第2話「幸せの苦悶」

 あの公開告白から3日が経った。


 和樹の話によると、彼女の名前は『五十嵐いがらし美智子みちこ』。僕と同じ大学2年生。

 どこかの大企業のご令嬢だとか、名家の1人娘とかそういうのではないらしいが、入学初日当初からそこそこ美人として話題にはなっていたらしい。言われてみれば、僕も名前ぐらいは聞き覚えがある気がする。


 とまあ、学内でそこそこ知名度があったのもあるのだろう。僕の公開告白は瞬く間に学内全域へと伝わったらしい。自意識過剰なのかもしれないが、あの日から周りの視線をより多く感じる気がする。時折、嫉妬の視線も。


 

 だがそんなことはどうでもいい。

 重要なのは、僕が彼女と出会ってしまったこと。そして見事にその告白が成功し、今この瞬間にも、彼女が僕の横を歩いているということだ。



 おそらく話題に拍車がかかっているのはそれもあるのだろう。『まさかあの告白で成功するなんて』ってやつだ。

 だが成功したのは事実。たとえそれが現実的にあり得ないであろうことでも、この通り告白は成功し、なんなら週末にデートの約束も取り付けた。



 確信をもって言える。僕は今、幸せの中に生きていると。



―――――――――――――――



 昼で賑わう学食。ここでも話題になった影響は出ているようで、外と変わらず視線を感じる。もちろん、嫉妬の視線も。

 いつもなら和樹と食べているところだが、今回は〝僕の彼女〟である美智子さんと食べる。いや、今回だけでなくずっとだ。和樹には申し訳ないがな。


「美智子さんは、何か趣味とかあるんですか?」

「特に無いわ」

「となると休日などはどのような生活を?」

「特になにも」

「なるほど……。あ、週末のデートの予定を立てましょう!美智子さんはどこか行きたいところとかありますか?」

「特にありません。卓人さんが決めた場所ならどこでも良いですよ」

「そうですか……。参考までになんですけど、人が多いところが苦手とかありますか?」

「ありません」

「なるほど……」

「………」

「……あ、夕飯はどうしますか?そちらの都合もあるでしょうし、無理にとは言いませんが」

「どちらでも良いですよ」

「あー……わかりました」

「………」

「………」

「………」

「……あ、僕ちょっとトイレ行ってきますね」

「はい。どうぞ」



 わからない。彼女の考えていることが。



 僕が今幸せの中にいること、この考えに間違えはない。僕は今、間違いなく幸せの中にいるのだ。それだけは絶対に。


 ただそれでも、彼女のことが分からない。表情は一切変わらない貼っつけたような笑顔だし、声色も変わらない。正直言って、手詰まりだ。


 最初はお互いの予定が合わないからと、携帯のメッセージアプリを使ってやり取りをしていたが、そこでの反応は質素なものだった。

 だからこそ実際に会って話せばわかると思ったのに……。


「まさか同じだなんて思わないだろう!」


 つい口に出てしまった。周りからの視線が痛い。


「荒れてるな」

「……和樹」


 壁に項垂れていた僕の下に、そう言って親友がやってきた。


「まあ、なんとなく予想通りではあったけどな」

「……予想通り?どういうことだ」

「いやな?彼女の存在知ってはいたんだが、あまり良い評判を聞かなかったからさ」

「なんだ。他人の評判如きに左右される人間だったのか、お前は」

「そういうわけじゃないけどさ。まあ、一応の指標にはなるだろ?実際お前、今まで見たことないような荒れ方してるし」

「………」


 ぐうの音もでないとは、こういうことを言うのだろうか。


「で、一応色んなやつに詳しく聞いてみたんだよ。『五十嵐美智子』の印象ってやつを」

「……くだらない」

「そう言うなって。上手くいってないんだろう?なら俺の話を聞くのも、解決の糸口を見つけるヒントになるかもしれないぜ?」

「………」


 良い評判を聞いてないと言いつつも、人のために情報をかき集め、関係改善に尽力する。何故この男は、こう言ったところを女性の前で見せられないのだろうか。


「……確かに一理ある。ただ今は彼女を食堂に待たせてるんだ。だから聞くのは放課後でいいか?」

「もちろん。今は彼女との時間を楽しめよ」

「ああ。ありがとな」

「こんぐらいお安いご用意!」


 親指を立てて言ってみせる和樹に、僕は思わず笑みがこぼれた。


「じゃあ、行ってくるわ」

「おう!頑張れよ!」


 ―――とまあ意気込んだものの結局、彼女との話が盛り上がることはなく、あっという間に放課後となった。



―――――――――――――――



 昼間の出来事に落ち込みながらも僕は、和樹から話を聞くために大学から少し離れた駅のハンバーガー屋に来ていた。あまりお腹も空いてないし、長居する予定も無いので、頼んだのはシェイクだけだ。


「よし、じゃあ話してくわ」

「ああ」


 今までヒトの噂評判などに興味を持ったことはない。何故ならそれらは大抵、言っている人の色眼鏡がかかっているものだからだ。



 だが今回ばかりは、対象が対象なのもあり、緊張している自分がいた。



「色々言うのもあれだから、聞いた話を一言でまとめさせてもらう」

「ああ」

「彼女の評判、それは―――」

「それは………?」


「ミステリアスだ!」


 よし、もう二度とこの『表紙詐欺』を当てにするのはやめよう。


「時間を無駄にした。帰る」

「待て待て待て待て!落ち着けって!」


 そう言い『表紙詐欺』は、僕のカバンを掴んだ。


「離せ」

「待てって!この話はこれからなんだよ!」

「………」


 正直期待のできるものではないが、『表紙詐欺』の大声に引かれた周りからの目が痛い。


「わかった。だが次くだらないことを言ったら帰る」

「悪かったよ。でも実際、こういうしかなかったんだ」


 そう言いながら『表紙詐欺』は、スマホの画面を見始めた。聞いた話をメモでもしているのだろうか。


「彼女さ、美人だと評判だって話はしただろ?」

「ああ。あの日、俺が告白をした日にな」

「そう。そんでまあ、当たり前だけどさ、モテたんだよ。彼女」

「だろうな。俺が認めた女性だ」

「お前……まあいいや。とにかく、色んな男から告白されてたらしい。それこそ、去年の交際経験で言ったら、お前の3人を超えて5人とも付き合ってる。まあどれも1月続かなかったそうだが」

「その中の誰1人として彼女を楽しませる

ことはできなかったのか。情けないな」

「今のお前もその6人目になりそうだけどな」

「………」


 まさか『表紙詐欺』に1日に2回も黙らせられるとは思っていなかった。


「でまあ、なんで別れたかなんだが……全部お前と同じ理由なんだよ」

「………え?」

「だから、お前と同じで『考えていることがわからない』ってことで、男の方から別れてんだ」

「………」

「最初にミステリアスって言ったのはそういうことだ。他にも、彼女と普段親しくしてる女子にも話を聞いてみたんだが、その子達も口を揃えて、『わからない』って答えてた」

「……なんでその女子たちは美智子さんとつるんでるんだ」

「可愛いからだってさ」

「訳がわからん」


 やはり時間の無駄だったのだろうか。そう思ったところで、「でも……」と和樹が口を挟んできた。


「1人だけ。彼女の笑顔を見たことがあるって言ってたんだ」

「……笑顔」

「そう。普段の声色の変わらない、貼っつけたような笑顔じゃなく、心の底から笑ったような、そんな表情だったそうだ」


 にわかには信じがたいことだ。僕にもできなかったことを、やってみせた人がいるなんて。


「参考までに聞いておこう」

「まあ正直、参考になるかは分かんないけど」


 そう言いながら和樹は、スマホの画面をいくつか操作してみせる。やはりあの画面には、聞いたことがメモってあるのだろう。


「何でもその笑顔を見た子、爬虫類が好きらしいんだ」

「爬虫類」

「ああ。それでまあある時、五十嵐さんと2人で遊んでだ時に、たまたまレアなトカゲを見つけたらしくてな。興奮して、五十嵐さんそっちのけでトカゲの観察を始めちゃったらしんだよ」

「ふむ」

「それですぐに、五十嵐さんを放っておいたのに気づいて謝ろうと思ったらしい」

「まあ、当然だな」

「そう、ここまではいいんだ。ただその後、謝ろうと降り向いたら、今まで見たことないような笑顔で、自分の方を見ていたらしい」

「………?」


 訳がわからない。いくら何でも、笑うまでの過程が飛びすぎだ。


「……つまり美智子さんは、爬虫類が好きなのか?」

「いや、実際にその場で聞いてみたらしいが、そういうわけではないらしい」

「じゃあ何故?」

「何でも、『初めて貴方の本心が見れたから』らしい」

「………」


 やはり分からない。


 いや、言わんとしていることはわかる。実際、人間というのは本心を隠して生活をするものだ。詳しくは知らないが、女子はその傾向が特に強いという話も聞いたことはある。



 分からないのは、『僕が本心を隠している』と思われていることだ。



 神に誓っていうが、僕は決して彼女に偽りの気持ちを向けたことはない。

 告白したのも、好きだという気持ちも、自分と彼女が出会ったのを運命だと思ったのも、全て僕の本心だ。



 ならば何故、彼女は僕に笑顔を見せてくれない……?



「……悩んでんな」

「当たり前だ。お前のおかげで、余計に分からなくなった」

「―――でも、今のお前めちゃくちゃいいぞ」

「………」


 出てしまった。『表紙詐欺』がたまに見せてしまう謎発言だ。


「お前今めちゃくちゃ失礼なこと考えたろ」

「別に」


 目を逸らして答える。

 だがしょうがない。訳の分からない発言をしたこいつが悪い。


「まあでも、助かったよ。結局答えは分からなかったが、それでもお前の言う『解決への糸口』の意味は分かった。………だからまあ、ありがとな」

「良いよ別に。普段は俺の方が助けられてるからな」

「それもそうだな」

「お前なぁ……」


 和樹の言葉に、つい頬が緩んでしまう。やはりこいつは、俺の最高の親友だ。


「それじゃあ、やるべき課題もあるし帰るよ」

「おう!週末のデート頑張れよ!」


 和樹のセリフに手を振りながら、俺はその場を後にした。



―――――――――――――――


 去っていく卓人の背中を眺めながら、和樹はふと漏らす様に呟く。


「うーん。やっぱり、今の卓人は良いな。何たって、普段は何やってもできて当然みたいな顔してるくせに、初めて恋で悩んでんだから」


 本人の前では絶対に言えない一言だ。



―――――――――――――――

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