~麻音~

 続いての取り組みは伽羅と紫峰さん。行事は私。東方に伽羅。西方に紫峰さんがそれぞれ土俵に上がります。伽羅や桜仙様は一応神様の使いという点に敬意を払って東方です。伽羅は東西の序列なんて気にしてなさそうですけれど、そこは神職の娘としての私の拘りです。番付としてもいつも私に勝っている伽羅。紫峰さんに勝った桜仙様。桜仙様に勝った私ということで、現在紫峰さんが番付的に一番下ですから間違ってはいません。


 向かい合って蹲踞するふたり。体格としてはほぼ互角。やや紫峰さんの方が背は高いですが、体重は伽羅の方がありそうに見えます。


 伽羅の相撲を外から見るのは初めてです。肉付きの良い太ももからピンと伸びた背筋、凛々しい横顔。


「瑠璃」

「ごめんなさい」


 つい見惚れてしまっていました。私は気を取り直して、ふたりの間に右手をかざします。行司の経験はありませんが、相撲の動画はよく見ていましたから見様見真似くらいはできます。


「手をついて……待ったなし!」


 ぴりっとした空気が漂います。私だって真剣です。神に捧げる一番ですから素人行司だからと甘えたことは言えません。


 先に両手を着いたのは紫峰さん。写し身ですから呼吸も何もないのでしょう。


 そして、伽羅が両手を着いた瞬間──


「はっけよい!」


 バチッ!


 まるで目の前で何かが破裂したかのような衝撃に、私は一瞬気圧されそうになりました。


 紫峰さんは県内でも指折りのスプリンターです。鍛えられた瞬発力から繰り出される当たりの強さはかなりのものの筈。しかも恐怖も痛みも感じない写し身だから、加減を知りません。


 そんな相手に真っ向からぶつかる伽羅の豪胆さには脱帽です。


 土俵中央で組み合って、両者一歩も引きません。まさに力と力の応酬。相手にまわしを取らせず、激しい押し相撲を繰り広げます。


「のこった! のこった!」


 自分でも気付かないうちに私は声を上げていました。この場に気圧されないように、より気を高めるように、私は声を上げます。


 力比べを制したのは伽羅でした。紫峰さんの足が俵にかかります。


「のこった! のこった!」


 このまま伽羅が押し切るかと思った時、伽羅が紫峰さんの身体を自分の方へと引き込みました。紫峰さんの身体が一瞬前方に傾きます。次の瞬間、その身体がひっくり返って、紫峰さんは仰向けに土俵に倒されていました。


 呼び戻しです!


 大相撲でも滅多に見られない大技をこんな間近で見られるなんて!


「し、勝負あった! 勝者東方!」


 伽羅の勝利で終わった大一番。勝ち名乗りを上げて土俵を下りる伽羅が、こちらに向けてパチリとウインクをします。私も高揚した気分のまま土俵を下りると、伽羅は悪戯っぽい笑みを浮かべました。


「楽しくなって、つい遊んでしまったわ」


 確かに力で押し切って勝つことは出来たかもしれません。でも、伽羅はそれだけで満足できず、つい大技を試したくなってしまったようです。


「どうしても、あの子を土俵に沈めてやりたくなって、変かしら?」

「変じゃない! 凄かった! かっこよかったよ!」

「そう? 瑠璃が気に入ってくれたなら嬉しいわ」


 紫峰さんには悪いですが伽羅の相撲は見事でした。あんなに力強くて、心が熱くなるような相撲を見たのは初めてです。それに、相手を土俵に沈めたいという気持ちは私にもわかります。


 私だって、紫峰さんを思い切り負かしてやりたいって、何度考えたことか!


「じゃあ、次は瑠璃とあの子ね」

「うん! 私も負けないように頑張るね!」


 次は私と紫峰さんの取り組み。紫峰さんの身体に付いた砂を軽くはたき落とすと、土俵に上がります。東に私、西に紫峰さん。行事には伽羅が立ちます。


「落ち着いて瑠璃。あなたらしい相撲をとればいいのよ」

「うん。わかってる」


 伽羅の取り組みを見た後の興奮が未だに冷めていません。伽羅はそれを見透かしたのでしょう。


 浮ついた心では足元を掬われて負けてしまいます。私だってわかっています。


 でも今は……この熱い気持ちを消したくなかったのです。


 そんな私に伽羅は苦笑いです。


「しょうがない子ね。でも、そんな子供っぽい無邪気なところも私は好きよ」

「もう! 子供っぽいは余計だよ!」

「ふふ、ごめんなさい。さあ、時間いっぱいよ」


 土俵に入って一礼。蹲踞して手水を切ります。仕切り線の前で蹲踞で向かい合う私と紫峰さん。相撲で勝負するのは小学校6年生の相撲大会以来です。


 小学校の頃からずっと私より背が高かった紫峰さんの事が、私は苦手でした。紫峰さんの身長は今でも私より5センチくらい高いので、目を合わせると、どうしても私の方が見上げる形になります。


 小学校の頃は、大きな紫峰さんの事が怖かったけれど、今はそんなことはありません。何度も競い合ってるうちに、紫峰さんも私の事をライバルと認め、同じ目線で見てくれているって気づいたから。


 だから、負けないよ。紫峰さん!


「手をついて、待ったなし!」


 紫峰さんが先に両手を着きます。もしこれが本物の紫峰さんだったらそんなことは無かったと思います。勝気な彼女が相手に主導権をゆだねる筈がありません。


 私は仕切り線ぎりぎりで片手を着き、そして──


「はっけよい!」


 思い切り正面から!


 バンッ! 


 視界が白くぼやけるほどの痛みと衝撃が全身を走り抜けました。


 伽羅もやった正面からの力比べ。自分と相手の全力を競ってみたいと思うのは私だって同じです。


「のこーーった! のこった! のこった!」


 全身で私を推し負かそうとする強い力。負けじと私も押し返します。


 でも……やっぱり紫峰さんは強い。押し負けた私の足が少しずつ下がっていきます。


「のこーーった! のこーーった!」


 悔しいですが、力比べは私の負けです。けれど、まだ勝負に負けたわけではありません。私は腰を落とし、紫峰さんの懐に潜り込んでまわしを取りました。


 まわしを引き付け、胸で押し上げるように前へ。すると、優勢だった紫峰さんの身体がぐっと後ろに下がります。


 相撲は力学的に身体を使って相手を倒す武術です。力だけで勝てるなら、力士は稽古する必要はありません。ずっと筋トレしてればいいのです。


 それに、紫峰さんには決定的な弱点がありました。それは彼女の長い脚です。女性としては羨ましい事ではありますが、腰が高いと重心も高くなって、押し合いでは不利になります。ここからでも吊り合いに持ち込めれば勝機もありますが、既にもろ差しをとった私は、まわしを取らせることを許しませんし、そもそも体型を生かした相撲をとるという思考が、写し身にはできません。最初の取り組みで桜仙様にあっさり負けてしまった事からわかるように、実は紫峰さんは、最初から不利な土俵に立たされていたのです。


「勝負あった!」


 土俵際で紫峰さんを寄り倒すと、軍配が私に上がります。まあ、伽羅は軍配を持っていませんけどね。


「瑠璃……いつまでそうしているの?」


 紫峰さんの上に折り重なったままの私の背中に、伽羅の低い声と冷たい視線が刺さります。力で勝るライバルを屈服させた快感の余韻に、つい浸ってしまいました。


「ごめん。でも、伽羅が勝った後いつも私にキスする気持ちが分かった気がする」

「もう! 早くしなさい!」


 ぷりぷりしている伽羅から勝ち名乗りを受けて土俵を下ります。


「これでこの子の役割はおしまい。さあ、戻りなさい!」

「あっ!?」


 伽羅は相当ご機嫌斜めな様子です。紫峰さんのお尻をぽんと叩くと、紫峰さんの姿が消えて、元の桃花びらに戻ってしまいました。ひらひらと舞い落ちる花びらを、私は両手で受け止めます。


「私の目の前で他の子に目移りされてしまうなんて」


 伽羅は紫峰さんに焼きもちを焼いてしまったみたいです。


「伽羅?」

「現実では仕方が無いわ。一年間に一度しか会えない私が瑠璃の心を縛るわけにはいかないもの。でも、今日だけは、私を見ていて」

「伽羅……うん。わかった」


 伽羅に強く抱きしめられて、私も彼女を抱きしめ返しました。握っていた花びらのことも忘れて強く、しっかりと……








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純真少女が毎年節分に現れる褌鬼姫と相撲をとる話 ぽにみゅら @poni-myura

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