第2話 篠突き雨
夜中、唐突に「君、私の珠を何処へやった」と声が聞こえたので仰天して飛び起きる。寝惚け眼に良く見ると暗闇の中辛うじて袴と着物を着付けた男が見えた。覚えのない人間だったので、思わず身構えて一体君は何者だと問うたが、その者は素っ気なく「俺はこの世で語る名を持たぬ」と先方は言い「それより俺の珠は何処へやった」と重ね重ね聞いてきた。どうも釈然としない話しではあったが、一応その玉と言うのはどういうものかねと尋ねると、「惚けるな、この手に乗る位の瑠璃色の珠だ」と子供に諭す様に言う。それは些か気にはなったが、それよりも件の玉である。とりあえずその瑠璃色の玉と言う下りで合点がいったので、ああそれなら夕刻此処で拾ったぞと言ったが、「それは何処だ」と眼を爛々に光らせて彼の者が迫って来る様に見えたので慌てて私はそこの文机に置いてあると言った。彼はそれを聞くに文机の方に眼をやりそこにあった玉を良く良く子細に見て後、「おお、これだこれだ」と此方を意に介さず、一人で納得いってる風であった。そうして玉を手に取ると、「やはりお前が持っていたのだな」と再び此方を睨む様にするので私は別に取った訳ではない、昼寝をしていたら勝手にそこに落ちていたのだと弁明した。ただ、弁明して後、この様な取って付けた話し信じてもらえるのだろうかと俄に不安になったが、彼は「ふん、まあいい」と鼻を鳴らして「これで用向きは済んだ」と縁側に出た。風が強く吹いて、雨がまばらに降っている。嵐が来る様だ。彼はその中に立ち「じゃあな」と言うと、一陣の突風が吹き私が眼を開けると彼は跡形もなく去っていた。 完
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