新年の初笑い。いつも決まった顔をする君へ

@puroa

去年からの忘れ物

 途中寄ったコンビニで買った熱々のおでんにかぶりつきながら、秋穂は先ほどおカネを渡した店員を横目に見つめていた。


「お正月まで、仕事してるんだ……」


 一月一日、お昼ちょっと前。ハフハフと白い吐息を上げながら、正月のひんやりとした冷気を通しておでんを売ってくれた店員を見つめる。女子高生からの熱い視線ではあるのだが、店員はもう次の客の相手をしていて、秋穂の視線など気付きもしない。


 反応がない以上は意味のない視線をぼんやり送り続けていると、 傍らから「お~い、いくよ~!」 と声が聞こえて。遠目で手を振っている父の姿を見て、秋穂は適当な返事をして車の方へと走り出した。

 祖父母の家まで、もう少しだ。




 ***




「明けまして、おめでとうございます! 今年もよろしくお願いします」


 おでんを買ったコンビニから、約数十分。ようやく着いた田舎で、祖父と祖母に新年の挨拶をしてから、家族で祖父母の家へと上げてもらう。

 随分久しぶりに見た気がする二人は、孫である秋穂の顔を見た途端に笑顔になったらしく、駆け寄って色々と話しかけてくる。


「秋穂ちゃんも久しぶりやねぇ。前会ったときと、随分大きいなったんやないか」

「どうだったかな。もう昔のことなんて、あんまり覚えてないし」


 ワシワシと頭を撫でられる子ども染みた感覚に思春期を発動させ、そっけなく対応した。おじいちゃんもおばあちゃんも、別に嫌いじゃないのに。

 老化を感じた覚えは無いが、直近に会ったのがいつだったか、本当に思い出せない。

 だけど、昨年も一昨年も同じ話をしているだろうし、これに関してはお相子だろう。秋穂はそう思って、自分の塩対応を正当化することにした。


「いやいや。秋穂ちゃんはホンマに多きなったと思うよ? もう大人のレディーって感じやね」


 いつだったか考えこんでいると、後ろから声を掛けられる。視界の左右からぬっと出てきたてが視界を塞ぎ、「だ~れだ」 と裏声で語り掛けてくる。もう、本当にしょうもない。

 そんなので喜んでたのは、それこそ何時の事だったか。


「……どうも、叔父さん。明けましておめでとうございます」

「おぉことよろ。相変わらず、そのムスッとする癖は治っとらんね。分かっとるよ、お年玉やろ。なんと今年は増額です。理由は何でしょう」


 祖父母に話しかけられたときより、いくらか目を細めて答えた。口だか鼻だか、どっちでしていたかよく分からない呼吸を完全に鼻呼吸に切り替えて、唇をきゅっと結ぶ。


「……」


 鋭い視線が、ニコニコしながら聞いてくる叔父を射抜いた。

 見るからに感じの悪い態度だが、女子高生にこれをされると、成人男性には相応の威力があることを秋穂は知っていた。まぁ、よくしてくれる親戚にする態度ではないだろう、といえば、その通りであるが。


「……いや、流石になんか答えてや。正解は、ボクの給与がランクアップしたからで~す。まぁ、今までの工場勤務を、夜勤にしただけなんやけどね。だから秋穂ちゃんにも、この幸せをおすそ分け」

「ゴミ箱お借りしてもいいですか? おでんのカップ、捨てたいんで」


 悪い人ではないのは何となくでも分かるのだ。仮にも叔父だしあまり会わないが、短い付き合いでもない。

 ただ、いつもいつも子ども扱いしてくるあの人に、距離感を置きたくなってしまう。

 理由と言われれば言語化できなくて困る。漫然とした嫌悪感が、もやもやとした霧のように頭の中で広がっていく。結局はすべて同じ。何となくなのだ。


「……ぁ」


 いつの間にやら手でクシャクシャにしていた、ゴミ箱の一番下に落としたカップを見下ろしながら、秋穂はため息を吐いた。

 暖房の届かない部屋の隅で、水気がしてきて冷たい両掌を擦る。


「つゆ、付いちゃった」


 だからどうにも、あの人のことが苦手なのだ。




 ***




「お盆は会えんくて悪かったね。色々忙しくってさ」

「いえ。全然大丈夫です」


 まぁ、この部屋の中に居るのは祖父母、両親、そしてそんな二人より若い叔父と秋穂だ。最も若く歳が近い二人が隣同士になるのは、ある意味で当然と言えた。


 それは分かっているのだが、どうして話しかけてくるのだろう。

 我儘なのは承知だが、苦手な人と狙って隣同士にされるのは少し嫌な処である。そもそも叔父が何故こんなにも話しかけてくるのか、理解できない。

 姪にこんなそっけない対応をされているのだから、互いに無言で居ればいいのに。


「初詣とかは行った? 願い事、何にしたのよ」


 そんな秋穂の思いをよそに、叔父は普通に話しかけてくる。ニヤニヤ面をしながら眺められているのが見なくても分かって、余計にモヤモヤしてくる。

 一方の秋穂は、横から話しかけられても顔は前に向けたままで、口調もつっけんどん。あくまで相手が勝手に話しかけてくるんです、という体を装っていた。


「行ってないです。特に興味もないですし」

「友達誘って行けばよかったのに。一人の夜って、寂しくない?」


 これは、普通にイラっとした。


 幾ら叔父といえど、相手は女子高生、多感なお年頃だ。そもそも大人だって、聞いて良いことと悪いことがあるだろう。マナーのマの字も分かっていない叔父に、堪忍袋の緒が切れた。


 絶対にコイツの弱みを握ってやらなければ気が済まない。絶対に痛いところを突いて、派手に笑ってやる。


「叔父さんは……仕事してましたよね」

「ん~どうかな。ボクって結構、謎多き男やからね」


 秋穂が質問した途端に、口を閉じて引っ込む叔父。人には散々失礼なことを聞いておいて、自分のことは話す気が無いらしい。そういうところも、本当に腹が立つ。

 この瞬間に、眼前のジジィの馬鹿さを、両親のもとに晒してみせることに決めた。しらばっくれても追及の手を緩めない。


「でも、違わないですよね?」


 それを聞くなり、水風船が爆ぜたようにワッハハ、と突然笑い始めた。

 新年初笑いがこれなら気持ちがいいだろうな。そんな叔父を見ながら、秋穂はなんだか違和感を感じる。まるで憑き物が落ちたみたいな叔父の顔が、妙に胸に響いたのである。

 なにか、妙なことを言ってしまっただろうか。


 いや、気のせいだろう。この人に憑き物なんてある筈がない。


「うん、当たり」

「何年の付き合いだと思ってるんですか……まったくもう」


 叔父の大爆笑にちょっとばかりドン引いて、秋穂の怒りは冷めていった。言葉の末尾にため息のように呆れた声が出て、彼女はふふっと笑う。

 このやりとりを以前にもしたことがあるような気がする。それがいつだったのかは、秋穂は思い出せないが。


 叔父である男は姪の反応が面白くて、ついつい笑い過ぎてしまった。このやりとりは昨年も一昨年も、毎年のように二人の間で交わされるものだ。

 毎年の学校生活や将来のことで忙しくて、本人は覚えていないだろうが。


 多分来年、再来年と来たときにも、秋穂は同じやりとりをするだろうか。叔父にとっては、それが嬉しくて堪らない。

 正月の寒空に響いた、新年一発目の笑い声。今年も姪にあしらわれ続ける、いい年になりそうだ。

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