う声だ。それも、ものすごく近くから聞こえる。そして、同時に俺の体は誰かに揺すられているようだった。
……尚更おかしい。
俺は昨日いつも通りベッドに入って眠ったはず。
そして、俺の家にはこうして俺を起こす人間などいないはずだ。
なら、この声は一体――?
「お兄ちゃん、朝ですよ!」
目を開けると、目の前にあったのは同級生にして部員である、“鈴木実咲”の顔だった。
そしてすぐに気づく。
家具こそ同じだが、部屋の間取りが全く違うことに。
ここは俺の部屋じゃ……いや、俺の家じゃない。
「ここはどこだ……? それに今、お兄ちゃんって……」
「もう、お兄ちゃんったら、小芝居は部活でやってください! でないと学校に遅れちゃいますよ?」
「はぁ?」
さっきからこいつは一体、何を言ってるんだ……?
「……もう、今日は一段とねぼすけさんですね。……乗ってあげるのは今日だけですからね? ……“長太郎”は私、鈴木実咲の義理のお兄ちゃんです。そしてここは、私たちが物心付いた時から一緒に住んでいるお家です!」
「…………なるほど、訳わからんがなんとなくは分かった」
――やはり天業現象は、まだ終わっていなかった。そういう事だ。
俺はあのノートの中にどれだけのページに妄想を書き込んでいたのだろう。
脚本家なんかやっている俺のことだ、きっとオリジナルキャラクターだけに留まらず、ファンタジーやらSFやら、色々な物語の設定だって書き込んでいるだろう。
ノートの内容についての記憶を全て失っている今となってはあくまで推測しかないが、
他のまっさらなノートのページ数を数えて、一つだけ確信した事がある。
――ノートはまだ、二十九ページ残っている。
【第一部完結】ニジとサンジの狭間君 〜まるで二次元なミステリアス美少女VSクソッタレ三次元男子〜 木口シャウラ @ekus46
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