戯言の雫
霧谷
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──鼓動は心の臓への鎖であり楔。絡めるたびに身動きは取れなくなり、穿つたびに傷は広がってじくじくと痛んでやがて膿んでいく。脈を打つたびに終焉へ向かっていくと知りながらなぜこのような痛みまで味わう羽目になるのか。度し難い。
人の身体を創りたもうた神よ、なぜ生きとし生けるものに鼓動を授けたのか。なぜ人だけが痛みを言語化できるようにしてしまったのか。俺は自分の胸に手を当てながら心のなかの神に問う。叶うのならば言葉を発する喉から咆哮を上げ、感じる痛みに突き動かされるままに、苦悶のままに地をのたうち回りたい。
俺は睫毛を伏せて、肺腑の底から溜息を押し出した。
……分かっている。その浅はかな願いは叶うはずはない。己は人として象られ生を受けたもの。人としての生を受けた以上は一介の獣のように衝動に任せて振る舞うことは許されず、胸を苛む痛みに耐えながら、陽と月が繰り返し空に昇るのを眺めていなければならない。ああ、なんと難儀な話だろう。なんと哀れな話だろう。理性も善性も持たぬただの獣であれたならば、胸を穿つ痛みなども感じなかったことだろうに。
俺はゆっくりと目を閉じた。
願えど願えど、我は人。人としての生を歩むことしか許されず、人としての生を歩むことが責務。
願えど願えど、我は人。叶うのならば次の世には獣と成り果て、誰の目にも触れぬ地で暮らしたい。
──さすれば誰も傷つけず、誰に傷つけられることもない。
人として生きる代償は、ああ、あまりに。
戯言の雫 霧谷 @168-nHHT
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