第2話 進むべき道

 「ところでさ、車の後ろになんか積んであったけど…。」


 追い風を受けスピードを増すサンドボードが地面を滑る。


 比較的なだらかな下り坂をかれこれ数分は下りながら、聞き忘れていた事を隣の相方に尋ねる。


 隣で涼しげな顔でサンドボードを操る男、シオンがそのエメラルドグリーンの瞳をこちらに向け答える。


「ようわからんのやけど、何らかの医薬品とかやないかな。まあ、冷凍ポッドに保管されとったし、車が動かせん以上持ってくることはできんやろね。」


 衝撃吸収剤をふんだんに敷き、厳重に輸送されていた緑の液体。あれがなんなのかは分からないが、その輸送を目的にあの男が砂漠を渡っていた事はメモをみる限り明らかだった。


「なんか高価そうだったし…、勿体ないよなあ…」


 やっぱり無理矢理にでも運んでくるべきだったかと思案していると、急に視界に地面が近づいてくる。


「アレン…」


 隣からシオンの諦めたような呆れ声か聞こえ…


 ドベシャッ!!


 派手に砂を巻き上げながら俺は地面を転がる。グルグルと回る視界に酔いそうになりながら、ヨロヨロと立ち上がる。


「これで5回目、か…」


 これで、よそ見からの横転事故が出発から5回目になってしまった。まあ、失敗は成功の下らしいし…、多少はね?


 シオンが放り出されたサンドボードを拾い近寄ってくる。


「ほい。ほんまにアレンは下手やね。」


「ありがとよ。そうは言っても、これ今日初めて使うんだぜ?」


 まあ、シオンも今日初めてサンドボードを使ったので言い訳にしか過ぎないのだが…。


 いや待てよ、俺が下手なんじゃない!!となりで笑いを堪らえようとして失敗している緑の男が格別上手いだけの可能性もある!!


「比較する相手が不適切なんだ!!」


「急にどしたん!?」


 シオンが格別上手いと結論付け、俺は心の平静をなんとか取り持つ。


 まあ、都市到着までに横転事故が3桁を超えかけたのは内緒のお話ということで…。





 ………………………………………………………………………………………………




 比較的平坦な砂地を進みながら、俺たちはこれからの話を始める。


「とりあえず僕らには3つ選択肢があると思うんよ。」


 そういいながら出したシオンの指は何故か二本であり、俺は首を傾げる。


「あっ、これはただのピース。いえーーい」


「んで、その3つは?」


 ジョークを触れずに流されたシオンがジト目しながら続ける。


「つれないなぁ…。んと、1つ目は犯罪やね!!都市相手に喧嘩売ることになるし、止めといた方がええとは思うけどな。」


 シャドーボクシングのような格好でジェスチャーをする。お前は都市相手に拳で立ち向かうつもりなのか…?


「もちのろんで却下。都市とやりあうのは流石に現状ムリ。次!」


 都市には税制度に保証された兵団や民間の自警団、それに加え賞金稼ぎなんかも所属している。はっきり言って命がいくらあっても勝てる気がしない。


「えー、楽しそうやけどなぁ…。ほら、勿論僕らは抵抗するで!!って感じでさ、やってみたら案外いけるかもやん?」


 そういいながらシオンは両の拳を打ちつける。通常運転のお調子者だが、たまに話が進まなすぎて殴りたくなってくる。


「無理です、そもそもなんの義務があるん?って感じです、巻き込まないでもろて…。そろそろ真面目にやれ」


「へーい。ほな、2つ目はコツコツ働く!!僕らは市民証がないし都市には入れへんやろけど、僕らんとこと同じやったら城壁外縁部にスラム街があるはずやし。」


 市民証がない以上はスラム街で金を稼いで身分保障をして市民証を手に入れる必要がある。都市に入れない以前に、市民証がない人間は都市の庇護下にすら入れない。


 これは人権がないのと同義だ。まあ、都市内部の人間も限られたリソースを食いつなぐだけでは生きて行けない。そのために、金と引き換えに城壁の外縁部のスラム街で住む人々を利用するのだ。


 有害な成分が排出される作業や、下水道の管理維持、ゴミの焼却など都市がその機能を維持する上で必要となる作業を行い、その対価としてスラムの民は金を得る。


 1000万ゴレで市民証が発行されるため、それを目標にスラム街の民は働くのだ。ちなみにゴレというのはここら一帯を支配する都市連合の共通通貨だ。目的地のイヴァン市や故郷のストーク市はこの経済圏に組み込まれている。


「だが…、それも却下だな。俺たちが毎日働いても、1年で10万いくかどうかだ。生活していくにも金がかかる、市民証の発行までに何十年もかかっちまう。一生はたらいて、死ぬ時だけフカフカのベッドをどーぞ!なんて反吐がでる!!」


 働けるだけ働かせ搾取し、老後の僅かな年数だけ夢を与えてやる。そんな都市の奴隷みたいな人生はまっぴらごめんだった。


 俺が三択中二つを却下したことにより、必然的に現状取れる選択肢は決まってしまった。もっとも、この選択肢は俺たち貧民街に生きるもの全ての夢であり………


「「やっぱり、ハンターだ(やね)」」


 崩壊した世界(アフターワールド)で唯一自由な仕事。時に傭兵、時には討伐隊、時には旧世界(ビフォアワールド)の遺物を求める探検家に。


 土地や人に縛られず、己の力と経験のみが実績となる。


 出自や経歴は一切不問。最低限のルールすらも無い。


 ハンターに仕事を斡旋するギルドの機嫌を損ねない限りは何をしても罰せられない、正にアウトロー。


「俺達に賭けられるのは命だけだ。なにも無い俺達が大きく稼ぐにはハンターしかねぇ!」


「他にやり方があるんかもしれんけど…、僕らは教育なんてもんも受けてへんから分からんしね。」

 

 この世界は崩壊している。


 崩壊した世界では生まれた時に殆どが決まる。


 貧者は何も知らず、生きること以上のものを望めないし望まない。


 構造がそうなっちまってる。


 命を賭けられるかどうか、それ以外の選択肢が用意されていない狂った世界で、


 その中でも最底辺の、それも孤児として生まれてしまった。その厳しさを理解できる年齢まで生き延びてしまった。


 故郷も都市内の人間の意向で焼却破壊が決定された今、選べる選択肢は一つしかなくて…


 選ばされた、そう捉えてもおかしくない現状なのに…。


 苛立ちより、命を賭けて生を掴もうとするこの状況にどうしてもワクワクしてしまう。


 スラムで生きてゆくために、何度も選択を強制されてきた。


 命を奪うか、奪われるか。


 いくつもの死の上に踊る自分自身の命が、


 俺達が奪ったあの命より、


 一切れの腐ったパンを取り合って奪われるような、


 道端の石同然の命より、


 価値あるものなのだと。 


 自分の命の価値を吊り上げるというその過程が、生きている実感があるようで、どうしようもなくドキドキしてしまう。


 隣で澄ました顔したクール気取りのシオンも、俺と変わらず、緊張と期待でフワフワしているのが手に取るように分かる。


「俺は吊り上げるぞ、命の価値を」


「そやね、でもちゃうやん。僕らで、やろ?」


 ニヤリと笑うこいつの顔がとても楽しそうで、たぶん自分も同じような顔をしてるんだろうな…………


「フッ、そうだったな。俺たt」


 ドシャぁっっッ!!


 足元に走る衝撃と共に180度視界が回転し、目の前に迫る砂の地面を見ながら俺は思う。


 認めたくはないが仕方ない…。シオンが上手いのもあると思うけど、このサンドボード壊滅的に俺が下手くそなんだなぁ…。


 ドガンッ!!!


「ヘブシッッッッ!!!」


「アレン……(だめたこりゃ)」


 ちなみに、地面に頭から突き刺さった俺を救出するのが後数十秒遅かったら窒息してた。サンドボードサンオソロシヤ…


 


 


 


 

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