第3話 選択と顛末

 数千メートル規模の山々が連なる山脈。太古にこの地を支配したという王の名前にちなみイヴァン山脈と名付けられた…らしい。


 広大な平地には一面の砂漠が広がるが、イヴァン山脈の付近には溢れ出る地下水によって大きな河川が存在していた。


 戦争の最中、滅びた国々の難民が戦火を逃れ都市が出来上がった。


 他の都市同様に、領域全体を巨大な壁で覆うことで変異生物や生物兵器の子孫などの危機から身を守ってきた。


 そんな平穏はもうじき100年となり、市民はその幸福を享受している。


 そんな都市の平穏に……………、とある物資を巡った混乱が崩壊の一手を与えるのはもうじきである………。



 



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「いったい、どうなっておる!?予定日はとっくに過ぎているのだぞ!!」


 精緻を凝らした高級そうな椅子から乱暴に身を乗り出した老人が、対面に座る人物にぎりぎりと詰め寄る。


 相対する男性は額に浮かぶ大粒の汗をハンカチで拭き取りながら、絞り出すように声を出す。


「ですので…、我々ギルドとしましても鋭意捜索中でありまして………」


 ドンッ!!


「ひいっ!?」


 怒りで肩を震わせる老人が、堪えきれず机にその巨大な拳を叩きつけた。勢いよく跳ね上がったティーカップからは、甘い香りを漂わせる薄茶色の液体が零れ出る。

 

「そんなもの何度も聞いておるわ!!儂が聞いているのは例のものがいつ再発送されるか、それだけだ!!」


 丁寧に整えられた白髪、形よく伸ばされた白髭、身体にピッタリと合うようにオーダーされた一品物のスーツにはシミ一つ無く、老人の几帳面さと財力をうかがわせる。


 一方の男性は、ギルド規定の制服に身を包んでいるものの、ボサボサの髪にクマのできた目元と不健康そうな風貌で…。


 頬はやつれており、連日の老人への対応ですっかりと疲弊しきっている。


 老人の怒鳴り声を聞きながら彼は思う。そもそもこの問題は、クエストを失敗させたハンター本人と、ギルドの経営陣の責任なのであって、自分ではないのだ!!前者は行方不明、後者は中間管理職たる自分に全てを押し付け出張という名目でさっさと逃げてしまった。


 老人の怒りを耳にして震えていた小太りのハゲの醜く肥えた顔を思い出した彼は、怒りに顔を歪ませようとして…、寸前で思いとどまった。


 危ない危ない…。目の前にはまだ客がいるのだ…

 

「そのことについては貿易相手都市の規制によりまして、ですね…」


 老人が求める例のものは、核戦争が始まる以前の世界で利用されていたというもので、現状の世界では遺跡探索で発見する以外に入手方法がないのだ。


 それを所持するという都市、ストーク市では市長の交代という転換点により、都市同盟間の貿易から手を引こうとする動きが見られるのだ。


「現在ですね、ストーク市では医薬品や武器類をはじめとした第一種戦略物資の都市外への流通が規制されている状況でありまして……」


 この説明も何回目だろうか…。そもそも眼前の怒れる老人はここ、イヴァン市の現市長である海原巌男であり、そのことについて知らない訳がないのだ。


 現状を知りながらのクレーム。これは彼が怒りを持て余しているということであり…


「そうであるから、規制前に輸送の依頼を出したのだろう!?それを失敗しただけではなく、挙げ句の果には儂がそれを欲していることをあやつに知られてしまうなど………。」


 都市同盟といえど決して一枚岩ではない。10を超える都市群はみなイデオロギーや信条が近しいという理由だけで集まったに過ぎず、各都市のトップには戦時中の敵対国の人間もいるのだ。


「おのれ、ロシレアの売女風情が……!!」


 巌男は、実の両親を殺害してまで政権を無理矢理に交代した小娘の事を思い出し、屈辱に顔を歪めた。






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「しっかし、あいつが行方不明とはなぁ」


 中心に設置された大きな丸太柱によって支えられたトタンの屋根。有り合わせの物資で作られた不格好な建物、薄汚れたそこには建物によく似合う嘘汚れた男女が集まっていた。


「ああ。ちょっと前に壁内へ住めたばかりだって言うのになぁ…」


 ボロボロの服に身を包んだ男が2人、木製の椅子に腰かけ話を進める。


「まあ、アイツのことだしそのうちヒョッコリ帰ってくるんじゃねえか?」


 ニヤニヤとしながら比較的小綺麗な男が話す。

 

「ちげえねぇ、伊達にCランクハンターやってねぇんだ」

 

 歯の抜けた口を開いて対面の男が宣う。


 ハンター御用達の酒場「山猫のしっぽ亭」。そこで彼らが酒のつまみに話すのは、旧友であり仕事仲間でもある男のことで。


「ここイヴァン市ではCランクハンターなんて数えられるくらいしかいねえんだ。」


「だな!おいら達を入れて10数人だっけか?Bランクにもなると片手で数えれるだけしかいねぇんだ。そんなやつが万が一にも死ぬなんて有り得ねえ!」


 そんなアイツの事だから、暫くしたらいつもの様に「カミさんに怒られちまってよう」、なんてトホホ面でここに現れる筈で。


 そんな光景が簡単に想像出来て…





 だからこそ、アイツが殺されたなんて聞くことになるなんて、信じられなくて………………







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「カミラさん、落ち着いてくれ!!」




 凶悪そうな顔の男が二人、号泣する女性の前に立っている。


 それは、男が乱暴を働こうとしたなんて訳ではなくて


「嘘よ!!あの人が死ぬはずが無いわ!!」


 イヤイヤと首を激しく振りながら崩れ落ちる女性。その長く綺麗な茶髪は振り解かれ、涙に濡れた顔に張り付いている。


 彼女を泣かせたのはあり得るはずの無い出来事で。


「おいら達だって信じられないんだ!!でもよぅ…」


「あれは……確かに、ソーンだったんだ……」


 男たちは死ぬわけが無い友人の亡骸をこの目で確認してしまった。遺体の頭部は一部損傷していたが、確実にあれは彼だった。


 そしてあの傷は…、変異生物達にやられた訳ではなく…


 もっとも、そんな事を取り乱す彼女に伝える訳もなく、彼らは細心の注意を払いながら伝えた。

 

 そして、意図して伝えてないことはあれど全て偽りの無い事実だからこそ…………、夫の信じる友人たちの言葉だからこそ…………。


 疑う余地なく彼女に理解させてしまって…、受け入れきれない現実に目の前が真っ白になって。


「カミラさんっ!!!」


 二人はショックで気を失ってしまった彼女に急いで駆け寄る。


「坊主!カミラさんをベッドに運ぶから扉を開けてくれ!!」


 先ほどから一言も発さず茫然自失に立つばかりだった少年が、その言葉で我に返る。


「わかっ……た…」


 たった15.6の少年が自分の父の死を聞かされ冷静でいられる筈もない。事の顛末を伝えに来た男たち2人は互いに顔を見合わせ、遺された母子を支える事を誓った。






 


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 ベッドで眠る母をぼうっと見つめていた少年、ルークがゆっくりと此方を見る。


「あの…さ、父さんはなんで…」


 俺は、話し始めたルークを手で制し、カミラさんへ視線を移した。


 それに気付いたルークはハッとした表情の後、気まずそうな顔をしてうつむいてしまう。


「ルーク、ちょっと外の空気すってこようぜ。ゲイル、カミラさんを見ててくれ。」


「えっ…。あ、ああ…分かった」


 ゲイルに視線をやった後、俺はルークとともに家の外に出る。


 玄関を出て、直ぐに広がる眩いネオンに目を細めながら、俺はタバコを取り出す。


 クラクラと立ち上がる煙は夜の闇に紛れてゆき、遠くから聞こえるいつもと変わらないスラムの喧騒が心を落ち着かせる。


 客引きをする娼婦の甲高い声、誰かが歌う下手くそな歌、喧嘩や怒鳴り声が湧いては消え湧いては消えを繰り返す。


 安物のタバコは直ぐに燃え尽きる。そんな安タバコに…喧騒は良く似合うのだろう。安っぽい時間が………、ここがスラムで、俺達がどういう運命を生きているのかを、肺を満たす煙とともに蘇る。


 チラリと後ろを見て、所在なさげに後に続くルークにタバコを1本進めてみる。


「ルーク、1本どうだ?」


「ん」


 いつもは断るその1本を、ルークは受け取る。慣れない手つきでの着火。何回目かの試みでようやく灯りを放ったそれを、よろよろと口に含む。


「ッ!!ゲホッゲホッ!!」


 涙を零しながら、咳き込む姿はまだ幼い子供で…


 無意識に…、咳き込みうずくまる背中をさすっていた。


「うっ…うぅ…」


 触れた背中が細かく震えるのを手のひらから感じ、収まるまでその背中に俺は手を動かしていた。


 やがて落ち着いたのを感じた俺は、ルークに背を向けもう1本タバコを取り出す。


「お前はまだ若い、思いのままに生きれる時間は短いもんだ。辛い時は素直に泣いてもいいんだ。」


「ふぐっ…、泣いてなんか…ねぇし。俺は、煙で咳き込んだだけで…」


「そうか…よ」


 強がるルークの姿に、最近殆ど感じなかった痛みが心を襲う。


 子供でいれる時間は短い。こんな世界ではタダでさえ少ないそれは…、こんな状況じゃ否応なく大人に成らざるを得ない。


 大人になるって事は、与えられる現実に逃げずに立ち向かうって事で…。


 傷つく姿を見たくない、と母子に伝えられない俺も大人には成りきれてないって話で…。


 そうやって逃げようとした俺を、ルークは真っ直ぐに見据えて、


「ユージンさん。父さんは誰に………、誰が父さんを殺したの?」


 まだ子供のハズのルークが、大人になろうと現実に向き合おうとするのを見てしまう。


 誰かに殺された、その事実に思い当たるのは当然だろう。さっきから、俺達二人は死因を伝えず、そのことに触れようともしなかった。


 俺達が言わずとも可能性に気づいて、それでも違うはずだと否定することで心を守ろうとしてほしい。俺達に傷つかせないでほしい、そんなエゴが見透かされていて

  

 フッ、と自嘲気味に笑いながら、痛みを受け入れる覚悟を決める。


「あいつは、ソーンは…絶対に誰かに殺された。それだけは確かだ、でも……誰がアイツを殺したのかは分からない。」


 犯人は一番高価な配達物には手を付けていなかった。盗んだのが″あのピストル″と地図、サンドボードだと言うことは分かっている。


「犯人は″あのピストル″を持っているはずだ。性能も良いとは言えない安価な武器だ。そんなものを盗む様な奴は、駆け出しの野郎ぐらいだ」


 死因がナイフのことからも、あいつをインファイトで殺せるのは異能使いの複数人だろう。周囲のタイヤ痕はかき消されかけていたが…、おそらくソーンの車以外には無かったハズだ。


「充電なしであそこからサンドボードで行けるのはここ、イヴァン市くらいだ。」


「じゃあ、犯人は…」


 ルークが怒りの籠もった目で此方を見つめる。犯人像と推測上の居場所、これらの情報はルークを復讐の道に向かわせる選択で…


 だが、これがルーク自身のためになるはずだと信じ…






  


「ああ。おそらく…、犯人はこの街にいる」


「そっか」


 家の中へ帰ろうと振り返る一瞬、歪な笑みを浮かべるルークが見えて、悲しみを怒りで埋める姿が見えてしまって…



 

「ソーン…、俺の選択は正しかったのか…?」


 もう答えるはずのない友人への質問は、薄い煙となって夜の闇へとドロドロと溶けていった。

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救いの無い世界、それでも俺達は生きていく 〜スラムの孤児だった俺が魔王と呼ばれるまで〜 かふ @kafusan

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