第十三話 「神曲」を量産する

 今日も朝からダンテはエレベータホールのベンチで、給湯室のワゴンを台にパソコンを打っている。

 十時に、できましたと声がかかった。


   *****


 神曲リノベーション・地獄篇(第四歌)


 激しい雷鳴が深い眠りを破り、無理やり起こされるようにダンテは意識を取り戻した。

 ダンテは、辺りを見渡しながら立ち上がり、自分がどこにいるのか知ろうと目を凝らした。無数の呻き声がひとつになり騒然としている。

 ダンテは、神に運ばれ、苦しみに満ちた谷の際に立っていた。谷は霧が濃く立ち込め暗く深く、底を覗こうにも何ひとつ見分けがつかない。

「これから、私たちは何も見えない闇の世界に降りていきます」

 ウェルギリウスは、とても青ざめていた。

   ~

 全文は、次のリンクからお読みいただけます。

  カクヨム    https://kakuyomu.jp/works/16818023212354450571/episodes/16818023212840199894

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 世界は偶然によって成立したと説いたデモクリトス、ディオゲネース、アナクサゴラス、タレス、エンペドクレス、ヘラクレイトス、ゼノン、薬草の採集者ディオスコリデス、オルフェウス、キケロー、リノス、道徳家セネカ、幾何学者エウクレイデス、プトレマイオス、ヒポクラテス、アヴィケンナ、ガレノス、偉大な注釈を著したアヴェロエスを見た。

 だが、全員のことを存分に述べる余裕はない。題材の多さにいそがしく、事実を述べるには言葉足らずになってしまう。

 六人の一団は二人だけになった。

 賢き導者ウェルギリウスは、別の道を通り、静寂から溜息で打ち震える大気の中へとダンテを導いた。

 明かりの全くない場所に来た。


   *****


「ああ『神に運ばれ』とさらりと入れてきましたね。序盤から『デウス・エクス・マキナ』ですか」

「それ、絶対的存在が現れて物語を収束させてしまう『機械仕掛けから出てくる神』という手法ですね。ここでは、文字どおり『神』の仕業ですが、結末を収束させているわけではないので、それでは、ありませんし、原文でもあらわしていないだけで『神』の仕業なのですよ」

「まあ、スルーしてしまうよりは、マシということですね」

「そう言われると、身もふたもありません」


「ダンテ情けなさ過ぎです」

「そうですね……」


「第四歌には、人の名前がたくさん列挙されていますね。ほとんど知らない人ばかりです。削り甲斐がありますねえ」

「覚悟しています」

「たぶん、ほとんど残らないと思います」


 お昼を食べてその後はぶらついて直帰しますと言って、ダンテは出ていった。


 それからというもの、ダンテは、朝のうちソファーで何かしらをパソコンで打ち、お昼前に有江ありえと校閲をし、お昼には会社を出ていく出勤パターンとなった。



 定時に、今日もできましたと声がかかる。


   *****


 神曲リノベーション・地獄篇(第五歌)


 こうして、ダンテは第一の圏から第二の圏に降りた。そこは、第一の圏より小さいが、罰は大きくなり人々は悲鳴をあげている。

 身の毛もよだつ姿のミノスが、牙を剥き出して吠えている。

 ミノスは、魂の罪を調べ、尻尾が巻き付く回数に応じて裁き、その圏へと送り込む。

 悪に生きた魂は、ミノスの前で余すことなく罪を白状し、罪を見通しているミノスは、どの圏が相応しいか、堕ちていく回数分、尻尾を自分の身体に巻き付かせている。

 ミノスの前には、常に多くの魂が群れをなし、順番に裁きにかけられていく。

 罪を話し、裁きを聞き、深淵へ堕ちていく。

   ~

 全文は、次のリンクからお読みいただけます。

  カクヨム    https://kakuyomu.jp/works/16818023212354450571/episodes/16818023213043059271

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 フランチェスカは、ダンテに言った。

「惨めなときに幸せなときを思い出すことほど、辛いことはありません。それは、あなたの先生もよくご存じです。しかし、私たちの愛の馴れ初めをお知りになりたいのであれば、涙を流すかもしれませんが、お話しいたします。

 ある日のこと、私たちは気晴らしに愛がランスロットを捉えた物語を読んでいました。ふたりきりで、何の心配もなく読み進めるうち、その物語に誘われるように目と目を交わし、その度に顔を染めていました。しかし、深く愛した恋人が微笑み、長く焦がれた口づけをされる一節を読んだとき、私たちの理性は負けてしまったのです。私から永遠に離れることのないこの方が、震えつつ私に口づけをしたのです。その本の作者は、恋の仲立ちをするガレオーです。その日、私たちは、それ以上、先を読み進むことはありませんでした」

 一方の魂フランチェスカが語る間に、もう一方の魂パオロは泣いていた。

 ダンテは、憐みのあまり死んだかのように意識を失い、死体が崩れ落ちるように倒れた。


   *****


「ミノスは、自分の身体に尻尾を巻き付けていたのですね。気がつきませんでした。これ、見栄えが間抜けじゃありませんか。魂に巻き付けた方が恐ろしく見えると思います」

「そうですね。たしかに間抜けに見えます」


「ウェルギリウスさん、前にカローンさんにも『これ以上、何も問うな』と言っていましたね。高圧的な人なのでしょうか」

「いや、地獄の住人に対してだけですよ。私には優しく接してくれますから」

 やはり、BLテイストを入れた方がいいのかもと有江は思った。


「ダンテは、一転して愛欲の罪人への食いつきが、半端ないですね。ちょっとキモイです」

「誤解だと思います。大衆の関心を引くためには、これくらいのゴシップは必要なのです」

 ダンテは、あくまで計算して書いていると主張する。


「ダンテ、また気を失いましたね」

「はい……わかっています」

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