~桜仙~
取り組みは4人での総当たりで行います。この取り組みの後は伽羅と紫峰さん。その後私と紫峰さん、伽羅と桜仙様の取り組みを行い、最後に私と伽羅の取り組みで締めを飾ります。
写し身との試合の時は私と伽羅で代わる代わる行司を努めることになりました。外から見てるだけなんてつまらないですからね。
一礼して土俵に上がります。
伽羅が行司に立ち、東方に桜仙様。西方に私。
身に着けるのはまわしだけ。最初あった恥ずかしいという思う気持ちはもう消えていました。今は早く相撲がとりたいという気持ちでいっぱいです。
「随分と楽しそうね」
「だって、相撲をとるの久々なんだもの」
「あら? 人の世では女子相撲が流行ってるのではないの?」
「うちの学校には相撲部すら無かったよ。生まれた地域によるんじゃないかな?」
確かに近年女子相撲は世界各地で大会が行われるほど盛んになっています。ですが、わたしが暮らすような地方の田舎町だと、出場したくても練習できる環境が無いのです。
わたしが通う中学校には相撲部はありません。神社の相撲大会も女子が出られるのは小学生まで。中学校に上がって相撲クラブも卒業してしまうと、わたしは相撲をとる機会がぐんと減りました。
体育の授業や、陸上部の部員達と相撲をとることはありましたが、本気を出せるのは年に一度、伽羅を相手にする時だけ。ですからわたし、結構相撲に飢えてるんです。
「そうね。この町の子供の数も減っているし、寂しい限りだわ。それに瑠璃は綺麗だから、男ばかりの中に入って行くのも危険ね。もし、あなたが襲われでもしたら神様がお怒りになって、町が滅びるわ」
「もう、怖い事言わないで! 冗談だよね?」
「ふふっ。どうかしら? あなたの相撲が見たいが為にわたしを遣わすくらいだもの。瑠璃が神様のお気に入りであることは間違いないわ。もし、瑠璃が不幸な目に遭えば神様はきっと悲しまれる。この町の人々を見放してしまうかもしれないわね」
「そ、そんなぁ……」
いつのまにか町の運命を背負わされていたなんて聞いてません。
「難しく考えることは無いわ。瑠璃が健やかに暮らしていければそれでいいのよ。さあ、始めましょう。おもいっきり相撲をとって、美しく健康な心身を神様に見せてあげるのよ」
「うん」
伽羅の言葉に緊張で沈みかけた気持ちもすぐに絆されていきました。
そうです! 今は相撲を楽しまないと!
蹲踞の姿勢で向かい合う私と桜仙様。
桜仙様はグラマラスな身体付きをしていますが、顔立ちは幼く、白い肌に真っすぐな黒髪が映える和風美人です。
綺麗な人……
「瑠璃。私以外に負けたら許さないわよ?」
「もちろん。でも伽羅にだって負けるつもり無いからね」
桜仙様に見惚れていたのを見透かされていたようです。伽羅の忠告に私は強がって返します。
桜仙様は陸上競技で鍛えた紫峰さんを電車道で負かす程の力を持った強敵です。絶対に勝てる自信はありません。でも、伽羅の前で無様な姿は見せられません。伽羅から勝ち名乗りを受けるのは私です!
「さあ、時間いっぱいよ。いいわね?」
「うん」
「手を付いて待ったなし!」
仕切り線を挟んで桜仙様が両手を付きます。開始のタイミングはこちら次第。写し見である桜仙様には表情が無く考えが読めませんが、きっと正面からぶつかってくることでしょう。
それなら当然──
「はっけよい!!」
ばしっ! と大きく音を立てて正面からぶつかるわたしと桜仙様。
真っ向勝負です!
わかっていても変化は選べません。せっかく思い切りぶつかれる相手がいるのに勿体ないです。
擦れ合う頭、耳。ぶつかる肩。
強い!
わかっていましたが、桜仙様の当たりは強く、痛みも感じない為か一切の遠慮がありません。正面から受け止めたものの、こっちは痛みで心がくじけそうになります。
でも──
「ノコッタ!!」
負けられない! 伽羅が見ている!
伽羅の声がわたしの闘志に再び火をつけます。
「ノコッタ!! ノコッタ!!」
立ち合いの勢いに押されはしましたが、力比べでは負けてはいません。桜仙様をしっかりと受け止め、利き手を差し込んで桜仙様の褌の結び目のあたりを握って引き寄せます。対して桜仙様はこっちのまわしを取れないようです。伽羅は写し身は頭の方は眠っているような状態と言っていましたが納得です。組み合った後の桜仙様はただ押しながら、こちらの動きに緩慢に合わせてくるだけ。
……もう負ける気はしません。
胸を合わせて桜仙様の身体を引き起こします。桜仙様の手がようやくまわしにかかりましたがもう遅いです。がっちり掴んだ褌を力いっぱい引いて桜仙様を投げます。両足が地面を離れ半回転する桜仙様。わたしは片腕で桜仙様の全体重を支えながら投げ切ります。
豪快に決まった下手投げ。桜仙様の身体が土俵に転がります。
「勝負あり! 勝者西方!」
勝利を告げる伽羅の声。わたしは拳を握って息を吐きます。
気持ち良い!
久しぶりの勝利の快感を味わいながら勝ち名乗りを受けて土俵を下りると、すぐに伽羅が飛びついてきました。
「素敵だったわ瑠璃!」
「ありがとう。でも写し身でなかったらあんなに上手くは決まらなかったと思う」
自分でも驚くくらい綺麗に投げが決まりましたが、それも相手の動きが悪かったからです。決して自分の実力だなんて自惚れてはいません。
「もう! 瑠璃は自分で思ってるよりずっと強いわ。もっと自信を持ちなさい。今の取り組みは神様を魅了できる大一番よ」
「大げさだよ」
「もう。瑠璃は自分の魅力がわかっていないんだから」
わたしの頬をつつく伽羅。わたしも伽羅の背中に手を回し、身体を預けて伽羅の温もりを堪能します。
「伽羅がいればいいよ」
わたしは他人に魅力的に見えなくてもかまいません。伽羅が見てくれるならそれで十分。
例え年に一度。ほんの僅かな時間しか会えなくたってそれで十分です。
次は伽羅と紫峰さんの取り組みで、わたしは行司を務めます。でもその前に、わたしは桜仙様についた土俵の砂を手で払って落とします。
桜仙様はわたしがおもいっきり投げ飛ばしてしまったので、髪も身体も砂まみれです。
「気にしなくていいのよ。どうせまたすぐ砂まみれになるんだから」
「でも……」
確かに桜仙様はこの後伽羅との取り組みを控えています。でも、やはり放っては置けません。写し身として姿をお借りしているのですから、取り組みで付いた砂くらいは払ってあげないと申し訳がありません。
「まったく。優しいんだから瑠璃は」
「伽羅だって、砂まみれの相手と相撲するのは嫌でしょう?」
「それもそうね。さっさとやりましょう」
「伽羅!? ちょっとそんな乱暴に!?」
「いいのいいの。何よこのお肉。まったくこの子ったら締まりのない身体して!」
伽羅が砂を払い落とす度に、桜仙様の胸やお尻、太ももの肉がふるふると揺れます。こうして、言っておきますが桜仙様はただスタイルが良いだけで、決して太ってなどいません。大体、胸やお尻は伽羅だって立派なものを持ってるくせに!
てきぱきと桜仙様の身体に付いた砂を落としていく伽羅。仕方なくわたしは桜仙様の顔や髪を担当します。付いた砂を丁寧に払い、乱れてしまった髪も、一本結びにしていたリボンをいったん解いて、手櫛で整えてから結びなおしました。
「こんなものかしら?」
「そうだね」
桜仙様を綺麗にして大きく伸びをする伽羅。その身体は引き締まっていて、動くと美しい筋肉の動きが見て取れます。確かに、伽羅から見れば桜仙様やわたしの身体は贅肉だらけに見えるかもしれません。
「伽羅って筋肉あるよね」
「このくらい鬼としては大したことないわ。それにあの子だって中々のものじゃない」
伽羅が既に土俵前で待機している紫峰さんに目を向けます。確かにスプリンターとしてならした紫峰さんは、伽羅に負けないくらい筋肉が付いています。
「ふふ、良い勝負が出来そう」
目を細めて笑みを浮かべる伽羅。完全に捕食者の目です。
恐らく伽羅は負けません。紫峰さんがどうなってしまうのか同情する一方で、少しだけ心に突っかかりを感じていたりもします。
伽羅には自分だけを見ていて欲しいという独占欲。嫉妬です。
「安心して、瑠璃。彼女も桜仙もあくまで前菜。メインディッシュはあなたよ」
見返りながら流し目。わたしの心臓が跳ね上がり小さな嫉妬心は一瞬で霧散していきました。伽羅はわたしと同い年のはずなのにどうしてこう色気があるのでしょう?
「伽羅」
「なぁに?」
「鬼もメインディッシュなんて言葉を使うのね」
「もう!」
「きゃあ! ごめんごめん!」
伽羅が首に腕を回して締めあげてきました。しっとりとした柔らかな胸が顔に強く押し付けられて、くすぐったさと、照れくささにわたしはすぐにギブアップします。
「……人が使う言葉なら大抵使うわよ」
「そうなんだ。ごめん。てっきり横文字は使わないと思ってた」
「もう……でもそうね。確かによその国の言葉で話したりはしないけれど、人が普段使うような言葉なら普通に使うわ。例えば……キスとか」
わたしの顎にそっと持ち上げる伽羅。
「ふふ。楽しみだわ」
金色の瞳に見つめられて、ドキドキが止まりません。
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