第十七話 SNSの力
「立科町への出発は、
給湯室から出てきたダンテが、
「朝六時に駅前のロータリーに来てください。下根田くんには自宅近くのコインパーキングにレンタカーを一晩入れて、朝五時半に
「
「いやいや、
コーヒーカップ片手に
有江は、立科町には有給休暇を取って行く予定なので、部長に話しておこうと席を立つ。
有江の隣は、愛永の席だが、今日は朝のうちこそ席にいたが、すぐ出掛けてしまったようで姿は見えない。更に奥の席に部長が座っている。
「部長、金曜日なのですが、実は……」
「ああ、任廷戸さんから聞いてますよ。壮大なトリックを仕掛けるそうですね。長野県まで行って確かめたいと任廷戸さんが息巻くくらいだから相当なアイデアなのでしょうね。こっそり教えてもらえませんか」
「い、いや、今は無理です」
「そうですよね、あの任廷戸さんが、許すわけないですよね。まあ、気をつけて行ってきてください」
そう言った部長は、ダンテに気づいて「車ありがとうございます」と席から声をかけていた。
ダンテと
席に戻った有江は、ダンテに「訳わかりませんけど、ありがとうございます」と礼を伝えた。
「出発するまでに調べられることはないかと思って、メモの謎解きをネットの民にお願いしてみました」
ダンテは、ネット上に「地獄の門」「かぐや姫」「子はどこ」「すいせんの中」「西藤さん」「テディベア」の謎解きを募ったそうだ。
「どうでしたか」
有江は、ネットの集合知の力を知っている。どこかで読んだような文章がなんの作品の誰の文章なのか、ネットに尋ねると立ちどころに判明する。何度、無断転載の罪を防いでもらったことかわからない。
「何も返事はありませんでした」
期待外れの答えだった。
「それだけ難しいのでしょうか……」
「五十三人も見てくれたのですが、解らなかったようです」
「えっ、何人が見たのですか」
「五十三人です」
「インプレッション数が五十三ですか」
「そうです」
「そういえば、ネットに小説を公開してから、その後ほったらかしでしたね。小説のページビューは何件くらいになっていますか」
「ひと桁ですね」
「SNSの反響はどうですか」
「『公開しました』とポストするとインプレッション数は三十くらいになります。すごくないですか」
「いや、いや、桁がふたつ以上違いますね。フォロー者数とフォロワー数は何人ですか」
「フォロー三人、フォロワー三人です」
「納得です。対策第一弾として『フォロバ100%』とポストして、フォローされたら、エロ垢以外はフォローしてください」
ダンテは「エロ垢」を調べてから、有江に言われたとおりポストした。
「いっそのこと、私のSNSをエロ垢にしましょうか」
それは、それとして、今日は、日本語訳の第六歌を公開する。
*****
神曲リノベーション・地獄篇(第六歌)
義姉フランチェスカと義弟パオロへの憐みによって、苦しみのあまり失っていたダンテの意識が戻ると、どこに行こうとも、どこを振り向いても、どこを見ても、ダンテの周りには新たな責めとそれに苦しむ者たちしか見えなかった。
ダンテは、第三の圏にいた。
冷たく重い永遠の雨が、呪われたかのように一様に打ちつける。大粒の雹と黒い雨と雪が、暗黒の空から降り注ぎ、大地には異臭が漂っていた。
三つの頭を持つ異形の獣ケルベロスは、堕ちてきた者たちを三つの喉で犬のように吠え立てる。目は血走り、髭は黒く脂ぎって、腹は大きく膨らんでいる。手の鉤爪で魂たちを引き裂き、皮を剥ぎ、八つ裂きにする。
雨は痛く打ちつけ魂たちを犬のように喚かせ、神を冒涜する惨めな者たちは、雨を避けるため半身を交互に下にしようと、絶え間なくのたうち回っている。
~
全文は、次のリンクからお読みいただけます。
カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16818023212354450571/episodes/16818023213446056422
~
ダンテたちは、重い足取りで、未来の運命を思案しながら、魂たちと雨が混じりあった中を進んでいった。
「この責め苦は、最後の審判の後に大きくなるのですか、小さくなるのですか、それとも今と同様の苦しみなのですか」
「あなたが学んだことが示すように、事象は完全であればあるほど、天国では善いことと思われ、地獄では苦しく感じられるものです。この呪われている者たちは、天界の完全な存在にはなり得ないが、その存在を待ち望むため、受ける苦しみは更に大きくなることでしょう」
ダンテたちは、円となる道を辿りながら多くのことを話し、下へと降りる地点に着いた。
そこには、大いなる敵プルートが待ち受けていた。
*****
「冒頭でいきなりのルール違反ですね。意識が戻ったらワープしているのは止めるよう言ったはずです」
有江は、真剣みに欠けるダンテに叱るように言った。
「西藤さんのメモが気になって、今回はそのまま日本語化してしまいました。直すとすれば『神に連れられて』を入れるだけです」
開き直りとも取れるダンテの態度に有江はカチンとくる。
「中ほどに登場する『チャッコ』って誰ですか。文脈からして有名人ではなさそうですが」
「どう説明すればよいのでしょう。『食いしん坊』みたいな感じですかね。もっと砕けた訳文にすれば『大食漢ちゃんこ』としてもよいかと思います」
これは、我ながら上出来ですとダンテは得意げにしている。
「前回のゴシップ話から、今回は政治色が強くなりましたね。当時の政治状況がわからないので、いまいちピンときませんが、ダンテさんは、白派と黒派のどちらだったのですか」
「白派はチェルキ派、黒派はドナーティ派のことで、私は白派に属していました。私がフィレンチェを追放されたのもそのためです」
ダンテは悲しげに目を閉じた。
ダンテが少し気の毒に思えた有江は、褒めるべきところは褒めようと「第六歌は、全体を通して湿った感じがして、沼に沈められる恐怖を増加させていますね」と言った。
ダンテは、目を閉じたまま言う。
「明日の朝は早いので、起きられるでしょうか」
校閲の内容は、全く頭に入っていないようだった。
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