第3話「幸せの答え」

 日曜日、昼過ぎ。僕は駅前で彼女、美智子さんを待っていた。


 待ちに待った週末のデート。予定としては、ビルの屋上にある水族館に行った後、同じビル内にある服屋などでショッピング。そして夜は、予約しておいたレストランで優雅のディナーといった感じだ。

  初回にしては気が入りすぎかもしれないが、美智子さんと距離を詰めるためには必要だと感じた。


「………」


  彼女が来るまでの待ち時間。デート前に不安になる気持ちなど、久しく忘れていた気がする。


 大丈夫なはずなのに、何度もスマホのカメラで自分に顔を確認する。隈は無いか、ニキビは隠れているか、と。


 服装も決めてきた。本来服のブランドなどあまり気にしないが、彼女の隣にいても恥ずかしくないよう、家にある中でも特に高級と言われるブランドの服を選んできた。もちろん、靴も。


 ……大丈夫、大丈夫だ。


 この日のために、理想の女性と出会った時のために、僕は今まであらゆる努力を重ねてきた。



 ……そうだ、大丈夫。僕ならできる



「お待たせしました」

「!」


 耳に届いた彼女の声に惹かれて、慌てて顔を向け―――そして、周りから音が消えた。


「………ぁ」


 視界に入ったのは、いつにも増して魅力的に見える彼女の姿。


 美容院に行ってきたのか、真っ直ぐ腰まで伸びていた髪は少しパーマのかかったものとなっており、普段よりも透明感のあるその肌は、この時のためにメイクをしてくれたのかと嬉しさが込み上げてくる。


 服装は、ブラウンの膝下まであるスカートに普段学校では履いてこないヒール。白色のノースリーブの上から羽織るように着ているカーディガン。熱くなってきたからか、普段は被らない帽子も身につけている。


 街中を歩いていればよく見るコーデだ。別に特別なものだとは思わない。………なのに、何故君が着ると、ここまで魅力的に見えてしまうのだろうか?


「あの……?」

「あ、すみません。その……」


 そうだ。彼女がせっかくおめかしをしてきてくれたんだ。ここは男として、しっかりと誉めなければ。


 もちろん、「似合っています」とか、「お綺麗です」とかみたいにありふれたものではなく、おしゃれな言い回しでね。


「……お、お綺麗です。………とても、似合ってます……」

「ありがとうございます」

「………」

「………」



 ………僕の今までの努力は何だったのだろうか。



「あの……大丈夫ですか?さっきから様子がおかしいですよ?」

「え!?いや、大丈夫です!さあ!行きましょう!」

「………」


 最悪だ。出会っていきなり彼女を不安にしてしまった。


 だが、デートはまだ始まったばかりだ。そんじょそこらの男ならここで諦めるのだろうが、僕は違う。ここから水族館で挽回して、最高の思い出1号を見事に作り上げて見せる!



―――――――――――――――



 無理だった。


 水族館デート。過去に様々な女性たちと何回も行っていたから、進行には自身があった。


 一応、和樹から爬虫類の話を聞いていたから、それ繋がりで魚の知識を披露すればワンチャンあるかと思い、わざわざ4000円もする魚の図鑑を買った上で必死に頭に叩き込んどいたが、それでも盛り上がることはなかった。


 そして今僕は、同じビル内にあるショッピングエリアにて、休憩用に置かれた椅子に腰を下ろしている。彼女のお手洗いを待つためだ。


「………」


 正直言って、自信を無くしている。こんなことは、今までの人生で初めてかもしれない。


 『本心が見れたから』


 和樹から貰ったこの情報を頼りに、とにかく僕は自分の本心のままに喋った。彼女を楽しませたいという本心のままに。



 ……だが、その全てが通じなかった。



 何故ダメなのだろうか。何故笑ってくれないのだろうか。


 僕はこんなにも本音で語っているのに。


「……俺には無理な恋なのだろうか」


 ふと漏れたその声に、僕はすぐさま否定するように首を振る。


 ……だがそれでも、ナーバスな気持ちというのは簡単に払拭できるものではなく、続けてため息が出てしまう。


「………?」


 そんな時、ふと|鳴き声(・・・)が聞こえた。小さい頃に何度も聞いた、猫の鳴き声だ。


 建物内で聞こえたその声に疑問を感じつつ顔を上げれば、目の前にペットショップがあった。


「マジか……これに気づかないぐらい、僕は落ち込んでたのか……」


 そう言い、再びナーバスになりそうな気持ちを、しかしギリギリのところで留め、立ち上がりその鳴き声の主の元へと足を進める。


「猫か……」


 小さい頃、飼っていたペットのことを思い出す。家に帰れば玄関まで来てくれるほどに懐かれていた、ペットのことを。


「……まあ、俺かお手伝いさんくらいしか家にはいなかったもんな」


 自分を笑うように言い放ち、その上で鼻でも笑う。


「………」


 こちらを見て鳴き続ける猫に、ふと舌打ちを何回かしてみる。その音に反応して、猫がこちらに耳を立て、そして寄ってくる。小さい頃の経験で、猫がこういった音に反応して近づいてくるのを知っている。

 そして近づいたところで、まあ触れることはできないのでガラス越しだが、鼻のあたりを指で突いて見る。そうすれば猫も、匂いを嗅ぐためなのかは分からないが、鼻を突き出してくる。


「……はは、かわいいな」

「猫が好きなんですか?」

「うぉ!」


 突然隣に現れた彼女の姿に、僕は思わず間抜けな声をあげて距離を取ってしまう。


「あ、ごめんなさい。驚かすつもりはなくて……」

「い、いえ、僕の方こそすみません。変な声をあげて……」


 ナーバスな気持ちを引きずっているせいか、彼女の顔を直視できない。ここに至るまでの経緯で僕は、彼女のあの貼り付けたような笑顔に恐怖を覚えるようになっていたのだ。


「それで!猫好きなんですか!?」

「!」


 しかし、そんな僕に容赦なく、太陽のような笑顔で彼女はこちらを覗いてくる。


「………え」


 そう。太陽のような、ずっと見てきた貼り付けた笑顔ではなく、冷たくなった心を芯の底から温めてくれるような、真っ直ぐな笑顔を彼女は見せてきた。


「………」

「あれ?どうかしましたか?」

「い、いや、その……」


 突然のことで頭が真っ白になる。だが僕はすぐに、このチャンスを逃すまいと頭を切り替える。


「はい!好きというか、小さい頃に飼っていて……」

「そうなんですか?私も何です!」

「え、そうなんですか!?」

「はい!」


 そう言うと彼女は、膝に手をつけて猫の方を向いた。


「私の家、両親が共働きで、小さい頃からお留守番することが多かったんです。それで寂しくないようにって理由でパパとママが買ってくれて―――」


 パパとママ。彼女の雰囲気から出ると思えない言葉のギャップに思わず心がキュンとなる。


「卓人さんはどういった理由で?」

「え」


 しまった。最後の方あまり聞いていなかった。だがまあ流れ的に、おそらく猫を飼うことになった経緯の話だろう。


「……僕も、美智子さんと同じ理由です」

「そうなんですね!」

「………」


 猫に夢中になっている彼女の横顔に、僕はついぼんやりとしてしまう。

 夢にまで見た彼女の笑顔。引き出せて嬉しいと思うと同時に、何故引き出せたのかという疑問がよぎる。

 猫が好きだという気持ちに偽りはない。故に和樹の情報である『本心が見れた』の対象になることは分かるが、だとするなら何故今なのだろうか?

 何度も言うが、僕が彼女に向けた気持ちが偽りであったことなどない。だからこそ、僕にはこの状況が嬉しくもあり、不思議でもあった。


「……あの、美智子さん」

「はい?」


 振り向く仕草も可愛い。


 ……違う、そうじゃない。

 まだ付き合って、もとい出会って1週間ほどしか経ってない。だがそれでも、日々の言動から彼女が言葉に嘘をつかないことは知っている。



 だから僕は決めた。いっそのこと、彼女に全部聞いてしまおうと。



「何で美智子さんは、相手の本心が見えた時にしか笑顔を見せないんですか?」

「………え……と?」


 言葉に困るように、首を傾げる美智子さん。可愛い。


 ……違う、そうじゃない。


「あ、だから、その……僕は、今まで美智子さんに偽りの気持ちを向けたことなんてありません。好きだと言う気持ちも、貴方と出会ったのが運命だと思ったのも、全部本心です。………なのに、貴方は今この瞬間まで、笑顔を見せてはくれなかった。だから、何で見せてくれなかったのかと聞きたくて……」

「………」


 彼女の前だからか、別の言い回しが何も思いつず、気持ち全部をそのまま言葉にする。羽田から見ればとてもダサく見えるだろう。実際、僕の言葉に彼女は顔を下にして黙ってる。


「………あ……あの」

「!」


 しばらく経って、彼女が顔を下に向けたまま僕の服を引っ張った。そしてわずかに見せたその顔は、頬に僅かな赤みを見せていて……。


「そ……そんなに直接的に言葉にされると……恥ずかしい……です」

「………!」


 彼女の言葉で、僕もここがペットショップの中であることを思い出す。

おそらく周りからすれば、僕たちのことなど気に求めていないのだろうが、それでも何故か、周りの視線が自分たちに向いているように感じてしまう。


「ご、ごめんなさい!場所を変えましょう!」

「………」


 黙ったまま、顔を俯けたまま、彼女は僕の言葉にうなづいた。



―――――――――――――――



「卓人さん。可愛いって無敵なんですよ」

「………は?」


 彼女が口にした言葉に、僕は思わず声を漏らしてしまう。


 あの後僕たちは、休憩がてら別フロアにあるカフェに立ち寄った。

各々頼みたい物を頼み席についた後、先ほどの話を続けようとしたところ、彼女の一言目がこれだったのだ。


 そういった言葉を聞いたことはあるが、まさか彼女の口からその言葉が出てくるとは思わず、僕はまさに面食らった状況だ。


「急に変なことを言ってごめんなさい。卓人さんの言っていることに答えるためには、ちゃんと説明しないとって思って……」

「………」


 彼女の言葉に、僕は真剣に耳を向ける。ついに彼女の本音を聞くことができるのだ。聞き漏らすわけにはいかない。


「……幼い頃から、私は色々な男性にモテました。家柄が特別だったわけでもなく、運動が得意だったわけでも、まして人とのコミュニケーションが上手かったわけでもありません。実際、卓人さんにも勘違いさせてしまってますし」

「え?勘違い?」

「はい。私、表情を変えなかったわけじゃなくて、表情筋が硬くてあまり表情が変わらないだけなんです」

「…………」


 彼女の告白に、僕の頭は再び真っ白となる。


 ―――表情筋が硬い?笑顔を見せていなかったわけじゃない?


「さっき見せた笑顔は……言うなれば、爆笑といったところでしょうか」


 人差し指を顎に当てながらそう言う彼女の言葉は、しかし僕の頭を余計に混乱させる。


 ―――爆笑?あの笑顔が?なら普段見せてる貼っつけたような笑顔は、僕や他の人がそう感じていただけで、実際は楽しくてでた笑顔ってことか?


「ただ……私のそういったところが他の人には伝わりずらく、意図せず私が不思議な人と言ったような印象を与えてしまって……」

「………」


 彼女の言葉を聞いて、僕はあることを思い出す。


 『人の評判など、所詮はその人からみた色眼鏡にすぎない』


 何度も自分に言い聞かせた言葉であり、そして決して自分はそうならないと思っていた言葉。


 初めて彼女と出会った時から今日まで1週間。……そう、たった1週間。そんな短期間で僕は、彼女のことを、自分の第一印象の形にはめて考えていたのだ。


 『本心が見れた』という情報も、いわば友人や恋人の意外な一面をしれたことから来るただの喜びで、それを僕たちが、勝手に彼女のイメージから難しく考えていたと言うだけのことなのだ。


「でも、そんな私でも、友達や恋人に困ることはありませんでした。……まあ、恋人の方は、大抵すぐに別れてしまうんですけど」

「………」


 彼女は、自嘲気味に最後の言葉を付け足す。今までのやつは、本当の意味で節穴だったのだろう。


「それでも私が人間関係に困らなかったのは、私の容姿が良かったからだと思います。……だって、私みたいな人は、何も珍しくありませんから……。実際、よく噂されていましたからね。私がどういった人間かって」

「………」


 今なら分かる。彼女は、不思議でも何でもない、ただの人間なんだと。


「可愛いは無敵って言ったのはそう言うとこからです」

「………」


 少し寂しさが込められた彼女の言葉に、僕は、彼女が今まで歩んできた背景を直感的に察する。


 周りに作り上げられたイメージを壊さないように、周りの期待に答えるために、自分の立場を守るために、自分を押し殺してきたのだと。


 僕はそういった人間のことを馬鹿だと思うが、それでも気持ちが分からないわけではない。



 ………何故なら、僕も一歩間違えればそうなっていたのかもしれないのだから。



「―――でも、だからこそ卓人さんの告白は、私に取ってすごく魅力的な物でした」

「!」


 彼女は、まるで昔のことを思い出しているような表情で言葉を続ける。


「今まで私に告白してきた男性の皆さんは、私が好きだからというわけではなく、私の評判が好きだから告白してきた人たちばかりでした」

「………」

「誰にも靡かない私を落とせた、そういった実績欲しさに近づきてきて、無理だと判断すればすぐに別れる………それが私の、普通でした」

「………」

「だから、卓人さんのあの告白は、向けてきてくれた気持ちは、とても嬉しいものだったんです」

「………」

「初めて向けてもらった、本心からの気持ち。私の評判やイメージなど関係なく、心の底から私のことが好きなんだという気持ち。……それがとても新鮮で、私に取ってはかけがえのないものだったんです」

「………」


 きっと、彼女は他者の内面に敏感なのだろう。今までの自分の生い立ちが、経験してきたことが、全て表面的なことばかりだったから。だからきっと、彼女は僕がどういった人間なのかと、しっかりと見てくれていたのだ。



 ……ならば僕はどうだろう?



 『自分の命を捧げられる女性ひと』。これを理想に当てはめ、そして女性と接してきた僕は、一体他者の内面など気にしたことがあったのだろうか?


 彼女のイメージを勝手に決めつけ、理想の女性像であると考え、自分の悩みを彼女にも相談せずにいた僕は、果たして彼女、『五十嵐美智子』という人間のことを考えたことがあったのだろうか。


「……はは」


 思わず笑いがこぼれる。未熟だった自分に、子供だった自分に。思えば彼女は、僕の『理想の女性』に何ら当てはまっていない。



 それでも、僕は彼女を愛してしまったのだ。



「……美智子さん」

「はい」


 彼女は正直に言ったのだ。僕のことを信頼して、自分にイメージを崩すことになってでも。僕のために。



 ならば僕も、それに答えるのが筋だろう。



「―――今までの僕の発言は、全て忘れてください」

「………え」


 決別するのは、理想に焦がれていただけの「少年」だった自分。


「―――そしてこれからは、『赤花卓人』という1人の人間として、『五十嵐美智子』という1人の女性に告白します」

「!」


 そして迎えるのは、1人の人間として立つ「青年」の自分。


「―――貴方のことが好きです。まだまだ未熟なところもありますが、どうか僕と付き合ってください」


 人はそう簡単に変われはしない。決別なんてカッコつけては見たが、きっと明日からも僕は、変われていない自分に苦しむことになるだろうし、その他様々な困難にぶち当たることになるだろう。



 ―――だとしても、僕は確信する。きっと彼女となら乗り越えられると。



「―――はい。よろしくお願いします」



 今まで冷たく感じた、貼り付けたような彼女の笑顔は、いつの間にか僕の心を勇気づけてくれる、最高の笑顔へと変わっていた。



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次回の更新は、1月31日です。


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マイハピネス 吉越 晶 @bsirybynfi

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