第十一話 Web小説デビュー

 ダンテが今日もやってきた。

「ナニカデソウに電気が通りました。水道も使えるようになり、お湯も沸かせて、ネットカフェに近づきました」

 ネットカフェにしなくてもいいのにと有江ありえは思った。


   *****


 神曲リノベーション・地獄篇(第三歌)


 私を過ぎる者は、悲しみの都に入る。

 私を過ぎる者は、永遠の苦悩を得る。

 私を過ぎる者は、滅亡の民となる。

 正義は、尊い創造主を動かし、

 神の力、最高の知、初めての愛は、私を造る。

 私の前に、永遠の事象以外はなく、私も永遠に続く。

 私を過ぎる者は、すべての望みを捨て去るのだ。

 門の頂に黒く記された言葉を目にして、ダンテはウェルギリウスに尋ねた。

「この言葉が意味することが、私には見当がつきません」

 ウェルギリウスは、言葉の真意を見透かすかのように答えた。

「ここでは、すべての疑念を捨て、心の弱さは押し殺さねばなりません。私たちは、先に話した場所にやってきたのです。あなたは、知性の恩恵を失った者たちの苦悩する姿を目にするでしょう」

   ~

 全文は、次のリンクからお読みいただけます。

  カクヨム    https://kakuyomu.jp/works/16818023212354450571/episodes/16818023212419989370

   ~

「ダンテよ」

 ウェルギリウスは、優しく言った。

「神の怒りのうちに死んでいく者は、あらゆる場所からここに集まる。そして、川を早く渡ろうと気を急かすが、それは、神の正義が彼らに拍車をかけるため、恐れが望みに思えてしまうからなのです。この川を善き魂が渡ることは決してありません。ですから、カローンがあなたのことで文句を言おうとも、それは何を意味するのか、今ならよくわかるはずでしょう」

 ウェルギリウスがそう言い終えたとき、漆黒の河原が激しく揺れた。

 その恐怖は、思い返すだけで全身から冷や汗が噴き出すほどだ。

 涙に濡れた大地は、風を起こし、風の中で朱の稲妻が瞬いた。その光に全ての感覚は奪われ、眠りに囚われた者のようにダンテは倒れ伏した。


   *****


「いよいよ、地獄の門が登場ですね。参考に今度、見に行きましょうか」

「地獄の門が実際にあるのですか」

「世界に七つあるうちのふたつが、日本にありますね」

「七つあるのも驚きですが、ふたつもあるとは、日本は地獄に近いのでしょうか」

「そうですね、日本での『地獄』は、結構ポピュラーだと思います。三途の川や針の山、閻魔大王とか、なぜかイメージできたりしますね」

「日本の地獄も『神曲』の地獄と同じなのですか」

「そっくりですよ。三途の川はアケローン川だし、閻魔大王は地獄の裁判官ですからミノスと一緒です。針の山や火炙りなど責め苦も似てますね。ただ、閻魔様は地蔵菩薩の化身と言われていますから、ミノスほど根っから悪魔というわけではないですね」

「日本でも、地獄に行った話はあるのですか」

「地獄に限らず死後の世界に行った話はたくさんあります。死後の世界は『冥界めいかい』とか『冥府めいふ』とか『黄泉よみ』と言われます。前にもお話しした『日本書紀』では、イザナミが火の神カグツチを産んで亡くなってしまい、イザナギが彼女に逢いに黄泉の国へ行ったと書かれています。作家先生が異世界転生ものをよく書くので、調べて詳しくなりました」

「平安時代の小野篁おののたかむらという人は、昼は朝廷で官吏を勤め、夜は冥府で閻魔大王の裁判補佐をしていたと書かれているようですね。これは、恐れ入ります」

 ダンテは検索して、地獄に関する物語を見つけたようだ。

「地獄の門は、日本のどこにあるのですか」

「上野の国立西洋美術館と静岡県立美術館ですね」

 ダンテは、再び検索する。

「上野は近そうなので、ぜひ見に行きたいですね。私がここに来た原因が掴めるかもしれません」


 校閲に戻る。

「ウェルギリウスさんの手がダンテの手と重なって、ドキドキ展開を期待してしまいますね。いっそBL路線に走りませんか」

「BL……と、男色ものは、おじさんふたりですから、美しくありませんよ。あっ、そんなドラマが既にありますね。しかし、ダンテにはベアトリーチェがいますので、遠慮しておきます」


「たしか、カローンさんの船からひとりひとり飛び降りるシーンは、原文では『岸から飛び降りる』ことになっていませんでしたか。以前読んだときに、あれっと思ったところです」

「ええ、私もそう思いまして、こっそり『船から飛び降りる』に直しています」


「最後は、ダンテが気絶する場面ですね。原文では、第四歌でいつの間にか川を渡っていて、読者全員が『ずるい』と声を上げる部分です。リノベーションした展開を楽しみにしていますよ」

「わかっています。既に対策は考えています。後悔はさせませんよ」

 ダンテは、自信満々に答えた。


「さて、これで第三歌まで改稿が済んだのですが、この辺りでネット掲載してみてはどうでしょう」

「教えてもらったネット上の小説サイトのことでしょうか」

「そうです。代表的なサイトに掲載して読者の反応を見てみたいですね。この文体では、そう興味を持たれることもないでしょうが、文学作品の二次創作として、読み専の方には刺さるものがあるかもしれません」

「『よみせん』とは何ですか」

「読むこと専門の方です。書き手同士では、互いに高評価し合うなどの忖度そんたくが生じることがありますので、読み専の方のレビューを参考に読書するネット民も多いようです」


 有江は、ダンテのパソコンにメールソフトを設定した。総務部に追加してもらった会社ドメインのメールなので、dante@ で設定されている。

 短文投稿SNSにアカウントを作ろうとしたが、この世には、既に「ダンテ」が何人もいるようだ。重複アカウントを避け、ようやく @Dante_2024_jp が取得できた。名前を Dante_Alighieri にする。

「プロフィール画像は、ボッティチェリさんが描いた横顔の肖像画にしておきますね」

 どれどれとパソコンを覗き込んだダンテは、全然似てませんねと言って大笑いした。


 小説投稿サイトに Dante_Alighieri のアカウントを作った。

「プロフィールを登録しますので、考えてください」

 わかりましたとダンテはパソコンを打ち始める。


   ******


 千三百十三年のヴェローナからタイムスリップして、現代の日本にやって来ました。中世イタリアに戻る方法を探りながら、今は『神曲』を日本語でも読みやすいように改稿しています。


   *****


「これでどうでしょう」

 ダンテは、作品以外の文章は全く気合の入らないタイプのようだ。

「とりあえず、今日のところはここまでにして、明日にでも投稿しましょう」

 有江は、ダンテにパソコンを返した。

「おお、早速『フォロー』と表示されました。どうしたらいいでしょう」

「お返しにその方をフォローしたらいかがですか」

「そうします、フォローします。『フォロー』ってなんですか」

 ダンテは、嬉しそうだ。


「ダンテさん、明日お時間があれば、上野の地獄の門に行きますか」

 ダンテに時間がないわけがない。ダンテは、二つ返事で行きますと答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る